第27話 世界の修復

 研究室を飛び出した私とリリアの前に広がる光景は、まさに混沌そのものだった。

 空には巨大な亀裂が走り、その向こう側にはアルカディアの風景が垣間見える。

 街路では車と魔法の絨毯が入り混じり、人々は右往左往していた。


「リリア、あそこよ!」


 私は空に浮かぶ最も大きな亀裂を指さした。

 リリアは頷き、その場に立ち止まった。

 彼女の周りには、まるでオーロラのような光が揺らめいている。

 その姿は神々しく、周囲の人々も思わず足を止めて見入っていた。


「アヤカ、私に魔力を集中させて」


 リリアの声に応じて、私は急いで魔力増幅装置を操作し始めた。

 装置から放たれる電磁波が、リリアの周りのマナの流れと共鳴する。

 すると、彼女を包む光がさらに強くなった。


「うっ……!」


 リリアが小さく呻いた。

 その体が、内側から光を放っているかのようだ。


「大丈夫?」


 私は心配そうに尋ねた。

 リリアは歯を食いしばりながらも、何とか頷いた。


「平気よ……これくらい、なんてことないわ」


 その言葉とは裏腹に、彼女の表情には苦痛の色が浮かんでいる。

 しかし、今ここで止めるわけにはいかない。

 両世界の命運がかかっているのだ。


 リリアは深呼吸をし、両手を空に向けて広げた。

 その指先から、まるで星屑のような光の粒子が溢れ出す。

 それらは次第に大きくなり、やがて巨大な光の渦となった。


「行くわよ、アヤカ!」


 リリアの叫び声と共に、光の渦が空へと向かって伸びていく。

 それは、まるで巨大な光の柱のようだった。

 光が時空の亀裂に触れると、周囲の空間が歪み始めた。


「す、すごい……」


 私は息を呑んだ。

 目の前で起きている現象は、明らかに科学の領域を超えていた。

 しかし同時に、これこそが私たちが追い求めてきたテクノマジックの真髄なのだと実感した。


 光の柱は次第に亀裂の中へと入り込んでいく。

 するとどうだろう。

 亀裂の端がゆっくりと、しかし確実に閉じ始めたのだ。


「リリア、うまくいってる!」


 私は興奮して叫んだ。

 しかし、リリアの表情は険しいままだった。


「まだよ……これじゃ足りない」


 彼女の言葉に、私は我に返った。

 確かに、亀裂は閉じ始めてはいるものの、そのスピードはあまりにも遅い。

 このペースでは、全ての亀裂を修復するのに何日もかかってしまうだろう。


「もっと……もっと力を!」


 リリアの叫び声と共に、彼女の体から放たれる光がさらに強くなった。

 その輝きは、まるで太陽を間近で見ているかのようだ。

 思わず目を細めてしまう。


 すると、驚くべきことが起こった。

 光の柱が突如として幾つもの枝分かれをし、それぞれが別の亀裂へと向かっていったのだ。


「リリア、これは……」


「ええ、複数の亀裂を同時に修復しようとしてるの」


 彼女の声には、強い緊張感が滲んでいた。

 複数の亀裂を同時に扱うというのは、並大抵の集中力ではできないはずだ。

 しかし、リリアはそれを可能にしている。


 空間が大きく歪み始めた。

 まるで、布を引っ張るように、亀裂が閉じていく。

 その過程で、アルカディアと現代世界の風景が混ざり合い、不思議な光景を作り出していた。


「アヤカ、見て!」


 リリアの声に、私は目を凝らした。

 すると、亀裂が閉じる過程で、周囲の物質が変化しているのが見えた。

 アルカディアの魔法の塔が、現代の高層ビルへと姿を変える。

 逆に、アスファルトの道路が石畳へと変わっていく。


「物質変換……」


 私は呟いた。

 これは、私たちが理論上では考えていたものの、実現は難しいと思っていた高度なテクノマジックの応用だった。

 リリアは時空の修復と同時に、両世界の物質を調和させようとしているのだ。


「くっ……」


 リリアの呻き声が聞こえた。

 振り返ると、彼女の顔には大粒の汗が浮かんでいる。

 明らかに限界に近づいているようだった。


「リリア、無理しないで!」


 私は慌てて声をかけた。

 しかし、彼女は首を振った。


「だめ……ここで止めたら、元の木阿弥よ。最後まで……やり遂げないと」


 その決意に満ちた言葉に、私は反論できなかった。

 確かに、ここで止めてしまえば、これまでの努力が水の泡になってしまう。


「分かった。でも、私に手伝えることがあったら言って」


 リリアは小さく頷いた。

 そして、さらに集中を深めていく。

 彼女の周りの光が、まるで生き物のように蠢き始めた。


 空では、次々と亀裂が閉じていく。

 それに伴い、街の風景も少しずつ元の姿を取り戻していった。

 しかし同時に、新たな風景も生まれていた。

 アルカディアの魔法と現代科学が融合したような、不思議な建造物や装置が点在している。


「これが……私たちの作り出す新しい世界」


 私は感慨深く呟いた。確かに混乱はあるだろう。

 しかし、この融合した世界には無限の可能性が秘められているようにも感じた。


 しかし、まだ安心するには早かった。

 リリアの体が大きく揺らめいたのだ。


「リリア!」


 私は慌てて彼女を支えた。

 リリアの顔は蒼白で、額には大粒の汗が浮かんでいる。


「大丈夫……まだ、終わってない」


 彼女は必死に言った。

 確かに、まだいくつかの大きな亀裂が残っている。

 しかし、このままリリアに無理をさせ続ければ……。


 私は決断を迫られていた。

 リリアを止めるべきか、それともこのまま続けさせるべきか。

 両世界の未来が、この選択にかかっている。


 その時、突然空に大きな轟音が響いた。

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