第5話 魔法使いさん、ようこそ科学主義の教室へ!
私は目の前の少女を、半ば呆然とした状態で見つめていた。
リリアと名乗るその少女は、まるでファンタジー小説から飛び出してきたかのような出で立ちだ。
長い金髪、エメラルドグリーンの瞳、そして何より、魔法使いを思わせる不思議な衣装。
「えっと…リリアさん、だっけ?」
私は慎重に言葉を選びながら話しかけた。
「そうよ、アヤカ。私はリリア。アルカディアの魔法学園で学んでいる見習い魔法使いなの」
リリアは真剣な表情で答えた。
その真摯な態度に、私は少し戸惑いを覚えた。
「ごめん、でも……魔法使いって……本当に?」
科学部員として、私はそんな非科学的なものを簡単に信じるわけにはいかない。
でも、目の前で起きた不可思議な現象を、どう説明すればいいのだろう?
リリアは少し困ったような表情を浮かべた。
「信じられないのも無理はないわ。でも、本当なの。私たちの世界では、魔法は日常的に使われているのよ」
私は深呼吸をして、冷静に状況を分析しようと試みた。
「じゃあ、その……魔法って、具体的にどんなことができるの?」
リリアは少し考え込むように目を閉じた。
そして、ゆっくりと手を上げると、その指先から淡い光が漏れ始めた。
「へ?」
思わず声が漏れる。これは一体……?
「これは、最も基本的なマナの操作よ。マナっていうのは、私たちの世界で魔法の源となるエネルギーなの」
リリアの説明に、私の科学者としての好奇心が掻き立てられた。
「マナ? それって、量子力学的な何かなの? それとも未知の素粒子?」
リリアは首を傾げた。
「ごめんなさい、その言葉はよく分からないわ。マナは…うーん、感情と精神力から生まれるエネルギーって言えばいいかしら」
感情と精神力から生まれるエネルギー? 科学的に考えれば、そんなものがあるはずがない。
でも、目の前で起きている現象は、明らかに既知の科学では説明がつかない。
「ねえ、アヤカ。あなたの世界には本当に魔法がないの?」
リリアの質問に、私は首を横に振った。
「ううん、ないよ。魔法なんて、おとぎ話の中にしかないもの。私たちの世界は科学で動いているんだ」
「科学?」
今度はリリアが首を傾げる番だった。
「そう、科学。自然界の法則を解明して、それを利用する学問だよ。例えば…」
私は周りを見回し、実験台の上に置いてあった電子顕微鏡を指さした。
「これは電子顕微鏡っていって、とても小さなものを観察するための道具なんだ。魔法じゃなくて、電子の性質を利用して作られているんだよ」
リリアは興味深そうに電子顕微鏡を覗き込んだ。
「へぇ、すごいわ。私たちの世界なら、拡大魔法を使うところね」
拡大魔法? 私は思わず苦笑してしまった。
こんな会話をしている自分が信じられない。
「ねえ、リリア。もし本当に魔法が使えるなら、もう少し見せてくれない? 科学的に観察してみたいんだ」
リリアは少し躊躇するような表情を見せたが、やがて頷いた。
「いいわ。でも、あまり大きな魔法は使えないわ。この世界のマナの流れがよく分からないから」
マナの流れ? またしても聞き慣れない言葉だ。
でも、今はそれを追及している場合ではない。
「分かった。じゃあ、安全なものをお願い」
リリアは再び目を閉じ、両手を前に差し出した。
すると、彼女の手のひらの上に、小さな光の球が現れ始めた。
「これは…」
私は息を呑んだ。
目の前で起きている現象は、明らかに物理法則を無視している。
光の球は、まるで生き物のように脈動し、ゆっくりと形を変えていく。
「これは光の魔法よ。形を自在に変えられるの」
リリアの言葉に合わせるかのように、光の球は様々な形に変化していった。
星型、花の形、そして小さな動物のシルエットまで。
私は夢中でスマートフォンを取り出し、その様子を撮影し始めた。
同時に、頭の中では様々な仮説が飛び交っていた。
「これは、もしかして高度なホログラム技術? いや、でも投影装置が見当たらない。プラズマ? でも、そんな高温になっている様子はない。量子もつれ現象の応用? いや、それにしてはスケールが大きすぎる……」
次々と浮かんでは消える仮説。
どれも、目の前の現象を完全には説明できない。
「アヤカ、大丈夫?」
リリアの声に、我に返った。
「あ、うん……ごめん。ちょいと考え込んでた」
「信じられない、って顔をしてるわね」
リリアは少し寂しそうな表情を浮かべた。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだ。ただ、科学者として、この現象をどう理解すればいいのか……」
私の言葉に、リリアは優しく微笑んだ。
「分かるわ。私だって、あなたの世界の科学的な道具を見て驚いているもの。きっと、お互いの世界にはお互いにとって不思議なことがたくさんあるのね」
その言葉に、私は少し心が軽くなるのを感じた。
そうだ、ここで頭ごなしに否定するのは科学者としての態度ではない。
未知の現象に出会ったとき、まずは観察し、データを集め、仮説を立てる。
それが科学の基本だ。
「そうだね。じゃあ、もう少し詳しく観察させてもらってもいい?」
リリアは頷いた。
「いいわ。でも、あまり長時間は続けられないわ。この世界でのマナの使い方がまだよく分からないから」
私は急いで実験ノートを取り出し、観察した内容を書き始めた。
光の強度、色の変化、形状の変化速度…できる限り客観的なデータを取ろうと試みる。
そんな私の姿を見て、リリアが少し驚いたように目を見開いた。
「すごいわ、アヤカ。そんなに熱心に観察するなんて」
「うん、これが科学者の仕事なんだ。未知の現象を観察して、理解しようとすることがね」
私の言葉に、リリアは興味深そうに頷いた。
「私たちの世界では、魔法は当たり前すぎて、こんなふうに細かく観察する人はいないわ。新鮮な感じがするわね」
その言葉に、私は少し誇らしい気持ちになった。
そう、これこそが科学の素晴らしさだ。
当たり前と思われていることにも、新たな発見の種が隠されているかもしれない。
観察を続けていくうちに、私の中で一つの考えが浮かび上がってきた。
「ねえ、リリア。もしかして、魔法と科学って、根本的には似ているのかもしれない」
「どういうこと?」
「つまり、両方とも自然の法則を理解し、利用しようとしているってこと。ただ、アプローチの仕方が違うだけで」
リリアは少し考え込むように目を閉じた。
「そうかもしれないわね。確かに、魔法も自然の摂理に従っているものだもの」
その言葉に、私の心の中で何かが大きく動いた気がした。
魔法と科学。
全く異なるものだと思っていたけれど、もしかしたら、それらは同じコインの表と裏なのかもしれない。
私は、目の前で起こっている不思議な現象に、困惑と興奮を覚えるしかなかった。
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