第35話 住まい探し

 マリアの入学が無事に決まった。


 オレとマリアは、建物の外に出る。


「おっ、オードル。その様子だと、無事に終わったようだな?」


「ああ、エリザベス。待たせたな」


 外で待っていたエリザベスたちと、合流をする。


「マリア様、合格おめでとうございます!」


『ワンワン!』


 学園の庭で遊んでいたフェンと聖女リリィも、こちらに戻ってきた。


「リリィお姉ちゃん! フェン、ありがとう!」


 入学の許可証を皆に見せながら、マリアは満面の笑みを浮かべていた。


 本当に嬉しいのであろう。


 許可証を見ながら、ずっとニコニコしている。


「さて、これから、どうするつもりだ、オードル? 宿を探すのか?」


「そうだな、エリザベス。拠点は必要だな」


 マリアが無事に合格した。


 予定通り、この街に1年ほど住むことになる。


 となると長期滞在用の宿を借りるのが、一般市民なら普通だ。


「少しオレに考えがある。みんな、ついて来い」


 せっかくなので住みやすい場所を、この街では拠点にしたい。


 だからオレは皆を引き連れて、街の中心街へと向かうことにした。


 ◇


 学園から中心街へやってきた。


 通りの両側に、大きな商館や商店が建ち並んでいる。


「この商館だ。入るぞ」


 そんな中でも一軒の商館を見つけて、オレは先に中に入っていく。


 ここは前にも利用したことがある店。


 ここならば、いい拠点が見つかるであろう。


「おっと。フェンは馬番をしておいてくれ」


『ワン!』


 ペットは入場禁止だった。


 エリザベスの愛馬とフェンは、入り口前で留守番だ。


「いらっしゃいませ、お客様」


 中に入ると商館の受付人が、丁寧に挨拶をしてくる。


 かなり高級な雰囲気だ。


「……ん?」


 だが直後、男の表情が曇る。


 オレたち一行の恰好を見て、態度を変えたのだ。


(そうか。たしかに少しそぐわないかもしれないな……)


 オレもその視線に気がつく。


 何しろ、この商館はかなり高級な部類に入る。


 店内にいる客も貴族や商人など、富裕層が多い。


 そんな中でも、オレたち一行は異質であった。


 辺境の村から出てきたばかりで、かなり薄汚い格好をしているのだ。


(まあ、オレのこの格好なら、仕方がないか……)


 オレは鉄大蛇てつだいじゃの鱗鎧の上に、黒い外套がいとうを羽織っていた。


 実戦向きで、値段にしたら高額の部類に入る。


 だが全身黒づくめの恰好は、店員から見たら、かなり怪しいであろう。


 また女性陣も同様である。


 リリィは聖女の衣ではなく、変装用の一般人の汚れた服を着ている。


 マリアは可愛らしいスカートをはいているが、辺境の田舎っぽさが出ていた。


 最後にエリザベス。


 本来は超お嬢様の公爵令嬢であるエリザベスも、今は辺境装備。


 どう見ても流れの女剣士にしか見えない。


 怪しい大男一人と、薄汚れた少女二人と、幼女が1人の組み合わせ。


 だから受付人は態度を変えてきたのだ。


(まあ、気にすることではないだろう)


 こんな扱いを受けるのは、傭兵時代から慣れていた。


 オレは構わずにカウンターに向かっていく。


 そして担当者に用件を伝える。


「“一軒家”を買いたい。できれば街の外れにある、静かな立地がいい。庭付きの広めの物件を選らんでくれ」


 今回オレがここで買うのは『家』である。


 担当者に条件を細かく伝えておく。


 こうすればリストアップしてくれるであろう。


「えっ? ちょっと、オードル? 家を買うのか⁉」


「ああ、そうだ、エリザベス。その方がゆっくり暮らせるだろう」


 後ろで驚いているエリザベスに、説明する。


 この人数で1年間住むなら、一軒家の方がいいと。


 それにフェンとエリザベスの愛馬を飼うなら、賃貸よりも買った方がいいのだ。


「たしかに、そうだが。それにしても、家を買うなんて、意外と大胆だな、オードル」


「そうか? これもマリアの勉強のためだ。環境は大事だ」


 傭兵であるオレは、幼い頃から各地を転々としてきた。


 テントで野宿の暮らしが基本であり、環境は劣悪だった。


 だが武功を重ねていくにつれて、環境は良くなっていった。


 最終的には、王都に屋敷を買えるまで出世する。


 つまり何を言いたいかといえば、『住む家の環境は大事』ということだ。


 まあ。オレの場合、王都のあの屋敷も燃やされてしまったが。


 とにかく幼いマリアにはオレとは違い、最高の環境で勉強にはげんでもらいたかったのだ。


「お客様、お待たせしました。先ほどの条件に合う物件は、今ならこちらがあります……」


 担当者が戻ってきた。


 物件の条件が書かれた紙を、広げて見せてくる。


 内容はオレが提示した条件を満たしていた。


 ・街の郊外にあり、静かな環境。


 ・広い庭付きで、一軒家。


 ・学園にも通える距離。


 なるほど。かなりの好物件である。


「よし、これにしよう。物件を確認して、本物なら即金で買おう」


 商品の確認は、商売の基本である。


 若い時にだまされたことがあるオレは、何を買うにも用心深いのだ。


「ですが、お客様……失礼ですが、この物件は、かなりの金額です。ですから、そのう……」


 オレたちの恰好を、担当者はチラリと見てきた。


 薄汚い旅の恰好。


 どう見ても金持ちには見えない。


 だから担当者も、値段のケタを勘違いしているのでは? と心配しているのであろう。


「心配ない。金ならあるぞ」


 オレは財布を取り出し、中身をカウンターの上に出して確認していく。


 ふむ。そこそこの額が入っていたな。


「えっ……こんな大金を……」


 カウンターの上の宝石を見て、担当者は言葉を失っている。


 薄汚れた格好の旅人が、いきなり大金を出したので驚いているのであろう。


 この金はもちろんオレの私財である。


 何しろオレは王国内でも、結構な傭兵団を率いていた。


 王都で暗殺されそうになった時、財産の一部の宝石や大金貨などを持ってきていた。


 それに村で狩った獣も、先日のキャラバンで換金している。


 だから財布の中身には、かなりの金額が入っていたのだ。


 これだけあれば一軒家は、余裕で買えるほどの大金であろう。


「ん……そうだ。せっかくだから、ここで換金しておくか」


 そんな時、“ある荷物”のことを思い出す。


 背負い袋を降ろして、その荷物を取り出す。


「ついでに、これを鑑定して換金してくれ。その金で家を買う」


 オレは拳大の原石を、ポイッと担当者に渡す。


 この商館では様々な品の買い取りも、行っている。


 前に利用したこともあるので、コイツも換金できるはずだ。


「えっ? えっ? これは……もしかして⁉」


「ああ、魔獣の魔核まかくだ」


 オレが取り出したのは魔核であった。


 先日の鉱山で討伐した鉄大蛇てつだいじゃのもの。


 1匹目の魔核はフェンに食わせていた。


 これはオレが倒した2匹目の魔核であった。


「ま、魔核ですか⁉ それも、こんなに大きな物を⁉ こんな大きな魔核は……初めて見ました……」


 担当者は言葉を失っていた。


 何しろ魔核は希少品。


 大きさに比例して価値が倍増していく。


 普通の魔獣の魔核は、指の爪くらいの大きさしかない。それでも家が買えるほど高額になる。


 だがオレが持ち込んだ魔核は、拳大の大きさ。


 下手したら、ちょっとした小城も買える価値があるであろう。


 さすがは魔獣の中でも上級魔獣、鉄大蛇てつだいじゃの大物の魔核である。


「い、今すぐ、担当者に鑑定させます! あと、あちらの特別室にご案内します。そちらで、鑑定品をお預かりする前契約書を、こちらで用意いたします!」


 巨大な魔核を理解し、担当者の態度が一変する。


 部下に指示を出して、特別室の用意をさせる。


 そこは金持ちの取引にしか使われない、特別な場所だという。


「そういう面倒くさいのは結構だ。それより、物件に案内してくれ。鑑定は、その間にしておいてくれ」


「はい、分かりました! この魔核は当商会が命をかけて鑑定いたします。あと、今すぐ、店の前に最高級の馬車を用意します。そちらで物件までご案内いたします!」


 担当者からの指示を受けて、商館の中がざわつく。


 店員は一気に忙しく動き出す。


 他の客も何事か? と、ざわざわしていた。


 店内はちょっとした騒ぎになりかけている。


「さあ、行くぞ。みんな」


 だがオレはそんな騒ぎを気にしない。


 早く物件を見に行きたいのだ。


 マリア、リリィにも声をかけて、馬車に乗り込む。


 フェンは自分の足。


 エリザベスは愛馬があるので、後からついてくるであろう。


「郊外の一軒家か。いい家だといいな」


 こうしてオレたちは購入予定の家を見に行くのであった。

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