最終話 イースター礼拝で姉妹校と交流イベント

 瑛峰学院高校はイースター礼拝で姉妹校との交流イベントがあり、生徒会一行がセントヨルダ女子高校を訪れていた。待合室で待っている時間にイサクとノエルは世間話をしていた。

「進路希望調査どうしたんだ?」

「出したよ」

「ふーん。どこに?」

 イサクは手元のスマホの高校ラグビーニュースに目を落としていた。

「瑛峰大学には行かないことにしたよ。外部受験する」

「な、なんだって?」

 イサクはスマホから顔を上げてノエルを直視した。ノエルは静かな表情のままであった。

「ノエル、本気で言っているのか?瑛峰学院は進学校じゃないぞ。受験勉強なんて授業で一切扱ってないんだぞ」

「先週、予備校に申し込んだよ。来週から週五日間の予備校通いだ。親には申し訳ないことになった。だから、せめて、国立大学に行かなければならないと思っている。それに、聖書はいつも僕の心の支えになっている。でも瑛峰は違う。お金を使って、魂の救済を求めることは間違っていると思う。だから、受験することにしたんだ」

「もう三年じゃないか・・・。今から受験勉強だなんて無謀すぎる・・・」

「もう、決めたことだ。イサク、今まで一緒に部活をやってくれてありがとう」

 そこで、応接間の扉をノックする音が聞こえた。礼拝開始時刻となったのであった。

 ノエルは立ち上がるとポケットの中からメモを見つけた。ペーターのメモだった。イサクがそのメモをのぞき込んだ。

「ペーターの曲のタイトルだね」

「誰だいペーターって?外国人に知り合いがいたの?」

「この間知り合った古い友人だよ」



 セントヨルダの女子高生たちは少々面倒くさそうな様子で礼拝に参列していた。礼拝は兄妹校が参加することとなっていたが、大方の予想では今回参加するのもセントマリーゴールドが来ると思われていたからだ。女子校同士の交流会。セントマリーゴールドの方が瑛峰大学への進学実績が高い格上のお姉さま校。推薦率50%程度の妹校にとっては面白くなかった。

 しかし、礼拝の進行役が呼び込みを行った時だった。

「セント・ランブリジ・ユニバーシティ・ハイスクール」

 不意を突かれる女子たち。セントヨルダの女子たちが慌て始めた。いまさら、ピンセットで眉毛を整えようとしてももはや手遅れだ。

 白いガウンを着た男子の列が悠然と入場してきた。先頭を歩くのはノエル。イサクや後輩たちはその後方に続く。キャンドルライトに照らし出されたノエルは聖者の凛々しさを湛えていた。

 壇上でノエルと教務部長は向き合い、一礼をした。キャンドルライトを受け取るのが、なぜか教務部長の柳沼だった。

「ああ・・・」

 女子生徒たちのなかからため息が漏れた。

 一連の礼拝の最後、ノエルは中央付近に歩み出た。シューベルト作曲のアヴェマリアの独唱であった。


 ああマリア様 

 お聞きください 乙女たちの願いを

 この荒涼とした険しい道より

 私の祈りがあなたに届くように

 この世がどんなに残酷であっても

 試練をお与えください

 嘆きに満ちたこの世をご覧ください

 母よ、子供たちの声を聞いてください。

 アヴェ・マリア!


 イサクの心は驚きに包まれた。予想外の声量。想定外の表現力。いつの間に・・・。一体どこで習得したのか?

 かつての弱弱しいノエルはそこにはいなかった。そこにいたのは逞しく成長した青年であった。

 セントヨルダの女子学生たちが、ノエルの独唱にうっとりと耳を傾けていた。礼拝堂の中ではキュービットの天使が飛び交い、恋の矢を放ち始めていた。

 セントヨルダ女子校のホームルームの時間、教務部長の柳沼が進路希望調査の集計結果を説明していた。

「みなさん、ほぼ全員がランブリジ大学へ進学希望ですか・・・。急にどうしましたか?」

 女子生徒たちはそれを聞くと恥じらうように愛想笑いをした。

 セントヨルダの推薦枠は約50%。例年、その枠がちょうど埋まるように収まるのだが、今回はなぜかほとんどの学生が瑛峰学院大学に希望を出していたのだった。

「いちおう、ちゃんと言っておきますが、ランジリジ高校の瀬戸ノエル君は、他大進学希望だそうです。生徒会つながりですから。知ってるんですけど」

 ため息が漏れる。教務部長の柳沼は念のために補足した。

「あなた方のことは淑女として育ててますから、きっと関係ないと思いますが」


 シューベルトは高校キャンパス内の裏手の丘の上から楽譜ノートを埋める作業を行っていた。シューベルトは鼻歌を歌っていた。近くではバラ園では花の匂いが漂っていた。

 シューベルトの手元では作曲作業がちょうど目途が付いた時であった。その脇では天使があくびをしていた。

「もういいかい?その曲が描き終わるまでっていう約束だったはずだよ」

「曲タイトルも決めておかないと・・・」

 シューベルトは飛び交うミツバチを眺めながら、タイトル欄に『野薔薇』と書き込んだ。

 シューベルトが楽譜を閉じると、すっと立ち上がった。

「この祈り。どうか瑛峰学院まで届きますように・・・」

 天使がふわっと浮き上がり、粉を掛けるとシューベルトの身体は青白い光に包まれ、そして、消えていった。

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