第2話 生徒会長の戸川イサク

 生徒会室から出てきたのは生徒会長の戸川イサクであった。イサクはクリケット部員たちと同じぐらい長身で、制服の上からでも筋肉の形が見えるほどがっしりした体格の持ち主。陰で「キン肉マン」と呼ばれていた。

 イサクの姿を見ると、さっきまで威勢の良かったクリケット部員たちは、そそくそと去っていった。イサクはノエルの方を一瞥し、部屋の中に招き入れた。

「生徒会室の前まで来たら、黙って中に入ってきていいんだよ」

「ごめんね」

「謝らなくていいよ」

 生徒会室にノエルを呼んだのはイサクであった。イサクはノエルがあまりにも悪友に絡まれるので、昼休みは生徒会室に来るように指示していたのだった。

 瑛峰学院高校の秋以降に論文試験が行われる。この論文試験。調べ物をしながら論文をまとめていくはずなのだが、誰かのサポートがあったとしても、不思議とばれないのである。推薦入試に対する論文試験の比率はなんと2割である。こんなやり方がまかりとおる大学推薦制度。実態は、救済処置なのである。

 しかし、瀬戸ノエルはその論文の下書きをやらされていたのである。しかも3人分である。

「なあ、ノエル。こんなことやらなくていいと思うんだけどなあ」

「困っている人を見過ごすのはよくないと思って・・・」

「本人のためにもやめた方がいいと思うよ」

 同じ美術部員じゃなければ、ほんと見捨てるんだけどな。イサクは心の中で思ったが口には出さなかった。

 瑛峰学院は校則が緩く、頭髪も制限がほとんどない。長髪も珍しくないが、瀬戸ノエルもそうであった。大体の瑛峰学院生は、ロン毛でチャラチャラした感じになるのだが、真面目で気弱な雰囲気、しかも眼鏡の瀬戸ノエルが長髪だと、もはやオタクを通り越して女子みたいであった。


「まあ飯でも食おう」

 二人は棚のおいてあった弁当をそれぞれ取り出した。二人の弁当は投稿直後から生徒会室朝から置いてあるのだが、これは、『ノエルの弁当がクリケット部員に食べられちゃった事件』があってからの措置であった。

 戸川イサクが生徒会長に立候補したのには明確な理由があった。生徒会は姉妹校であるセントマリーゴールドやセントヨルダと交流イベントがあったからだ。イサクは立候補演説で、そのことを包み隠さずに赤裸々に告白した。下心丸出しの立候補理由に生徒たちは爆笑。自分の気持ちに正直な人物として逆に好印象を与え、生徒会長に当選を果たした。

 イサクは初め8人制ラグビー部に所属していた。しかし、1年の夏に三年生たちが引退すると、部員不足で活動は休止。その後、イサクは美術部に入部していた。美術部に入った動機は、美術部ではヌードのモデルを扱うことがあるという噂を信じての事であった。瑛峰学院は男子校なのである。

 美術部の部活で、実際にモデルが来訪した時があった。しかし、ヌードなどにはならなかった。ヌードなど都市伝説である。しかし、イサクはそんなことで簡単にあきらめかった。創造力だけで彼の求めるヌードの構図の絵を描いたのである。

 これをみたもう一人の美術部員である油谷ミケがコメントした。

「アダムがみたイブの姿がこれだったら、地上に人類は繁栄しなかっただろう。キュビズムを取り入れるなら、もう少し大胆にやった方がよい」

 しかし、イサクはこの程度のこと、何とも思わなかった。時間をかけて修正し、彼の思う理想に近づけていこうと考えていたのだった。

 生徒会室ではイサクとノエルは昼食を終え、午後の授業開始までくつろいでいた。イサクは昼寝をしようとしたが、この日は寝付けなかった。ノエルは黙々と読書をしていた。

「なあノエル、お前は論文試験で何を書くのさ。ルター、ウィクリフ、ヤン・フスを題材に渡したら、お前は何を描くのさ。自分が書くテーマがないんじゃないのか?」

「あっ、たしかに・・・」

 ノエルは少し天然系だったが、悪気のない行動を責めることもできなかった。

「どうしようかな?音楽家の話でも書こうかな?」

「どうして音楽家なのさ。宗教改革と関係ないだろう・・」

 ノエルの読んでいる本がイサクの視界に入った。随分と分厚い本だ。

「お前、さっきから何読んでるの?」

 イサクが中身をのぞき込んだ。それはなんと聖書だった。

「休み時間に聖書?いくらミッション系だからって、休み時間に聖書を読むやつはいないだろう。変わってるなあ」

「旧約聖書とか面白いよ。でも、さすがに出エジプト記より先は読まないけどね」

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