第14話 崩壊する2つの世界
私とリリアが呆然と立ち尽くす中、亀裂はどんどん広がっていった。
部室の壁が溶けるように消え、その向こうにアルカディアの風景が見える。
空には不気味な渦が巻き、建物が崩れ落ちていく。
「どうすれば……」
私の言葉が宙に浮く。
その時、突然部室のドアが勢いよく開いた。
「やはりここだったか」
振り返ると、そこにはタカハシが立っていた。
しかし、先日会ったときの穏やかな表情はどこにも見当たらない。
彼の目は鋭く光り、唇は薄く結ばれていた。
「タカハシさん? どうして……」
私の問いかけを無視し、タカハシは部屋に踏み込んできた。
彼の後ろには、黒いスーツを着た数人の男性が続いていた。
「これは素晴らしい」
タカハシが言った。
「予想以上の成果だ」
その言葉に、私は首を傾げた。
「成果って……この状況がですか?」
タカハシは冷ややかな笑みを浮かべた。
「そうだ。君たちが作り出したこの亀裂、そしてテクノマジック。これこそが我々の求めていたものだ」
その瞬間、私は全てを理解した。
タカハシ、いや虚空議会は、初めからこの事態を望んでいたのだ。
「待ってください!」
リリアが叫んだ。
「このままでは、両世界とも崩壊してしまいます!」
タカハシは、まるで子供をあやすかのような目でリリアを見た。
「崩壊? いや、これは新たな秩序の始まりだ。我々虚空議会が、両世界を支配する。そのための力が、このテクノマジックなのだ」
その言葉に、私とリリアは言葉を失った。
世界の崩壊さえも厭わない、その野望の大きさに。
「さあ、おとなしく我々に協力してもらおう」
タカハシが手を上げると、後ろにいた男性たちが一斉に動き出した。
私とリリアを取り押さえようとしているのだ。
「逃げて、アヤカ!」
リリアの叫び声と共に、彼女が魔法を放った。
眩い光が部屋中を包み、一瞬虚空議会の男たちの動きが止まった。
「こっち!」
私はリリアの手を取り、亀裂に向かって走り出した。
もはや、この世界に留まるよりも、未知の世界に飛び込む方がマシだと思えた。
「待て!」
タカハシの怒号が背中に突き刺さる。
しかし、私たちは振り返らず、亀裂に飛び込んだ。
目を開けると、そこはアルカディアだった。
しかし、かつてリリアが語ってくれた美しい魔法の国の面影はない。
空は黒く染まり、建物は崩れ落ち、あちこちで悲鳴が聞こえる。
「ここが……アルカディア」
私の呟きに、リリアが悲しげに頷いた。
「ええ、でも……こんなはずじゃ」
その時、突然私たちの前に人影が現れた。
「リリア!」
白髪の長い髭を蓄えた老人が、私たちに駆け寄ってきた。
「マーカス長老!」
リリアが驚きの声を上げる。どうやらリリアの知り合いのようだ。
「無事だったようだな」
マーカス長老と呼ばれた人物が、安堵の表情を浮かべた。
しかし、すぐにその表情は厳しいものに変わった。
「しかし、もう遅いかもしれん」
「どういうことですか?」
リリアが尋ねる。
マーカス長老は深いため息をついた。
「リリアが失踪してから、アルカディアの魔法のバランスが崩れ始めた。そして今や、世界の崩壊が始まっておる」
その言葉に、リリアの顔から血の気が引いた。
「私が……原因?」
マーカス長老は重々しく頷いた。
「あなたの持つ強大な魔力が、この世界を支えていたのだ。その力が突然消えたことで、世界のバランスが崩れてしまった」
リリアの表情が、みるみる内に変わっていく。
驚愕、そして深い絶望へと。
「そんな……私のせいで……」
彼女の声が震えていた。私は思わずリリアの肩に手を置いた。
「リリア、落ち着いて」
しかし、リリアは私の声も聞こえていないかのようだった。
「私のせいで……アルカディアが……この世界も……全て私のせい……」
リリアの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは、まるで彼女の心が砕け散るのが見えるようだった。
「違う!」
私は思わず声を上げた。
「リリア、これは誰のせいでもない。ただの偶然の……」
「偶然?」
リリアが顔を上げる。
その目には、怒りの炎が燃えていた。
「アヤカ、これが偶然だと思うの? 私が消えて、世界が崩壊し始めるなんて!」
私は言葉に詰まった。
確かに、科学的に考えればこの現象を説明するのは難しい。
いや、不可能かもしれない。
「でも、冷静に考えれば……」
「冷静だって?」
リリアの声が震えた。
「アヤカ、世界が終わりそうなのよ! 冷静でいられるわけないでしょ!」
その言葉に、私は反論できなかった。
リリアの感情的な反応と、私の分析的な思考。
その差が、これほど明確になったのは初めてだった。
「リリア、落ち着いて」
マーカス長老が静かに言った。
「確かに、状況は深刻だ。しかし、まだ希望はある」
その言葉に、私たちは顔を上げた。
「どういうことですか?」
私が尋ねると、マーカス長老は私たちを見つめた。
「テクノマジック」
彼はゆっくりと言った。
「あなたたちが生み出したその力なら、この危機を乗り越えられるかもしれない」
その言葉に、私とリリアは顔を見合わせた。
しかし、その時突然地面が大きく揺れ動いた。
「危ない!」
マーカス長老の叫び声と共に、私たちの目の前で巨大な建物が崩れ落ちた。
その瞬間、亀裂が再び大きく開き、向こう側に日本の風景が見えた。
「あれは……」
私が言葉を失う中、そこからタカハシとその部下たちが姿を現した。
「見つけたぞ!」
タカハシの声が響く。
彼らは私たちに向かって走り寄ってきた。
「逃げるんだ!」
マーカス長老の声に、私たちは我に返った。
リリアの手を取り、私は走り出した。
頭の中は混乱に満ちていた。
科学では説明できない現象、リリアの自責の念、そして迫り来る虚空議会。
全てが渦を巻いて、私の中で衝突していた。
この状況を、どう理解すればいいのか。
どう行動すればいいのか。
答えは見つからないまま、私たちは崩壊していくアルカディアの街を駆け抜けていった。
背後では、タカハシたちの足音が迫っている。
そして頭上では、二つの世界が融合していく様子が見えた。
時間がない。
でも、どうすれば。
私の中で、科学者としての冷静な分析と、人間としての感情が激しくぶつかり合う。
そして、隣で走るリリアの絶望的な表情を見るたびに、私の心は更に乱れていった。
この危機を、私たちは乗り越えられるのだろうか。
テクノマジックは、本当に希望となり得るのだろうか。
そんな疑問が頭の中を駆け巡る中、私たちは崩壊していく二つの世界の狭間を、ただひたすら走り続けた。
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