第7話 家なき魔法使い
リリアが現代日本に来てから数日が経ち、私はついに大きな決断をしなければならなくなった。
リリアをどこに住まわせるか、という問題だ。
数日までは、誰もいない空き教室で住んでもらっていた。
でも、いつまでも教室で住んでもらうわけにはいかないよね。
私の家では無理だった。父との関係がぎくしゃくしている今、見知らぬ少女を連れ込むなんてとても考えられない。
父は科学者として厳格で、魔法なんて認めるはずがない。
きっと、リリアの存在を知ったら大騒ぎになるに違いない。
「お母さんに相談してみようかな……」
離婚して別居しているとはいえ、母とは良好な関係を保っている。
何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗ってくれる。
魔法少女の話を信じてくれるかは分からないけれど、少なくとも父よりは理解してくれるはずだ。
「リリア、ちょっと相談があるんだけど」
科学部の部室で実験をしていた私たちは、一旦作業の手を止めた。
「なあに、アヤカ?」
「ねえ、しばらくの間、私のお母さんの家に住んでみない?」
リリアは少し驚いたような顔をした。
「お母さん? アヤカのお父さんじゃなくて?」
「うん……実は、私の両親は離婚してて。お父さんとは、ちょい複雑な関係なんだよねー」
私は少し言葉を詰まらせながら説明した。
両親の離婚のこと、父との確執、そして母との関係。リリアは真剣な表情で聞いていた。
「そっか……アヤカ、大変だったのね」
リリアの優しい言葉に、私は少し胸が熱くなった。
「でも大丈夫! それより、お母さんならきっと理解してくれると思うんだ。魔法の話も含めて」
リリアは少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「分かったわ。アヤカのお母さんに会ってみたい」
その日の夕方、私たちは母の家を訪ねた。
アパートの呼び鈴を鳴らすと、すぐに母が出てきてくれた。
「アヤカ! 珍しいわね。あら、お友達?」
母はリリアを見て、少し驚いたような顔をした。
「ねえ、お母さん。大事な話があるの」
私たちは部屋に入り、ソファに座った。
そして、リリアがアルカディアという異世界から来たことや彼女が魔法を使えること。
簡単に信じてはもらえないかもしれない。でも、私はゆっくりと説明を始めた。
話し終えると、部屋に重い沈黙が流れた。
母は信じられないという顔をしていたが、怒ったりはしなかった。
「アヤカ、それって本当なの?」
「うん、本当だよ。リリア、ちょっと見せてあげて」
リリアは少し躊躇したが、おもむろに手を前に出した。
すると、彼女の指先から淡い光が漏れ始め、その光は次第に大きくなり、美しい光の玉となった。
「まあ……」
母は息を呑んだ。
その目には、驚きと同時に、何か懐かしいものを見るような柔らかな光があった。
「信じられないわ。でも、嘘じゃないのね」
母はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「アヤカ、あなたはお父さんに話したの?」
私は首を横に振った。
「ううん、まだ。お父さんには……言えなくて」
母は理解したように頷いた。
「そうね。お父さんは科学者だから、こういうことは受け入れ難いかもしれないわ」
そして、母はリリアの方を向いた。
「リリアさん、大変な思いをしているでしょう。異世界から来て、慣れない環境で」
リリアは少し照れたように微笑んだ。
「はい……でも、アヤカがいろいろ助けてくれて」
母は優しく微笑み返した。
「そう。アヤカ、あなたはリリアさんに、ここに住んでもらいたいの?」
「うん、お願い。私の家じゃ無理だから」
母は少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「分かったわ。リリアさん、しばらくここに住んでみない?」
リリアの目が輝いた。
「本当ですか? ありがとうございます!」
こうして、リリアは私の母と暮らすことになった。
最初は戸惑うことも多かったようだが、母の優しさもあって、徐々に日本の生活に馴染んでいった。
毎日のように、私は母の家を訪れ、リリアと一緒に研究を続けた。
母は私たちの研究を温かく見守ってくれた。
時には、アドバイスをくれることもある。
「魔法とか超能力って、昔からあったのよ。ただ、科学が発達するにつれて、忘れ去られてしまっただけ」
そんな母の言葉に、私たちは驚いた。
「お母さん、そんなこと知ってたの?」
母は懐かしそうに微笑んだ。
「ええ、私が子供の頃、おばあちゃんから聞いた話よ。でも、大人になるにつれて、そんな話を信じる人は少なくなっていったの」
その言葉を聞いて、私は科学と魔法の関係について、改めて考えさせられた。
もしかしたら、リリアを元の世界に戻すために考えている私の研究は、失われかけていた古い知恵を現代の科学と融合させたものなのかもしれない。
リリアの適応は予想以上に早かった。
彼女は日本の文化や習慣を熱心に学び、時には私や母を驚かせることもあった。
「アヤカ、これが噂の『たこ焼き』ね!」
ある日、リリアが嬉しそうに言った。
母が作ってくれたたこ焼きを、彼女は美味しそうに頬張った。
「美味しい! アルカディアにもこんな料理があればいいのに」
その言葉に、私たちは笑った。
リリアの素直な反応に、母も喜んでいるようだった。
しかし、全てが順調だったわけではない。
時々、リリアは故郷を思い出して寂しそうな顔をすることがあった。
そんな時は、私と母で彼女を慰めた。
「リリア、大丈夫。きっとまた帰れる方法を見つけるから」
「そうよ、リリア。それまでは、ここがあなたの家だと思って」
母の言葉に、リリアは涙ぐみながら頷いた。
日々の生活の中で、リリアは現代の技術にも驚きの連続だった。
スマートフォン、電車、エアコン。
彼女にとっては全てが新鮮で、魔法のように感じられるらしい。
「アヤカ、この『冷蔵庫』って、永久に食べ物を新鮮に保てるの?」
「いや、そこまでじゃないけど……でも、かなり長持ちするよ」
「すごいわ。これも一種の保存魔法ね」
リリアの言葉に、私は科学技術の素晴らしさを改めて実感した。
一方で、私は父との関係をどうするか悩んでいた。
リリアのことを黙っているのは辛かったが、父には話す勇気が出なかった。
「アヤカ、お父さんとちゃんと話した方がいいわよ」
ある日、母がそっと私に言った。
「でも……」
「お父さんだって、あなたのことを心配しているはずよ。ただ、表現の仕方が下手なだけ」
母の言葉に、私は複雑な気持ちになった。
確かに、父との関係を修復したい気持ちはある。
でも、リリアのことや私たちの研究のことを話せば、きっと理解してもらえないだろう。
「もう少し、考えてみる」
そう答えたものの、私の心の中では葛藤が続いていた。
そんな中でも、リリアと私の研究は着実に進展していった。
魔法と科学の融合は、私たちの想像を超える可能性を秘めていた。
「ねえ、アヤカ。私たちの研究で、きっと世界を良くできると思う」
リリアの言葉に、私も強く頷いた。
確かに、この力を正しく使えば、多くの問題を解決できるかもしれない。
しかし同時に、その力の大きさに不安も感じていた。
間違った使い方をすれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
「うん、でも慎重にやらないとね」
私の言葉に、リリアも同意した。
こうして、リリアは現代日本の生活に徐々に適応していった。
私と母の協力で、彼女は日本の文化や習慣を学び、同時にリリアを元の世界に返すため、彼女の力の研究も進めていった。
しかし、この平和な日々がいつまで続くのか、私にはわからなかった。
アルカディアの様子が気になるリリア、父との関係を修復したい私、そして私たちの研究が世界に与える影響。
多くの課題が、私たちの前に立ちはだかっていた。
それでも、リリアと過ごす日々は、かけがえのない時間だった。
異世界からの友人と共に、未知の力を探求する。
それは、私にとって夢のような日々だった。
「きっと、全てうまくいく」
私はそう信じることにした。
リリアと共に、この新しい冒険を乗り越えていこう。
そう心に誓いながら、私たちの研究は続いていった。
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