第5話 ノエルの希望は西洋美術科 しかし、心配は尽きない 

「なあ。イサクは瑛峰大学には行くの?」

 ノエルとイサクの会話はいつもイサクがしゃべっていて、ノエルは聞き手になることが多い。しかし、その日は、ノエルの方から話題を切り出した。

「ん?たぶん、行くと思う。みんな行くだろうし」

 実はイサクは進学について最近、微妙に思っていた。瑛峰大学への推薦基準を満たしていたとしても、学部選択は成績順になるのである。イサクは法学部に行きたかったのだが、少し順位が足りなかったのだ。なお、ノエルは勉強ばかりしているので成績は上位であった。

「ぼくも行こうと思っているよ」

「ノエルの順位ならどの学部でも余裕だろう」

「うーん、どうなんだろう」

 バラ園の出口を抜けると運動場の裏側にたどり着いた。まだ、昼休みではないのでグラウンドは静かである。かつてここはラグビー場であったが、今はクリケット部のフィールドに改修されていた

「ノエルはどこに行きたい?一番人気の法学部?」

「神学部の西洋美術科に行きたいと思ってる」

 イサクは思った。なんだ、法学部ではないのか。ならば安心というか、何と言うか、成績上位者が好きな学科を選択できるのは制度として仕方ない。法学部ではないことがわかると、イサクは気が楽になった。

「だとしてもノエルならいけるんじゃないかな」

「いや、そうでもないよ。定員枠は一名だからね」

「一名だとしても、宗教画をやる美術科に行きたがる奴なんておる?あ、いたか、油谷ミケの美術科志望かな?」

「ミケは他大進学じゃないのかな?そもそも、アメリカの大学にインターンに行ってるし、海外留学なんじゃないのかな?」

「だとしたら、他に希望者なし。ノエルで決定じゃないか」

 しかし、ノエルの心配は尽きない。

「でもね。去年、進学先を阿弥陀くじで決めた人がいるらしいね。あれをやられると困るんだよね。西洋美術科の定員は1名。突然、埋まったら行けなくなるんだよ」

 進学希望先の学部学科は、最終決定の直前まで変更することが可能である。昨年度は、成績上位者の一人が即席で阿弥陀くじを作成。阿弥陀くじで進学先の学部を決めたことがあったのである。ノエルはそのことを心配していたのだが、おそらく、百年先までアミダで進路を決めるような奴は出てこないだろう。

「まあ、そんなに気にするな。だいじょうぶだよ」

 そうこう言っている内に、二人は散歩コースを終え、校舎にたどり着いた。

 瑛峰学院の校章はバラを形どったデザインとなっていた。校舎の入口にはバラの校章あり、そこから中に入ると巨大な宗教画が壁一面に掲げられていた。油谷レオの『アブラハムの祈り』である。油谷レオは有名な画家で、時価1億円ともいわれるこの宗教画を瑛峰学院高校に寄贈したのである。

 油谷ミケは、レオの息子で高校二年生。イサクやノエルと同じ学年である。油谷ミケは学校に来たり来なかったりするが、それが進級に影響することはなかった。本人が希望すれば必ず瑛峰大学に推薦されるとも言われていた。桁違いの寄贈品と寄付金があるからである。

 油谷レオは気難しい性格で、そのことが影響してかミケの友人関係は広くはなかった。ただ、美術部に所属していて、イサクやノエルとは気さくに会話ができる仲であった。

 ちなみに、寄付金を出しているのは油谷レオに限った話ではない。サラリーマンであっても、資産家であっても、医師であっても、無宗教であっても、何らかの形で寄付金が求められた。それが瑛峰学院であった。

 寄付金がATMに振り込まれ、札束を数え始めるやいなや学校関係者の魂は天国に飛びあがるのであった。


 その日、日下の古文が突然、休講になったことにより、重要な連絡が漏れることとなった。二週間後、古文は小テストであったが、その連絡が行われなかったのである。

 それとは関係なく、その日夕方、ホームルームにてクラス担任の野原が連絡事項を伝えていた。

「今週の水曜日、横浜の桜木町で補導が行われます」

 なぜか、補導の情報が前ばらしであった。

「それ、言っちゃダメだろ」

 生徒たちは爆笑していた。

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