第23話 ノエルの復活 金倉の保護者面接

 三年生一学期の始業式。イサクは始業式のスピーチ用のメモを何度も繰り返し確認していた。一学期、オーストラリアからの短期留学生を迎えること人あっていた。イサクはこのことについて注意事項をいくつか説明した。イサクのスピーチは十戒のように単純な言葉でゆっくりと短く区切られていた。

 今まで、生徒会長スピーチは、生徒の気を引くために、ギャグに走ることがほとんどだった。しかし、伝えたいこと、重要なことを短い文章で率直に伝えるイサクのスピーチに多くの生徒が耳を傾けていた。

 イサクのスピーチが終わるとき、会場からは珍しく拍手が沸き起こっていた。


 その日の夕方、クリケット部では終礼が行われていた。

「今日のバプテスマは・・・。この石黒だ。今日の俺は3回もエラーだった。俺がダッシュしてくるまで全員休憩しながら待っているように」

 そう言い残すと石黒は猛然とダッシュしていった。

 石黒がダッシュし始めてしばらくすると後ろから集団の足音が聞こえた。クリケット部員全員がついてきたのだった。

「石黒さん。俺たちも行きます」

「おい、お前ら・・・」

 そして、その遥か後方では一人だけ大きく引き離されていた。鳩山だった。

「よーし、鳩山より遅い奴は、もう一周だからな」

 石黒は部員に声を掛けると、再び前を向いて走り出した。

 石黒がもう一度振り返るとそこには必至になって追いすがる鳩山の姿が見えた。

「いしぐろさーん。まってー」

 脚力的に絶対に追いつかれないはず。しかし、石黒は背中に妙な感触を感じ始めていた。

「何となく、追いつかれたらやばい気がする・・・」

「まってー。いしぐろさん、まってー」


 イサクは同じころ、フィールド脇の小道を歩いていた。その時、イサク目に友人の姿を認めた。

「やあ、イサク。申し訳ないが、今日はタクシーを使ってしまったよ」

 そこに立っていたのはノエルであった。

 ノエルの顔には眼鏡はなかった。

 髪は短く、さっぱりとしたスポーツ刈りであった。

 そこにいたのは、逞しい成長した青年であった。

 何を話したらいいのか分からず、二人はしばらく黙って見つめ合っていた。

「どうしたんだい?ラグビーボールなんか持って」

「ラグビー部の部室を掃除したんだ。ラグビー部は正式に廃部になったよ。このボールは記念に取っておくことにしたんだ。それに・・・」

 イサクは一瞬、言いよどんだ。

「それに、いつ再開するかわからないラグビー部のために新ラグビー場を用意するわけにはいかないからな」

 太平洋の潮の香のする南風が通り抜けていった。

「ノエル、復活おめでとう」

「ありがとう」

 二人は固く手を握りしめた。


 一方で校舎の応接間では瀬戸ノエルの保護者と保護者面談が行われていた。

「3学期の試験を欠席されましたが、今のところ大学推薦は大丈夫かと思います」

 不安そうな表情のノエルの両親に、金倉はいつもの恍惚とした笑顔でいつも決め台詞を出した。

「あとは寄付金次第です」

 川崎がさっと、寄付金の明細と振り込み口座が書かれた紙を提示した。

「この額を来週の二十日までにいただければ・・・」

 両親は紙を手に取って凝視した。そして、何度も桁数を数えなおし、確認を行った。

「え、寄付金て、一口、百万なんですか?十万の間違いなんじゃ・・・」

「いえ、大学進学の保証金ですので百万円になっています」

 ノエルの保護者は一旦、受け入れたかのような雰囲気となった。これを経験的に感じ取った金倉が一気に畳み込んだ。

「任意ですが、三口以上でお願いします」

 この流れで『任意』という言葉を真に受けて、一口や二口で済ませる奴はいるのだろうか?一口百万円、三口で三百万である。ノエルの家庭は共働きであったが、それでもサラリーマン家庭にとって、高額な身代金要求であった。

 瀬戸家の自家用車はドイツの高級車であったが、その後、売却され、代わりに中古の軽自動車が購入された。

 大学推薦権は命綱である。しかし、それは同時に、自由を奪い生徒とその保護者を拘束するための鎖だったのである。

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