第16話 木の作り物

 村の青年たちの訓練を開始してから、数日が経つ。 


 自衛のための訓練は順調に進んでいた。 


「よし、今日はここまでだ!」 


「「「オードルさん、ありがとうございます!」」」 


 今日も2時間の訓練が終わり、ここで終了となる。 


 訓練の時間は一日2時間と決めていた。 


 何しろ青年たちは、他の村の仕事も抱えている。 


 自衛の訓練は、あくまでも空いた時間で行うのだ。 


 訓練のあと片づけをしながら青年たちは雑談していた。 


「そういえば、オレ、最近、身体の調子がいいんだぜ!」 


「なんだ、お前もか⁉ オレも疲れなくなったぞ!」 


「たしかに! 辛い農作業も、楽になったよな!」 


 青年たちは笑顔であった。 


 闘気の初歩を学んだことにより、彼らの身体能力は強化されていた。 


 そのお陰で村の仕事も、かなり効率的になってきたのだ。 


(村の作業の効率化か……これは嬉しい誤算かもな) 


 そんな雑談を聞きながら、オレも嬉しくなる。 


 農地の開墾、木材燃料の伐採など、辺境の村の仕事は重労働が多い。 


 だが闘気を開花したことにより、村全体の労働力も向上していたのだ。 


 先日の野牛の農機具パワーを使うことにより、村の生産性はかなり向上していた。 


 それに続き今回の青年たちの開花は、村に大きな恩恵を与えていたのだ。 


 村の自衛力が上がり、労働力も向上した。 


 まさに一石二鳥である。 


「さて、オレは別の仕事に向かう」 


 青年たちへの訓練が終わったので、自分の仕事に戻ることにした。 


 オレは村の外側の森林へと向かうのであった。 


 


 ◇ 


 


 森の中でオレは一人で黙々と作業をしていく。 


 村の畑を広げるために、大斧で木を切り倒す。 


 樹木の枝を斬り、真っ直ぐ丸太に加工していた。 


「……よし。まずは、これで大丈夫か」 


 数十本の木を切り倒したところで、ひと息つく。 


 闘気術を使って身体能力を強化しているとはいえ、なかなかの肉体労働である。 


 水を飲んで休憩する。 


「何の音かと思えば、オードルだったのか?」 


 そんな休憩時間。 


 女騎士エリザベスがふらりとやって来た。 


 オレが木を切り倒す音を、聞きつけてきたのであろう。 


「ん? オードル、この丸太の山は何だ?」 


「よくぞ聞いてくれた。これは村を囲うための防衛柵だ、エリザベス」 


 オレがコツコツと作っていた物は、柵のための丸太であった。 


 丸太の所々は加工して、柵として組み立てられるようにしている。 


「防衛柵……だと?」 


「ああ、外敵の侵入を防ぐ柵だ」 


 今までの村は、外部からの侵入に対して無防備すぎた。 


 その気になれば賊は、多方面から攻め込んでこられるであろう。 


 そうなったらオレ一人だけでは、手に余る。 


 だからオレは作り始めたのである。 


 村を囲う防御用の柵を。 


「この広い村の周りを、全部囲うだと⁉ 本気か、オードル⁉」 


「ああ、本気だ。材料の丸太は森に腐るほどある。それに簡易的な柵だ。それほど難しい作業ではない」 


 エリザベスが絶句しているが、今回作っている柵はそれほど複雑なものではない。 


 丸太を組んで、作った簡易的な柵。 


 だが山賊が相手なら、これで十分であろう。 


 柵で防いでいる間に、時間さえ稼げればいい。 


 その間に、槍とクロスボウで反撃の体勢を整える。 


 これで村の防衛力は、更に強化されるであろう。 


「いや、簡易的と言っているが、本気なのか、オードル? この村はかなり広いぞ⁉」 


「全部を囲う必要はない。地形を利用して、最低限の防衛ラインを作るつもりだ」 


 この辺境の村は、高低差がある地形。 


 だから柵の設置個所は、最低限の侵入ルートを塞ぐだけでいい。 


 崖や深い川の部分は、低い柵で大丈夫だ。 


 数百本の丸太があれば大丈夫であろう。 


 このペースでいけば10日もかからず完成する予定だ。 


「たった一人で、そんなに大量にだと……。そんなことが出来るのは、大陸広しといえども、オードルぐらいだ……ああ、驚くのが馬鹿らしくなるくらいの、規格外の鬼神だな……」 


 エリザベスが絶句している。 


 だが今回はさすがにオレも、一人では重労働だ。 


 そうだ。 


 今度からはエリザベスに協力をしてもらおう。 


 何しろ、この女騎士もかなり闘気術の使い手。 


 丸太の数本は一気に運べるであろう。 


「手伝うのはいいけど、私はオードルと違って、そこまで怪力じゃない! うら若き乙女なんだぞ!」 


 言われてみれば、たしかそうかもしれんな。 


 エリザベスの闘気術は、スピードに特化している。 


 それに年頃の少女は、丸太を担ぎたくないのであろう。 


「では、丸太を運ぶのはオレが行う。エリザベスは斧で木を切り倒す作業を、手伝ってくれ」 


「その位ならお安いご用だ。うら若き乙女の私でも可能だな。この私に任せておけ!」 


 斧で大木を切り倒すのは、剣の鍛錬にもなる。 


 エリザベスの訓練になり、これまた一石二鳥だ。 


 だがエリザベスは気が付いていない。 


 普通のうら若き乙女は、斧の一撃で大木を切り倒せないぞ。 


 まあ……その辺は突っ込まないでやろう。 


 とにかく役割分担が決まった。 


 エリザベスがドンドン木を切り倒して、丸太に加工する。 


 それをオレが数本ずつ運んで、村の周囲に突き刺していく。 


 ひたすら、この作業の繰り返しである。 


「さあ、休憩も終わりだ。いくぞ」 


「任せておけ、オードル!」 


 こうしてオレたちは防衛の柵を作っていくのであった。 


 


 ◇ 


 


 それから数日が経つ。 


 予定よりも早く、防御柵の設置作業は完了した。 


「ふむ。想像以上にいい感じだな」 


 完成した柵を眺めながら、オレは満足感に浸る。 


 村の周囲を取り囲んだ柵は、予想以上の完成度であった。 


 その様は傭兵時代の堅牢な砦を彷彿ほうふつさせる。 


「オードル……これは、ちょっとやり過ぎではないか? 普通の村の防御柵ではないぞ」 


「そうか、エリザベス? だが今後は、これをもっと改造して、強化していく予定だ」 


 エリザベスは唖然としていたが、防衛の柵は更に改造していく。 


 今後は要所に、見張りやぐらを追加設置。 


 村の入り口には、開閉式の門も接ししたい。 


 また村の地形を使って、各所に罠も設置する予定だ。 


 そのため作為的に、柵は弱い部分を作っていた。 


 賊が来たら、そこから侵入しようとするであろう。 


 そこを罠で一網打尽いちもうだじんにするのだ。 


 その罠は初見では見破ることは不可能。 


 外部の集団が攻め込んできたなら、人的被害を覚悟して欲しい。 


「そこまで強化するのか……完成したら王国の砦並の堅牢だぞ、オードル⁉ 大丈夫なのか?」 


「たしかに、エリザベスの指摘通りかもな」 


 この村は予想以上に、守りの戦いに適した地形だった。 


 今後は砦並の防衛力となるであろう。 


「だがエリザベス。今回はちゃんと村の暮らしのことも、考えている。生活は今まで通り……いや、今まで以上に快適に暮らせるぞ?」 


 村を取り囲む柵は、かなり余裕をもって設置している。 


 柵の中には畑や小川、牛舎も中あるので、今まで通りに仕事できる。 


 村の人口が増えた時にも、予備の土地も用意してあるもで。臨機応変に対応できる。 


 ちなみに今回の柵の許可も、村長にも事前に許可は得ていた。 


 むしろ『賊に怯えず、安心して暮らせます!』と、村人たちから感謝されたのだ。 


「まあ、鬼神オードルのやることだ……私は驚くのは、もう止めにするよ。この村を陥落させるのには、数百の兵が必要になるかもな……」 


 エリザベスは苦笑いをしながら、村の光景を眺めていた。 


 腕利きの女騎士を感心させたことに、オレも満足な完成度である。 


 


 ◇ 


 


「わー、パパ! すごく大きいね! すごい!」 


 そんな時、マリアが柵の近くにやってきた。 


 完成した防御柵を、村の子どもたちと見学にきたのだ。 


「これすごいね!」 


「大きな木の壁だね!」 


 子どもたちは巨大な防御柵の光景に、目を輝かせている。 


「マリア、見に来たのか? だが見学したら、村の中心に戻るんだぞ」 


「うん、わかった、パパ!」 


 子供が成長するためには、好奇心は必須。 


 だが自分の娘となると、どうしてもハラハラしてしまう。 


 オレも心配性になったものだ。 


「そうだ、マリア。マリアたちにもプレゼントがあるぞ」 


「プレゼント? なに、パパ⁉」 


 今回作ったのは防御柵だけはなかった。 


 余った材木を使って、オレはある物を作っていたのだ。 


「さあ、こっちの広場だ」 


 マリアたち村の子どもたちを、村のある場所へと案内していく。 


 これから見せるプレゼントは、今日の午後にオレがこっそり組み立てていた。 


 だから、学校に行っていたマリアたちは、その存在に気が付いていない。 


「さあ、これだ」 


 目的地に着き、マリアたちに公開する。 


 目の前には木材の建築物があった。 


「えっ?」 


「すごい! すごい、楽しそう!」 


「これは、なに、パパ⁉」 


 マリアたち子どもは、プレゼントを見て驚いていた。 


 使い方が分からなくても子どもの本能として、楽しそうだと感じているのだ。 


「これは遊具だ。子ども用なので、お前たち専用だ」 


 オレが密かに作ってプレゼントは、数種類の木材の遊具だった。 


 ブランコや滑り台、ロープ上り、シーソー、丸太渡り、巨大ハンモックなど……子どもが大好きな木製の遊具である。 


 大陸各地で見たことがある遊具を、オレが厳選した物ばかり。 


 柵の余剰材木とロープで作っておいたのだ。 


 もちろん子どもが使っても、安全なように加工している。 


 木の枝や尖った部分を削って、丸みを帯びさせていた。 


 これなら幼いマリアが使っても、怪我をすることはないであろう。 


「すごい! すごい! ねえ、パパ。遊んでもいい?」 


「ああ、もちろんだ。皆で仲良く遊ぶんだぞ」 


 マリアは目を輝かせて、身体をうずうずさせていた。 


 もちろん遊ぶのを許可する。 


「やったー! みんな、あそぼう!」 


「「「そうだね、マリアちゃん!」」」 


 マリアの従って、子どもたちは遊具にダッシュしていく。 


 遊び方は簡単である。 


 初めて遊ぶ遊具を、誰もが楽しんでいた。 


『ワン! ワン!』 


 いつの間にかフェンも来ていた。 


 子どもたちのはしゃぐ声に、釣られてきたのであろう。 


「なんだ、フェン? お前も遊びたいのか? ああ、いいぞ」 


『ワオーン!』 


 許可を出すと大喜びで、フェンも遊具に駆けていく。 


 上位魔獣の白魔狼でも、まだ幼い2歳。 


 子ども心を全快にして、マリアたちと楽しそうに遊び始める。 


“ごくり” 


 隣の騎士の少女から、唾を飲み込む音が聞こえる。 


 遊具で遊ぶマリアたちのことを、うらやましそうに見つめていた。 


「なんだ、エリザベス? お前も遊具で遊びたいのか?」 


「そ、そんな訳は、ないだろう、オードル⁉ わ、私は栄光あるレイモンド家の淑女のエリザベスだぞ……」 


 その割には、本当に羨ましそうな顔をしている。 


 よく考えたらエリザベスも、まだ16歳の少女。 


 本来なら剣を振るわず、遊びたい盛り年頃なのであろう。 


「ふう……それなら、エリザベス。遊具の安全の点検を、お前に頼んでもいいか?」 


「安全の点検だと⁉ ああ、任せておけ! このエリザベス・レイモンドに任せておけ!」 


 そう言い残すと、エリザベスはダッシュで遊具に駆けていく。 


 満面の笑みで遊具の遊びを、満喫し始める。 


 安全の点検のことを忘れるくらいに楽しんでいた。 


 マリアやフェン、エリザベスと村の子どもたち。 


 全員が本当に楽しそうに遊んでいた。 


「やれやれ、騒がしくなったな……だが、こういう光景も悪くないな……」 


 村に必要なのは防衛力だけはない。 


 こうしてオレは皆の笑顔を見つめて、一日の疲れを癒すのであった。

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