第19話 私たちは諦めない

 リリアの魔力を増幅する装置の開発が進む中、私たちは思わぬ障害に直面することになった。

 それは、虚空議会からの執拗な妨害だった。


 最初は些細なことだった。

 実験に使う特殊な素材が、突然入手困難になる。

 注文した部品が、理由もなく遅延する。

 そんな小さなトラブルが、少しずつ積み重なっていった。


「おかしいわね」


 ある日、リリアが首をかしげた。


「この魔法増幅クリスタル、アルカディアではごく普通に手に入るものなのに」


 私も同意見だった。


「うん、他の部品も軒並み納期が遅れてる。これじゃ実験のスケジュールが立たないよ」


 そんな会話をしていたとき、突然部屋の電気が消えた。


「え?」


 驚いて窓の外を見ると、周囲の建物はいつも通り明るい。

 どうやら、この建物だけが停電しているようだった。


「アヤカ、これって……」


 リリアの声には、不安が滲んでいた。

 私も同じ考えだった。

 これは単なる偶然ではない。

 誰かが意図的に私たちの研究を妨害しているのだ。


 そして、その「誰か」が誰なのかは、容易に想像がついた。


「虚空議会ね」


 私は歯噛みした。


「あいつら、本格的に動き出したみたいだ」


 リリアの表情が曇った。


「どうしよう……」

「大丈夫」


 私は彼女の肩を抱いた。


「二人でなんとか乗り越えよう」


 しかし、虚空議会の妨害はそれだけに留まらなかった。

 ある日、私が町中の掲示板を見ていると、奇妙なポスターが貼られているのに気がついた。


「テクノマジック研究の危険性に関する公開講座」


 そのポスターには、私たちの研究を危険視する内容が書かれていた。


「まさか……」


 私は愕然とした。

 虚空議会は、世論操作まで始めたのだ。


 急いでリリアに連絡を取ると、彼女も同じような状況に直面していたことがわかった。


「アヤカ、大変なの」


 リリアの声は震えていた。


「アルカディアでも、テクノマジックを批判する声が広がってるわ。魔法評議会まで、その気になりつつあるみたい」


 状況は急速に悪化していた。

 私たちの研究は、両世界で危険視され始めていたのだ。


 そして、最後の一撃が来た。


 ある日、私が帰宅すると、父が真剣な表情で私を待っていた。


「アヤカ、話がある」


 父の口調に、私は身構えた。


「君の研究のことだ」


 父は静かに、しかし力強く言った。


「あれは危険すぎる。もうやめるべきだ」

「え? でも、お父さん……」

「話は聞いている」


 父は私の言葉を遮った。


「テクノマジックが世界に及ぼす影響を考えると、あまりにリスクが大きい。それに……」


 父は少し言葉を濁したが、続けた。


「実は、先日ある人物から話を聞いてな。テクノマジックの真の危険性について」


 その瞬間、私は全てを理解した。

 虚空議会は、私の父にまで接触していたのだ。


 そして、虚空議会の妨害は、さらにエスカレートしていった。


 ある夜、私とリリアが実験室で作業をしていると、突然ドアが開いた。


「こんばんは、お嬢さんたち」


 現れたのは、見覚えのある男性だった。タカハシだ。


「あなたたち……」


 私は身構えた。


 タカハシの後ろには、数人の男性が控えていた。

 全員が黒いスーツを着ており、明らかに只者ではない雰囲気を醸し出している。


「おや、警戒することはありませんよ」


 タカハシは軽く笑った。


「ただ、ちょっとした……お願いがあってね」

「お願い?」


 リリアが身を寄せてきた。


「ああ」


 タカハシは頷いた。


「簡単なことさ。ただ、テクノマジックの研究資料を全て渡してもらえればいい」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。


「冗談でしょう? そんなこと、できるわけない」


 タカハシの表情が一瞬で変わった。


「残念だ。では、力ずくでいただくとしよう」


 その言葉と共に、タカハシの部下たちが一斉に動き出した。


「リリア、逃げるわよ!」


 私は叫びながら、近くにあった実験器具を投げつけた。

 しかし、驚いたことに、その器具は途中で宙に浮き、そのまま壁に叩きつけられた。


「テレキネシス……?」


 リリアが驚きの声を上げる。

 どうやら、虚空議会の局員たちも特殊な能力を持っているようだ。


「逃げられるとでも?」


 タカハシの声が響く。

 次の瞬間、部屋の出口が突如として消失した。

 ただの壁になってしまったのだ。


「空間操作……」


 私は愕然とした。

 これほどの力を持つ組織と、私たち二人で戦えるのだろうか。


 しかし、諦めるわけにはいかない。


「リリア、あの装置!」


 私の指示に、リリアは頷いた。

 彼女が手をかざすと、開発中の魔力増幅装置が起動し始めた。


「やめろ!」


 タカハシが叫ぶ。

 しかし、もう遅い。

 装置から放たれた光がリリアを包み込み、彼女の魔力が爆発的に増大する。


「はああっ!」


 リリアの叫び声と共に、強烈な魔法の波動が部屋中を駆け巡った。

 タカハシたちは、その波動に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「くっ……まさか、こんな力を……」


 タカハシは苦しげに呟いた。

 その瞬間、消失していた出口が再び現れた。


「アヤカ、今よ!」


 リリアの声に、私は我に返った。

 二人で急いで出口に向かう。


「待て!」


 タカハシの怒号が背中に突き刺さる。

 振り返ると、彼の手から黒い霧のようなものが放たれ、私たちに迫ってくる。


「リリア、注意して!」


 私は叫んだが、その霧はリリアの魔法の盾をも貫いて、私の足首に絡みついた。


「うっ……」


 激痛が走る。

 足が動かない。


「アヤカ!」


 リリアが私に駆け寄ろうとした瞬間、別の局員が彼女の前に立ちはだかった。


「そこまでだ」


 その男は、手から炎を放った。

 リリアは咄嗟に魔法の盾を展開したが、その威力に押され気味だ。


「くっ……」


 私は歯を食いしばった。

 このままでは、捕まってしまう。


 その時、突然天井が大きな音を立てて崩れ落ちた。


「なっ……!?」


 タカハシたちが驚きの声を上げる。

 そして、そこから一人の人影が降り立った。


「マーカス長老!」


 リリアが驚きの声を上げた。

 確かに、そこに立っていたのは、リリアの後見人であるマーカス長老だった。


「リリア、アヤカ、無事か?」


 マーカス長老の声が響く。

 その瞬間、私の足首を縛っていた黒い霧が消え去った。


「貴様ら……」


 タカハシが歯ぎしりする。

 しかし、マーカス長老の魔力の前に、もはや太刀打ちできる状況ではないようだった。


「退くぞ」


 タカハシの一言で、局員たちは一斉に後退し始めた。


「覚えていろ」


 去り際、タカハシは私たちを睨みつけた。


「次は、こうはいかんぞ」


 そう言い残し、彼らは姿を消した。


「大丈夫か?」


 マーカス長老が私たちに駆け寄ってくる。


「はい……なんとか」


 私は答えたが、まだ心臓が激しく鼓動していた。

 今の経験は、虚空議会の本当の力を目の当たりにしたようで、恐ろしさを感じずにはいられなかった。


「なぜ……助けに?」


 リリアが困惑した様子で尋ねる。


「説明は後だ」


 マーカス長老は静かに言った。


「今は、安全な場所に移動しよう」


 私たちは頷き、マーカス長老の後に続いた。

 胸の中では、安堵と不安が入り混じっていた。


 虚空議会との戦いは、まだ始まったばかり。

 これからどんな困難が待ち受けているのか、想像もつかない。

 しかし、一つだけ確かなことがある。


 私たちは、決して諦めない。

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