第20話 瑛峰学院生の目に光あれ
とある応接室の中から会話が聞こえた。片方が医師で、もう片方は女性と同じくらいの年齢の男性が座っていた。おそらく夫婦なのだろう。
「キズの程度が浅いはずなのに、視力がなかなか回復しません。なお、手術について、本人にはレーシック手術だと伝えてあります」
医師は難しそうな表情で話を続けた。
「あるいは、いきなり角膜を移植すれば、なんとか・・・」
「いきなり角膜手術だなんて・・・」
女性は涙ぐみ始めていた。
「まだ高校生なんですよ。この子の人生はこれからなんですよ」
男性は女性を向いて丁寧になだめ、女性はいったん落ち着いた様子となった。
「そもそも、そんな都合よく移植手術なんて、できるわけないでしょう」
「お父さんのおっしゃる通りです。まずはドナーを探すところから始まります」
「そんな途方もない話・・・」
「当院で最新型のマイクロレーザー手術機がちょうど利用可能になったので移植しなくても回復する可能性はなくはないです」
一旦は落ち着いたかのように思えた女性は再び、感傷的になった。
「そんなのまるで人体実験じゃないですか・・・」
その日の夜、イサクはなかなか寝付けなかった。
あの女性、たまたま、容姿が似ていただけかもしれない。
それに子供が高校生で、目の手術を受けるというのもたまたま一致していただけなのかもしれないなあ・・・
そろそろ寝ようか。
いや、寝付けない。
イサクは、女性のハンカチを持ち帰ってしまっていた。そのハンカチの刺繍にアルファベットで『SETO』の文字が見えた。
これも、たまたま・・・。
いや、この『SETO』がそもそも名字とも限らないし。
やはり寝付けない。
イサクは、ベッドから起きると、ふと、本棚の聖書を取り出した。
今は二時か。体がこんなに疲れているのに、なぜか眠くならない。
なんでこうなったんだろうか。
俺があの時、バットをよけなければ・・・。体で受け止めればよかったんだ。そうすれば、バットが折れることもなかった。バットの破片がノエルの顔面を直撃することもなかったはずだ。これは俺のせいだ。
そうだ、これは俺が悪かったんだ。
イサクの涙は聖書に落下した。
イサクは聖書の初めのページを開いた。旧約聖書は創世記から始まる。神が天地を創造する物語である。「光あれと神が言った。そして、光があった」との文言から聖書は始まる。しかし、いまのノエルの目からは、光は消えかかっていた。
もはや、イサクに思いつく方法は、神に祈る以外に残されていなかった。ほぼ一睡もしなかったイサクは電車に乗って学校に向かった。
チャプレンはチャペルに春休みに一人で礼拝に参加した学生に声をかけた。
「どうした生徒会長。礼拝に出るだなんて、珍しいじゃないか」
寝不足のせいか、イサクの目は腫れあがっていた。
礼拝のあとイサクは生徒会室で少し休憩してから、帰宅することとしたが、イサクはすぐに寝落ちした。イサクの読みかけの聖書は青白く光り始めていた。
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