第21話 竜獣と対峙するイサクの黙示録の旅
気が付くとイサクはタクシーの後部座席に座っていた。窓の外は暗く。何も見えない。運転手の顔も暗くてよく見えない。このタクシーの行先はどこなんだろうか?
「すいません。このタクシーはどこ行きでしょうか?ひょっとして地獄ですか?」
「いえ、行き先はモリヤ山です」
運転手の声は、体育教師の大城であった。ひょっとして、知らない間に教師を辞めて、タクシー運転手に転職したんだろうか?それとも、何かやむを得ない事情があったのだろうか?しかし、イサクはそのことは気にせず目的地に到着するのを待っていた。
しばらくすると、タクシーは山の中腹に停車した。長いこと走ったように思えたが、料金は666円であった。
そこは祭壇を設置する場所となっていた。イサクはこのシーンに見覚えがあった。これは旧約聖書に書かれているアブラハムの生贄の場面だ。瑛峰学園の玄関に掲げられている油谷レオの作品はこのシーンである。神はアブラハムの信仰心を試すため、自分の大事な人を生贄に捧げるように仕向けているのだ。実際に生贄は捧げられることはない。
イサクが祭壇の土台を組み始めると、周囲にその様子をうかがう人物がいることに気づいた。学友たちであった。学友たちは作業を手伝うわけでもなく、ただ、イサクの作業の様子を眺め、ただ、ニヤニヤしていた。
土台が組みあがると、生贄を土台に乗せた。生贄は顔に包帯をしていて、誰だかはわからなかった。イサクは祭壇の下部に薪をセットしていった。周囲の学友たちは、止めるわけでもなく、ただ、ニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
薪が組み終わり、いよいよ点火を残すだけとなった。
もう十分に、主への信仰心は示したはず、しかし、なかなか天使が現れない。そろそろ天使が現れて「もうよい。お前の信仰心はわかった。茂みの中に牡羊がいる。代わりに牡羊を生贄にしなさい」といって、作業を止めるはずだ。なぜ、止めないのか?周囲の学友たちは必死に笑いをこらえて、この様子を見守り続けているだけだった。
イサクはマッチを擦ろうとしたが失敗した。次のマッチも点火しなかった。ついには、マッチ箱のすべてのマッチを擦っても、一切、点火しなかった。
「ううう、イサク。ここはどこだ・・・」
包帯を巻いた生贄から声がした。その声はノエルのものであった。
「ノエル、ノエル。お前だったのか・・・。すまない、俺がバットをかわさなければ、こんなことにはならなかった・・・・。本当にすまない・・・」
周囲の学友たちの輪は次第に狭まっていく。笑いを期待するボルテージは最高潮に達していた。無慈悲な笑いに満ち溢れていた。
「くそっ。きさまら・・・」
学友たちは腕を組み、次第に回転し始めた。回転によって発生した上昇気流は積乱雲を発生。学友たちの腕と腕は結合し、最終的に一つの多頭多足の竜獣となった。
上空に発生した積乱雲から祭壇めがけて雷撃が走った。
「あぶない!」
イサクは生贄を抱きかかえ、何とか雷撃をかわした。その時だった。生贄が素顔を現した。
「おめでとう!天使は私だ!」
包帯の下から天使の神々しい光が放たれ、周囲は光に満ちていった
「君の友を思う気持ちは本物だ。君には石板を授けよう。山頂に向かうがいい」
イサクが山頂にたどり着くと、そこにはベンチプレスが設置されていた。
「このベンチプレスをやれということなのか?久しぶりだし、まずは30キロぐらいから始めるか・・・」
イサクは難なく30キロのベンチプレスを行った。
次に、30キロのウエイトは外され、石板が4枚追加された。
「石板のベンチプレス・・・。やったことがないな・・・」
イサクは石板4枚のペンチプレスをこなした。次に石板がさらに6枚追加された。
「石板10枚か・・・ちょっと、しんどいか・・・」
右側に石板5枚、左側に石板5枚。合計10枚である。
「くっ・・・」
筋肉を痙攣させながら、何とか石板十枚のベンチプレスに耐え抜いた。そこで、再び天使が現れた。
「おめでとう。君にこの石板を授けよう。でも石板十枚だと運びにくいだろうから、1枚にまとめておいてあげよう」
「だったら、初めから1枚にしておいてくださいよ」
「まあ、そういわずに」
イサクは天使から石板を受け取った。
ふと、下方を見ると、竜獣が山の麓をうごめいていた。イサクが石板の文字をなぞった。すると十個の冠が出現。獣にかぶせると、獣はおとなしくなり、人間の姿に戻った。
それを見届けたとき、イサクの手元の石板は青白く光り始めていた。黙示録の旅は終わったのである。
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