第15話 自警団

 山賊退治から1週間が経つ。

 危険な賊を退治して、村には平和な風が流れていた。


 そんな中で、ある問題を解決するために、オレは行動を起こしていた。


「では、これから自警団の訓練を始める」

「「「オードルさん、よろしくお願いします!」」」


 オレの目の前に、10数人の村人がいた。

 彼らは村の青年たち。


 ある問題とは、先日の山賊事件で露呈ろていした“村の自衛力”の弱さ。

 解決するために、自警団を創設することにしたのだ。

 もちろん村長の許可は得ている。


「先日の山賊は、運よくオレが退治できた。だが今後も同じようなことは起きるであろう。そのためにお前たちに頑張ってもらう」


 自警団の創設の趣旨を、青年たちに説明する。

 オレが村にいる時は、数十人規模の賊が襲撃してきても問題はない。


 だが留守の時に襲われたら、被害者が出てしまうであろう。

 何よりマリアが安心して暮らせる村したい。

 そのために青年たちに頑張ってもらうのだ。


「今回、声をかけてもらい、オードルさんには感謝しています!」

「オレたち村を自分たちの力で、家族を守りたいです!」


 青年たちは趣旨に賛同してくれた。

 何しろ辺境の村は、常に危険に怯えて暮らしている。


 誰もがこの故郷の村を守りたいと、前から思っていたのだ。

 誰かを守りたいという力は、戦士にとって一番大切。

 いい感じの士気の高さである。


「ですが、オードルさん。オレたちは素人です」

「今まで剣を持ったこともなければ、人を斬ったこともありません」


 青年たちが心配するのは無理もない。

 彼らの多くは農民や木こりである。


 過酷な農作業や林業で、基本的な筋力はある。

 だが戦いの訓練を受けたことなく、実戦での不安が多いのだ。


「オードル。彼の言うとおりだ。大丈夫なのか?」


 側で見ていたら女騎士エリザベスも心配そうにしていた。

 ちなみに彼女は特別アドバイザーとして参加している。


「お前たちの心配も理解できる。だから今回は、お前たちでも扱える武器を用意した」


 これは想定していた不安。

 オレは用意しておいた武器を、全員の前に出していく。


「これは……槍ですか?」

「あと、こっちは弓ですか? 変な形をしていますが?」


 青年たちは興味津々に、武器を手に取り確認する。

 この年代の男は、戦う道具に興味をもつ。

 もちろんオレも若い時は、世界中の武器に興味をもったものだ。


「あれ、剣は無いですね?」

「そう言われてみれば、たしかに無いな?」

「槍と変な弓だけだな?」


 この大陸で自衛の武器といえば、剣が主流である。

 だが今回は剣がないことを、青年たちは不思議がっていた。


「オードル、なぜ槍なのだ? 剣の方が何かと便利であろう?」


 エリザベスも不思議がっていた。

 たしかに騎士も普段は、剣で戦う者が多い。


 この疑問も想定内。

 順番に説明してやろう。


「今回は剣を使わない。村の自衛には、この槍の方が便利だからだ」


 オレはあえて剣を用意していなかった。

 何故なら今回は村の自衛が目的。

 素人が使う場合、槍の方が何かと便利なのだ。


 槍の利点を、全員に説明しておく。


 ――――◇――――


《素人槍の利点:自衛の場合》

 ・剣よりも間合いが長い


 ・槍は突きが基本技なので、訓練期間が短くてすむ

(一方で複雑な動きを必要とする、剣の習得は難しい)


 ・村の防衛戦は野外が多く、槍の方が有利

(逆に室内戦闘など狭い場所なら、短い剣が有利)


 ・短い剣に比べて、長い槍は人を殺した時の罪悪感が少ない。

(これは戦場の新兵や傭兵で確認されている事実)


 ・いざという時は遠距離用に、投擲で攻撃もできる。

(今回用意した槍は、あまり長すぎない投擲もできる槍)


 ・高い技術が必要な高価な剣よりも、槍先の方が簡単に安く製造できる利点もある。


 ――――◇――――


 パッと思い浮かんだだけでも、素人槍の良い点はこれだけある。

 もちろん槍にもいくつの弱点はある。

 接近戦や横からの奇襲などには弱いなど。


 だが今後は村の周りに柵を建設する予定がある。

 これらの弱点もある程度はカバーできるであろう。 

 

 とにかく素人が短期間で村を自衛するには、現時点では槍が効果的なのだ。


「なるほど……オードルさんの言うとおりかもしれないな……」

「ああ、そうだな。農作業をしていたから、この槍なら何とかいけそうな気がするよな……」


 青年たちは槍を構えながら、納得してくれた。

 理解力は武器を使う上で、一番大事なこと。

 自分の命を預ける武器の利点を、使う本人が知っておく必要があるのだ。


「なるほど。素人には剣よりも、槍の方が有効という訳か。さすがはオードルだな」

「そうだな、エリザベス。傭兵の新人にも、槍術は有効だったからな」


 たしかに剣は見栄えのいい武器である。

 だが栄光ある騎士とは違い、傭兵は勝ってなんぼの世界。

 オレたち傭兵は生き残るために、頭を働かせて理論的に武器を選んでいたのだ。


 よし、槍の説明は終わった。

 次は弓に移ろう。


「次にこの弓の説明をする。その前に、そこのお前……こっちの普通の弓を射ってみろ」


 弓は比較させることで、理解してもらう。

 手前にいた青年に、狩り用の違う弓矢を手渡す。


 少し奥に置いておいた的に向かって、矢を当ててみろ。と指示する。


「オードルさん。農民のオレは弓矢なんて使ったことありませんが……」

「そうだろうな。だからお前を選んだ。いいから、本気で狙ってみろ」

「はい、分かりました。では……えい!」


 青年は不格好な体勢で、矢を放つ。

 そして予想通り、矢は明後日の方向にヘロヘロと飛んでいく。


「あっはは……お前、下手だな!」

「うるさい! お前だって、出来ないだろう!」

「そうだな……あっはは……!」


 青年たちは茶化し合っているが、この結果は予想していた。

 何しろ弓矢の技の習得には、長い年月と経験が必要となる。

 普通はこのように、まともに引くことも出来ない。


 弓矢は戦いには必須の武器である。

 だが素人青年を今から鍛えて、敵の鎧を貫通させるまでには、数年の教育期間が必要となる。


 オレのいた傭兵の世界でも、腕利きの長弓兵は、破格の給与で雇われていた。


「じゃあ、今度はこっちの弓で、あの的を狙ってみろ」

「えっ、この弓ですか? でも、オードルさん、これは、どうやって……」


 同じ青年は、見たこともない弓の形に戸惑っていた。


「こっちは簡単だ。今度は横にして、この標準の先に、あの的がくるようにしろ」

「なるほどです……はい、的が真ん中に見えました」


 普通の弓は縦に構えるが、オレの用意した弓は違う。

 横に寝かせて、構えを説明する。


「そのまま右手の引き金を引け」

「はい、分かりました。いきます……わっ⁉」


 青年が引き金を引いたと同時に、衝撃が走る。

 その直後、遠方の的が砕け散った。

 青年が発射した矢が、見事に的を射抜いたのだ。


「おおお! すげぇ!」

「金属板の的を貫通したぞ⁉」

「しかも練習もなして、一回目で当たったぞ⁉」


 見ていた青年たちは、今度は感嘆の声を上げる。

 先ほど大失敗した仲間が、今後は見事に成功させた。

 しかも見たこともない破壊力に、誰もが驚いていたのだ。


「オードルさん……この弓は、いったい……?」

「これはクロスボウという大陸西方の弓だ」


 驚く青年たちに、今回用意したクロスボウについて説明をする。


 これは大陸の西方の民族が、使う機械式の弓矢。

 素人でもかなり使いやすい弓である。

 最初に弓のげんを巻き上げておくために、難しい弦を引く作業が無い方式なのだ。


 そして何より革命的なのが、簡単なその射撃方法。

 普通の弓矢を射られない素人でも、先ほどのように標準を合わせるだけで、的を射ることができる。


 さらに巻き上げ式の力を利用するために、威力も凄い。

 騎士の金属製の鎧や盾すら貫通する破壊力を、ご覧の通り有しているのだ。


「これは……凄いですね……クロスボウ……」

「ああ、これならオレたちもで、扱えるな……」

「そうだな。これで村の家族を、賊から守れるな……」


 クロスボウの有効性と破壊力を理解して、青年たちは心を震わせていた。

 今までは無力な彼らは、山賊など野蛮な力に従うしかなかった。


 だがこれからは違う。

 大事な家族や子供たち、そして自分の想い人の女性を、自分の手で守ることが出来る。


 見えてきた未来への自信が、青年たちの魂を震わせていたのだ。


「いい目だな。これなら大丈夫そうだな」

 

 そんな若者たちの顔を見ながら、オレは感嘆に浸る。


 武器は、人を傷つける以外の使い道はない。

 だが同時に大切な者を守ることも出来る。


 それをどう使うかは、武器を手にした者の意思が決める。

 この青年たちの顔を見ていたら、今後の村の未来は明るいであろう。


「ところでオードルさん。この槍とクロスボウは、どこから持ってきたんだすか?」

「そう言われてみれば確かに?」


 青年たちが疑問に思うのも、無理はない。

 この辺境の村には、武器防具屋などは存在しない。

 あるのは農具や林業に使う、生活道具を作る鍛冶場だけなのだ。


「ああ、これか? これは全部、オレが作った」


 武器の製造の技術は、傭兵時代に習得していた。

 クロスボウの極秘の製造技術も、ある事件をきっかけに西方民族から教えてもらっていた。


 だから鍛冶場を借りて、オレが一人で製造したのだ。


 身体能力や集中を強化する闘気術を使えば、普通では大変な鍛冶作業や、武器製造も短期間で行える。

 材料の木材はいくらでもあった。

 例の山賊から後から回収しておいた武器を溶かして、金属は再利用している。


「いや、待ってくれ、オードル⁉」


 オレの説明を聞いて、エリザベスは目を丸くしていた。


「何か作っていたかと思えは、これほどの数を一人で製造したのか⁉ こんな短期間で、これほどの数の槍とクロスボウを製造できるのは、大陸広しといえど、オードルぐらいしかいないぞ⁉」

「そうなのか、エリザベス?」

「ああ、そうだ。まったくお前の規格外には、驚かされてばかりだ……」


 エリザベスが唖然としているが、そうだったのか?

 たしかに、ここまで短期に大量に製造できる人をオレ、も自分以外は見たことがなかったが。


「す、凄すぎます……オードルさん!」

「よく分からないけど、凄すぎます!」


 青年たちは更に目を輝かせていた。

 オレにもこんな時代があった、眩しい瞳である。


「よし、最後に仕上げをする。全員そこに一列に並べ。そして手を繋げ」


 槍とクロスボウの訓練を始める前に、残っている作業があった。

 それを実行するために、青年たちを整列させる。


「ああ、そんな感じだ。では全員目をつぶれ。そして最後に確認する。お前たちは、本気で村を守りたいか? 命を賭けても守る覚悟があるか?」

「「「はい!」」」


 全員から気合の返事あがる。

 いい返事だ。

 青年たちの本気の覚悟が、改めて感じられる。


「では、いくぞ。少し痛いが我慢しろ。これも村を守るためだ」

「えっ? 痛いですか、オードルさん?」


 ここから先は少し強引な作業になる。

 質問を無視して、オレは先頭の青年の手を握る。


 そして練り上げた闘気を、一気に流し込む。


「いくぞ!」

「「「っん⁉ んぎゃあ⁉」」」


 その直後、青年たちは苦痛の絶叫を上げて、転がり回る。

 数人ではなく全員だ。


 誰もが身体を抑えながら、悶絶して転がる。


「相変わらず、痛そうだな。まあ、少し経てば、痛みもひく。安心しろ」


 オレの言葉の通り、しばらくして青年たちの悶絶は終わる。

 何事もなかったように、立ち上がっていく。


「オ、オードルさん……今の痛みは?」

「そ、それに……オレ、なんか不思議な感じします?」


 立ち上がった青年たちは、全員が不思議そうな顔をしていた。

 自分の身体の中に込み上げてきた、何かの力に戸惑っている。


「その力はお前たち自身の小さな“覇気”だ。今後はそれも鍛えながら、自衛の技も身につけていく」


 全員に説明する。

 先ほど青年たちに流し込んだのは、オレの覇気の一部だと。

 それにより皆にも、今後は少しだけ覇気が扱えるようになると。


「この大人数の素人の覇気を目覚めさせた、だと⁉ 何の冗談だ、オードル⁉」


 説明を聞いていたエリザベスは、一人だけ驚愕していた。

 こんな破天荒な開眼方法は、彼女は今まで聞いてことがないのであろう。


「本気だ、エリザベス。これは東方出身の修行僧から学んだ技だ」


 エリザベスには専門的な説明をしておく。

 普通の闘気術は、地道な鍛錬を積むことにより、数年かけて開眼する。

 だが東方のこの方法を使えば、短期間で開花させることができるのだ。


 もちろん開花させただけで、その後は地道な鍛錬が必要となる。

 『何より村を守りたい!』という意志が無ければ、耐えられない強引な開花方法だったのだ。


「はっはっは……凄すぎるな、オードル。驚きすぎて、笑うしかない。こんな方法があるとはな……」

「まあ、かなり負担があるから、オレも気軽には使えないがな、エリザベス」

「当たり前だ! こんな大人数に闘気を与えるなど、オードル以外は不可能だ! 誰でも出来たから、大陸の勢力図が一気に変わってしまう!」


 エリザベスが言うように、闘気術は使い方が難しい。

 誰もが開眼できるならば、強力な兵士集団が誕生してしまうからだ。


 今までもオレは自分の部下数人に対してだけ、この開花方法を使ってきた。

 そいつらは最終的には、かなりの腕利きに成長している。


 今回は村の自衛力を上げるために、少しだけ奮発したのだ。


「おい、お前たち。試しに、その槍を振って、的を突いてみろ」


 そろそろ全員の闘気が安定したであろう。

 青年たちに戦いの講習会をする時間である。


「これは……おお、凄い! 自分の身体じゃないみたいに、動ける!」

「この力は何だ……重い槍を軽々と振り回せるぞ!」

「これが……オレたちの身体に眠っていた、本当の力なのか……」


 青年たちは闘気を開花させたことにより、身体能力が上がっていた。

 今まで以上の力を発揮できるようになっている。


 さすがにエリザベスたち騎士並の闘気はない。

 だが山賊程度なら蹴散らせる戦闘力を、すぐにでも身につけていけるであろう。


 それだけ人が本来有している底力……闘気は凄いのだ。


 素人専用の武器、そして身体を強化する闘気。

 準備は整った。


「それでは戦いの鍛錬を始めるぞ。オレの訓練は厳しいぞ。覚悟しておけ!」

「「「はい! よろしくお願いします!」」」


 こうして村の自衛力を高めるために、青年を鍛える日々が始まるのであった。

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