第31話 襲撃された事情

《聖教会》


 この大陸でも最大の規模を誇る宗教である。


 各地に教会を建て信者を抱え、膨大なお布施金を集めていた。


 その最高権力者である教皇は、大国の国王以上の権力を持っていると言われている。


 聖女はそんな聖教会の象徴シンボル


 天神の声を直接聞くことができる存在といわれ、信者から慕われている。


 だが、聖女の姿を見られるのは、聖教会の関係者でも数少ない。


 ◇


 そんな聖女を救いだす。


 オレたちは茂みに身を隠したまま、唖然とするのであった。


「うっ……ここは?」


 しばらくして、助けた少女……聖女が目を覚ます。


「ここは、さっきの橋の近くだ。賊どもは追っ払ったから、もう大丈夫だ」


「あなたは……先ほど、わたくしを助けていただいた方ですね? 命を助けていただき、本当にありがとうございました」


 意識を取り戻した聖女は、起き上がる頭を下げてくる。


 かなり丁寧な口調で、礼儀正しい少女だ。


「たいしたことはない。通りすがりで、火の粉を払っただけだ」


わたくしの名前はリリィと申します。一応は“聖女”と皆さんに呼ばれる役職についています」


 律儀に自己紹介もしてきた。


 そしてエリザベスが言っていたように、聖女と呼ばれる存在だった。


 だが、こんな場面で自己紹介だと。


 少しのんびりしている聖女様だな。


 マイペースな性格なのであろう。


 だが名乗られたからには、こちらも名乗るのがおとこの礼儀である。


「オレの名前はオードル。今の職業は村人だ。こっちは流れの女騎士エリザベス」


 一人ずつ順番に紹介していく。


 エリザベスは王国の公爵令嬢だが、流れの騎士だと説明しておく。


 その方が面倒ないであろう。


「エリザベスと申します、聖女様」


 オレの紹介に、エリザベスも合わせてくれる。


 騎士用の礼儀で挨拶をしていた。


「それにオレの娘のマリアと、ペット犬のフェンだ」


 こっちの二人は隠す必要はないであろう。


 普通に案内する。


「わたしの名前はマリアです。としは5才です。どうぞ、よろしくお願いします!」


 マリアは聖女の真似をして、頭をペコリと下げて挨拶をする。


 その立派なまでの挨拶に、オレは心の中で感動をしていた。


 出会った時は舌足らずだったマリアが、ちゃんと自己紹介をしていることに感極まる。


『ワン!』


 少し遅れてフェンも、鳴き声で挨拶をする。


 ペット犬と紹介されていても、特に怒っている様子はない。


 白魔狼の誇りは、今日も休みなのであろう。


「マリア様? あら、あなたは……?」


 マリアのことを、聖女はじっと見つめていた。


 特にマリアの瞳の奥を、ずっと見ている。


 何か気になることがあるのであろうか?


「いえ、私の勘違いでしたわ。こちらこそよろしくです、マリア様」


 何も無かったようである。


 小さなマリアに対して、聖女はしゃがんで挨拶をする。


「ところでオードル様、馬車の護衛の皆さんは……」


「残念ながらオレが駆け付けた時には、全員死んでいた」


 馬車の護衛兵は、全員死亡していた。


 賊どもは目撃者を出したくなかったのであろう。


 丁寧に止めまで刺されていた。


「そうでしたか……わたくしを守るために……」


「悲しい気持ちは分かる。だが先に事情を聞かせてもらおうか? 聖教会の象徴シンボルである聖女が、なんであんな辺境の街道にいたんだ? しかも、あの少ない護衛の数で?」


 聖女リリィに事情を聞く。


 何しろ今回の件は普通ではない。


 聖女は聖教会での唯一無二の存在。


 だから、いつもは王都の大聖堂の奥にいたはずだ。


 こんな辺境の街道を、あんなこっそりと移動はしていない。


 しかも少ない護衛しか付けていなかったのだ。


「大聖堂で何かあったのか? この先のために聞かせてもらうぞ」


 今回は意図せず事件に巻き込まれてしまった。


 聖女の護衛は全滅していたので、彼女をどこかに送り届ける必要がある。


 だが襲撃者たちは普通の盗賊ではなかった。


 だから理由を聞く必要があったのだ。


「実は私は“聖山”に、強制送還される途中でした」


「聖女が“聖山”に強制送還? そんなバカな話があるのか?」


 聖女の言葉に、耳を疑う。


 聖山とは名前はいいが、岩だらけの厳しい山岳地帯である。


 聖女は聖教会の大事なシンボル。


 大事な聖女を聖山送りにした例など、一度も聞いたことがない。


「実は私は国王陛下に逆らってしまいました。何やら逆鱗に触れてしまったようです。だから強制送還にあってしまったのです」


 なるほど、そういう事情か。


 あの短気な国王なら、有り得る話だな。


 それにしても王都では何が起きているのであろうか。


 市民の大事な聖女を、このような目に合わせるなど、普通の状況ではない。


(まあ、オレには関係ないがな)


 オレは国王に暗殺された男である。


 そんな国がどうなろうと、関係はない。


「あと、聖女のお前に警告しておく。さっきの野盗の連中は素人ではない。おそらくは黒十字騎士団の連中だ」


「黒十字騎士団ですか?」


「ああ、聖教会の裏の騎士団だ」


 先ほど戦って、分かったことがある。


 さっきの野盗は聖教会の連中だった。


 黒十字騎士団は教皇の汚い部分を実行する、闇の部隊である。


 オレも昔、あの連中とやり合ったことがあった。


 だから先ほどの戦い方から、思い出したのだ。


「ねえ、オードル。それって、つまり……」


「ああ、エリザベス。聖女を感情的に追放したのは国王。だが命を狙ったのは聖教会の教皇だ」


 黒十字騎士団は聖教会にとって邪魔者を消してきた。


 つまり聖女リリィの存在が、今度は邪魔になったのであろう。


 だから無理やりでも事故死に見せかけて、先ほどは殺そうとしたのだ。


「でも、オードル。聖女が亡くなって、聖教会は大丈夫なの?」


「噂によれば、今代の聖女が亡くなれば、新たな聖女が啓示を受けるという……」


 聖女のシステムは不思議なところがある。


 先代が亡くなった後に、その後継者が出現するのだという。


 新しい聖女は村娘や赤子など、小さな少女になるという。


「はい、オードル様のおっしゃるとおりです。私も5歳の時に啓示を受けました。それ以来、大聖堂の中で暮らしてきました」


 リリィは神妙な顔で、自分の話をする。


 先代の聖女が亡くなった夜に、天から光が降りて来たと。


 そして聖教会の騎士団が村にやってきて、大聖堂に連れていかれたという。


「聖女、お前の両親は、その時はどうした? 自分の娘を無理やり連れていかれて?」


「教団の教えにより、『聖女の家族は、父である天神のみ』です。育ての父母は土に還りました……」


 なるほど、そういうことか。


 聖女リリィの両親は、教団の騎士団によって消されたのであろう。


 土に還ったとは聖教団らしい強引な言葉だな。


「事情はだいたい分かった。さて、聖女。お前はこれからどうする? どこに行きたい?」


 大まかではあるが、今回の事情が分かった。


 聖女リリィは国王の逆鱗に触れて、王都から追放された。


 その移動の隙を狙って、身内である聖教会の教皇に暗殺部隊を向けられた。


 そして今は運よく一人だけ生き残っている。


 この状況を踏まえて、聖女に尋ねる。


 自分がどうすればベストなのかと?


 どう生きたいのかと?


「今の私には、もう居場所がありません。大聖堂にも、故郷に戻る家はありません……」


 聖女は初めて暗い表情を見せる。


 下を向いて辛そうにしていた。


 何しろ聖女は本当に居場所がないのだ。


 王都の大聖堂に戻ろうものなら、今度こそ暗殺をされてしまうであろう。


 それに実家の両親は、すでに消されている。帰る村もない。


 また大陸のどこかの他国に逃げても、生き延びる可能性は低い。


 元聖女であることがバレたなら、国家間の外交の道具にされてしまうであろう。


 聖女とはそういう存在なのだ。


 そして正直なところ、オレもこれ以上は関わりたくない。


 何しろこの聖女に関わったら、これからドンドン面倒が広がっていくのが確実。


 静かな暮らしなど望めないであろう。


わたくしのこの命は、天神に捧げています。だから命が惜しくはありません……」


 聖女リリィは口を開き、静かに語りだす。


 オレに対する答えではない、自分自身に語っていく。


「ですが、死ぬ前に、もう一度だけ自由になりたかったです……野山を駆けて遊んだり、買い物をしたり……そんな普通の女の子みたいに……」


 少女は小さな涙を流していた。


 普通の生活がしたいと。


 何しろ聖女に選ばれた者は、外界から一切遮断されてしまう。


 権謀が渦めく教団関係者に囲まれて、息苦しい生活を強いられる。


 この少女……リリィの場合は、5歳からの普通の暮らしは、教団によって閉ざされていたのだ。


「大丈夫だよ、せいじょの、お姉ちゃん!」


 そんな時である。


 何かを決したマリアが、泣いている聖女の手を握りしめる。


「マリア、お友だちになってあげるよ! だから泣かないの! マリアと、たくさん遊ぼうね!」


 そう言いながら、何度も聖女の頭を撫でる。


 涙を流している聖女を元気づけるために、満面の笑みで撫でていた。


「だから、パパ……」


 そしてマリアはオレに視線を向けてきた。


 じっと見つめて、何かをうったえてくる。


「ダメだ、マリア。今回ばかりはダメだ」


 マリアのうったえを断る。


 聖女を助けるのは、ここまでだ。


 これ以上は無理だと。


「パパ……」


 だがマリアは諦めなかった。


 真っ直ぐな瞳で、オレのことを見つめてきた。


「ダメだ……」


「パパ……」


「くっ⁉ ああ、分かった! オレの負けだ!」


 ついに屈してしまった。


 マリアの純粋な想いに、負けてしまったのだ。


「仕方がない、オレたちと一緒こい、聖女」


「えっ……ですが、私が行けば、皆さんに迷惑が……」


「気にするな。なんとかなる」


 普通の市民は、聖女の顔など知らない。


 ふだんは大聖堂の奥に隔離されていたからだ。


 知っているのは教団の関係者の数人だけ。


 あとはエリザベスのような上級貴族だけであろう。


 普通の市民は名前を知っていても、誰も顔を見たことがない。


 情報通だったオレですら、聖女の顔と名前は初めて見た。


 だから、これから住む街でも大丈夫であろう。


「やったー! ありがとう、パパ!」


「だが、マリア、こういうのは、今回だけだぞ」


「うん、わかった! だいすき、パパ!」


 大好き、パパか……。


 悪くない言葉だな。


 これをマリアの口から聞けてだけでも、今回の選択は正解だったのかもしれない。


「そんな……私が……本当にですか、オードル様……」


「ああ、そうだ。今日からはお前は聖女ではない。普通の村娘リリィ……うちの家族のリリィだ」


「はい……本当にありがとうございます……」


 リリィは大粒の涙を流す。


 だが今度の涙は、先ほどの悲しみの涙ではない。


 新たなる人生への喜びと希望の涙であった。


「じゃあ、これからは『リリィお姉ちゃん』と、よばないとね!」


「マリア様? 私に妹が……?」


「それなら私が長女だな。よろしく頼むぞ、リリィ」


「はい、エリザベス様! 不束ふつつかな妹ですが、こちらこそよろしくお願いします」


『ワンワン!』


「はい、フェン様もよろしくお願いします」


 オレ以外の2人と1匹は、早くもリリィと仲良くなっていた。


 新しい家族として、笑顔で出迎えている。


(やれやれ……オレもお人よしになったもんだな……)


 オレは聖女のリリィを引き取ることにした。


「さて、休憩はそこまでだ。さあ、いくぞ。」


 目的の街まであと少し。


 こうしてオレたちは新しい家族を得て、学園のある都市に向かうのであった。

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