第13話 無謀な実験の末路

 虚空議会との出会いから数日が経った。

 その日も、私とリリアは放課後の科学部の部室で実験を続けていた。

 窓の外では、夕暮れの空が赤く染まり始めていた。


「ねえ、アヤカ。今日はどんな実験をするの?」


 リリアの声に、私は実験ノートから顔を上げた。

 彼女の瞳には、いつものように好奇心と期待が輝いていた。


「うん、今日はね、テクノマジックを使って空間操作を試してみようと思うんだ」


 私の言葉に、リリアは目を丸くした。


「空間操作? それって、すごく難しい魔法よ。アルカディアでも、上級魔法使いしか扱えないわ」


「そうなんだ。でも、テクノマジックなら可能かもしれない。理論上は、電磁波とマナの共鳴を利用して、局所的に空間を歪めることができるはずなんだ」


 私は熱心に説明を続けた。

 リリアは真剣な表情で聞いていたが、どこか不安そうでもあった。


「アヤカ、それって危険じゃないかしら」


「大丈夫だよ。小規模な実験から始めるから。それに、万が一のために安全装置も準備してある」


 私は自信たっぷりに言ったが、心の中では少なからず不安があった。

 しかし、その不安を押しのけるほど、科学者としての好奇心が強かった。


「分かったわ。でも、本当に気をつけましょうね」


 リリアは渋々同意してくれた。

 私たちは実験の準備を始めた。

 特殊な電磁波発生装置を設置し、リリアのマナを増幅するための魔法陣を描く。

 すべての準備が整うまでに、すっかり日が暮れていた。


「よし、準備OK」


 私は深呼吸をして、装置のスイッチに手をかけた。


「リリア、準備はいい?」


「ええ、大丈夫よ」


 リリアの声には、緊張が滲んでいた。

 私も、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「じゃあ、実験開始」


 スイッチを入れると同時に、リリアが魔法を唱え始めた。

 彼女の周りに、淡い光の粒子が舞い始める。

 それは、マナが可視化された姿だ。


 装置から発せられる電磁波が、マナの粒子と共鳴し始めた。

 するとたちまち、部室の空気が重くなったような感覚に襲われた。


「う……なんだか、息苦しい……」


 リリアが苦しそうに呟いた。

 私も同じように感じていた。

 しかし、実験データは予想以上の結果を示していた。


「すごい! 理論通り、空間が歪み始めてる!」


 興奮のあまり、私は声を上げてしまった。

 目の前で、空気が歪んで見える。

 まるで、熱せられたアスファルトの上の景色のように。


「アヤカ、これ以上は……」


 リリアの警告の声が聞こえた瞬間、突然の閃光が部室を包み込んだ。


「きゃあっ!」


 私は思わず目を閉じた。

 そして次の瞬間、体が宙に浮いたような感覚に襲われた。


「リリア! 大丈夫!?」


 目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

 部室の真ん中に、巨大な亀裂が空中に浮かんでいたのだ。

 それは、まるで空間そのものが引き裂かれたかのようだった。


「ア、アヤカ……これ……」


 リリアの声が震えていた。

 私も、言葉を失っていた。

 目の前の現象は、明らかに私たちの制御を超えていた。


 亀裂からは、不思議な光と風が漏れ出ていた。

 そして、その向こう側に別の世界が見える。


「まさか……アルカディア?」


 リリアの言葉に、私はハッとした。

 確かに、亀裂の向こうに見えるのは、私たちの世界とは明らかに異なる風景だった。

 尖塔のような建物が立ち並び、空には魔法のような光が漂っている。


「リリア、これってどういうこと? 私たち、異世界への扉を開いちゃったの?」


 私の問いに、リリアは困惑した表情で答えた。


「そう、みたいね。でも、これは普通の扉じゃないわ。時空の亀裂よ」


 その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。

 時空の亀裂。それがどれほど危険なものか、想像もつかない。


「どうすればいいの? 閉じる方法は?」


 慌てて尋ねる私に、リリアは首を横に振った。


「分からないわ。こんな大規模な亀裂は、アルカディアでも前例がないもの」


 その瞬間、亀裂が大きく揺れ動いた。

 まるで、何かが通り抜けようとしているかのように。


「あっ!」


 私たちは思わず後ずさりした。

 亀裂はさらに大きく広がり、その向こう側の光景がより鮮明に見えるようになった。


「リリア、あれ……」


 私の声が震えた。

 亀裂の向こう側、アルカディアの風景が異様だった。

 建物が崩れ落ち、空には不気味な渦が巻いている。

 まるで、世界が終わりを迎えようとしているかのような光景だった。


「ああ……」


 リリアの悲痛な声が聞こえた。

 彼女の顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいた。


「アルカディアが……崩壊している……」


 その言葉に、私は言葉を失った。

 私たちの実験が、こんな大惨事を引き起こすなんて。罪悪感と恐怖が、胸に押し寄せてきた。


 突然、部室全体が大きく揺れ動いた。


「きゃあっ!」


 私とリリアは、思わず床に倒れ込んだ。

 揺れが収まると、亀裂がさらに大きく広がっているのが見えた。


「これは……まずい」


 私の声が震えた。

 亀裂の向こう側の崩壊の様子が、こちら側にも影響を及ぼし始めているようだった。

 部室の壁が歪み、窓ガラスにヒビが入り始めている。


「アヤカ、この世界にも影響が……」


 リリアの言葉に、私は愕然とした。

 そうか、二つの世界がつながってしまったんだ。

 アルカディアの崩壊は、私たちの世界の崩壊にもつながるということか。


「どれくらいの時間で……」


 私の問いに、リリアは厳しい表情で答えた。


「正確には分からないわ。でも、このままでは数日、下手をすれば数時間のうちに、取り返しのつかない事態に発展するかも」


 その言葉に、私たちは絶望的な気持ちになった。

 数日、あるいは数時間。

 その短い時間で、二つの世界の運命が決まってしまうのだ。


「でも、何か方法が……」


 私が必死に言葉を紡ごうとした時、再び大きな揺れが襲ってきた。

 今度は、窓ガラスが割れ、実験器具が床に落ちて砕ける音が聞こえた。


 亀裂からまばゆい光が溢れ出し、私たちは目を閉じるしかなかった。

 光が収まり、目を開けると、部室の風景が一変していた。

 壁や天井の一部が消え、そこにアルカディアの風景が重なっている。まるで、二つの世界が溶け合っているかのようだった。


「これは……」


 私の言葉に、リリアが絶望的な表情で頷いた。


「世界の融合が始まっているわ。このままでは、両世界とも崩壊の危機に……」


 その言葉に、私は言葉を失った。

 私たちの目の前で、文字通り世界の終わりが始まろうとしているのだ。

 そして、その原因は他でもない、私たちのテクノマジック実験。


 罪悪感と恐怖、そして責任感が私の中で渦巻いた。

 どうすればいいのか。

 この危機を、どうすれば止められるのか。


 答えは見つからないまま、融合し始めた二つの世界を、私たちはただ呆然と見つめるしかなかった。

 アルカディアの崩壊と現代世界の危機が、刻一刻と迫っていることを、身をもって感じながら。

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