第22話 ノエルは心の旅路でシューベルトに会う
瀬戸ノエルは聖書の光に導かれて、ある音楽家の元へたどりついていた。ウィーン市内のあるアパートの一室でその男はピアノを弾きながら、歌を歌っていた。
「かーぜーのよーにー、うーまーをかりー。うーでをつかんで、つれーていくー」
「オホン、オホン」
「おお、何だ、そんなところにいたのか?部屋に入るときはノックをしろよ」
音楽家の部屋の入口に立っていたのはノエルであった。
「何度もノックしたよ。ペーターは気づかなかったのかい?はい、朝食だよ」
音楽家は食事を目の前にしつつも、まだ不可解な顔をしていた。
「朝食?なんで朝食なんだ。まだ、夕食も食べてないのに・・・」
「もう、夜が明けたよ」
「えっ!」
男がピアノから立ち上がって窓の外を見ると、窓の外のウィーンの街は朝日に包まれていた。
「一晩中、歌ってたよね。さすがに近所迷惑かな・・・」
男の名はフランツ・ペーター・シューベルト。売れない音楽家だ。彼がなかなか音楽家として名を上げることができなかった。楽器が弾けなかったからだ。当時、楽器が弾けなければ、作曲家としても認められなかった。
「なあ、ノエル。君の音楽の教科書、また見せてくれるか」
「ああ、いいよ」
シューベルトが開いたのは自身の作曲した『魔王』が掲載されていたページだった。
「僕の『魔王』が日本の音楽の教科書になってるだなんて、何度見ても感激するよね」
シューベルトは明るく、気さくな性格だった。
二人は小さなダイニングテーブルで朝食を食べていた。朝食を終える頃、ノエルは手荷物をごそごそを探り始めた。
「ああ、ごめんごめん。肖像画なんだけど忘れないうちに渡しておくよ」
ノエルが渡したものはシューベルトの肖像画であった。描かれた肖像画でシューベルトは眼鏡をかけていた。クラッシック音楽家で眼鏡の掛けているのはシューベルトぐらいである。
「ひょっとして、このメガネくれるのかい?」
シューベルトの眼鏡はノエルが渡したものだった。
「いいよ。僕の目は手術して視力が戻ったんだ。メガネは君にあげるよ」
シューベルトは、意気揚々とした気分になり、椅子に座ったまま、少し腰を浮かしてその場で一回転した。
「ありがとう。このメガネがあれば作曲も進む気がする」
「ペーター。僕のほうこそありがとう。君にたくさん声楽を教えてもらって最高に楽しい日々だったよ・・・すまない。そろそろ帰らないと・・・」
「ノエル、もう行ってしますのかい・・・」
「ほら、これを見て」
ノエルの手元では聖書が青白く光り始めていた。
「ペーター、本当にありがとう。そろそろ元の時代に帰らないと・・・」
その時、シューベルトはノエルの腕をつかんだ。
「まって、僕も一緒に行く」
「ちょ・・、駄目だよ。あああ・・・・」
聖書の光がノエルとシューベルトを包んだ。
二人がワープしたのは音楽室だった。教卓の上には、カラオケ試験用の曲のタイトルが折り畳まれたメモの山が準備されていた。
「だめだよ。ペーター。自分の時代に戻れなくなったらどうするの?」
ノエルはシューベルトをたしなめたが、 シューベルトは壁にある音楽家の肖像画を眺めていた。
「ベートーヴェン、こわっ!」
ノエルは壁に掲げられたカレンダーを見ていた。
「ああ、この日付は二年生の時の2学期だな。僕の時代はもうちょっと先だ・・・」
気が付くとシューベルトは机の上で筆記作業をしてメモを折り畳んでいた。
「ペーター。何やってるの」
「そこにあるくじの山に僕の楽曲を足しておいたのさ」
ノエルはシューベルトのメモを回収してポケットに入れたが、シューベルトは隙をみて何個かのメモを山の中に混ぜていった。
「だめだよ。勝手な事したら。さ、行くよ」
再び聖書の光がノエルとシューベルトを包んだ。
二人がワープしてきたのは元の病院の病室だった。ノエルは空になっていたベッドにもぐりこんだ。
「ああ、何だか急に眠い」
ノエルのベッドからは麻酔の匂いがして、ノエルは瞬間的に眠ってしまった。
次の瞬間、天使がやってきてシューベルトを捕まえた。
「ごめんね。君は元の時代に戻ってくれるか。そうでなければ、天国に連れていくよ」
「この時代の楽曲をもう少しだけ調査を・・・」
「だめだ。認めない」
「ちょ・・・」
シューベルトは天使に腕を抱えられ、そのまま退室していった。
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