微かな光

胸に吹く、温かい風。

目覚めが悪い。はっきりしない。

意に反して、推測通りだ。

「わざわざ、朝飯なんかいらないのに。」

胸の虫が荒れ狂って、食欲なんかない。

申し訳ないけど、皿やコップはあとで返そう。

皿に乗ったトーストを皿ごと持ち上げると、皿の下に紙があることがわかった。

「なんだ、これ。」

皿を床に置いて、二つ折りの紙を開く。

夢奈ちゃんとは別れて、別の恋人を探さないかしら。

「あ、あ……」

彼女の名前は、心臓に作用するキーワード。

もちろん、悪い意味で。

でも、忘れたいわけではない。

決して。

床に転がったペンで、大きい罰点を文に乗せた。

「……番号?」

筆の先を目で追っていたら、小さく番号が書かれているのが見えた。

もう一度、紙に視線を戻す。

「……電話番号か。」

罰点の一部のすぐ横に、九零。その横に、ハイフン。その横にも、ハイフン。その間にある、数字。

罰点には、零が隠れているのだろう。

電話、してみようかな。

俺は、母が嫌いではない。

むしろ、感謝している。

優しいし、絶対に無理はさせない。

そんな母を持って。

こんなに優しい母の努力を、無下にはしたくない。

「……もしもし。」

誰が出るか分からないことで、萎縮する。

そもそも、俺の事を好いている奴だ。強い性格の持ち主じゃないだろう。

「柚音だよ。君がそんなやつだったなんてね。」

画面の裏にいる柚音は、馬鹿にするように笑う。

咄嗟に、指を液晶に押し付ける。

ひとつの嚔を合図に、涙が零れる。

「あ、あ。誰も、味方じゃねえんだな……」

柚音は、典型的なシャーデンフロイデだ。

しかも、自分の嘘で他人の不幸を作るタイプ。

俺の母を上手く欺き、操ったというところだろう。

「お母さんも、こんなの怪しいと思ってくれ。」

瞬間的に入る息は、酸素の味がする。

微かな光は一瞬にして、消えた。

その絶望を、他人と嫌な関わり方をすることで解消する。

それを八つ当たりという。

「いや、お母さん。ごめん。」

矢印の向かない独り言。

でも、俺の中で矢印を母に向けていた。

実際に届いていない言葉でも、俺の中で母に向けてしまった矢印を悔いる。

「嗚呼、つまらない。」

子供は遠慮せず、周りに頼っていいんですよ。

なんて、先生は言っていた。

俺は、誰に頼ればいいんだよ。

俺が通っている学校に、俺の味方はいないだろう。

俺の友達も、俺との記憶なんか忘れてる。

全員、俺の傍観者や批評家にしかならないんだ。

「いや、違う。」

俺の愚行を、状況の悪さのせいにしてはいけない。

ましては、楽な方に人の評価を下げてはいけない。

体で逃げることはいいけど、身体で逃げることはいけない。

そもそも、俺が学校を拒絶する理由が皆であるか。

否。

俺は、人から何も言われない存在だ。

誰からも、望まれていない。

期待や羨望などとは無縁の人生。

だけど。

それは、むしろ俺が存在することを拒まれていないということだ。

拒まれてもいないのに、皆のせいなんて無責任だ。

自分の行動には、絶対に自分の意思が宿る。

俺は身体で逃げていただけだ。

俺は、俺を殺していた。

俺を愛してくれる人が、いるんだ。

いつも朝は少しばかり冷静なのだが、今日はどうしてそんな思考ができたのだろう。

分からないまま、涙を零す。

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