第19話 長引く入院「おや、その声はイサクだね」
春休みも迫ったある日、イサクがノエルの様子を見に病院にやってきた。
「その声はイサクだね。レーシック手術があるから、入院が長引いてしまったよ」
「ほら、お前が欲しがっていた蓮の絵の画集だぞ」
イサクはノエルに本を手渡した。横浜まで出かけて手に入れた大型本である。
「ありがとう、確かに蓮の絵だね。欲しかったんだ。ありがとう」
「おい、ノエル。どうしたんだ。上下逆さだぞ」
「ああ、しまった。僕としたことが」
「これは、随分と赤いな。蓮の花かな」
「何言ってるんだ。花は咲いてない。そのページは緑の葉だけだよ」
「ああ、そうだね。僕としたことが・・・」
「ノエル、ひょっとして色がわからないんじゃ」
「ちがう。少し間違えただけだ」
ノエルは目の疲れを感じて、しばらく目を閉じた。
「すまない。ちょっと疲れてしまったようだ・・・」
その時、ノエルの脳裏にあの日の記憶がフラッシュバックした。
その日、ノエルが美術室に来ると、教室の中ではミケとアルルが話をしていた。
「あら、あなた、ちゃんと油絵が完成しているじゃない。なんでこれをお父様に見せないの?」
「まだ、見せれる段階じゃない」
「あなた、ひょっとしてあの友人のことを気にしているわけ?」
「ちがう。ただ、見せれる段階じゃないと言っただけだ」
「この絵画をレオに見せれば、きっとあなたの実力を認めるわよ。まあ、その時、理事長とレオが話をして、ご友人は排除されるだろうけど・・・。そんなこと気にしなくていいのよ。これから先のあなたの人生で、こういうことはたくさん起きるから、こんなことぐらいで・・・」
「うるさい!」
「あら、随分と生意気なのね。ここにたまたまクリケットで使うバットがあるけど、自分の絵がお父さんに見せられるなら、見せなさい。そうでなければこのバットを使って破壊してしまいなさい。わかった?」
「ううう」
「私が見てると決心がつかないみたいね。わかったわ。好きにしなさいよ。ちなみに、レオ先生ね。ノエル君の絵が気に入ってるみたいなのよ」
美術室からアルルが退室。替わりにノエルが部屋に入りミケのそばに駆け寄った。
「だいじょうぶだよ。自信を持って、きっとお父さんは認めてくれるよ」
「ううう」
ミケはクリケットバットを強く握った。
「お前の存在がじゃまなんだよ!!」
ふとした拍子にノエルは正気になった。
「イサク、イサク。あれ、いないのか・・・」
あたり見渡すとそこには誰もいなくなっていた。
「イサクともう少し話したかったな・・・。ミケともっと絵を描きたかったな・・・」
ノエルが再び目を閉じると、手元の聖書は青白く光り始めていた。
イサクが帰宅しようすると、病院の通用口近くで、ある中年女性とすれ違った。その時イサクは、中年女性がハンカチを落としたことに気づいた。
「あ、落としましたよ」
しかし、女性は小走りで走り去っていった。その表情は不安と焦燥に満ちあふれていた。
イサクは何となくその女性を注視してしまった。どことなくノエルに似ているような気がしたからだ。イサクは何となくその女性の元にハンカチを届けようという気持ちになり、あとを追いかけることにした。
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