第14話 山賊退治

 村を悩ませる山賊を退治するため、オレは白魔狼フェンと退治に出かけた。村長からの情報を元に、山岳地帯を移動していく。


「村人のトムが襲われたのは、この辺りだ。ということは近隣に根城があるはずだ。フェン、どうだ?」

『あっちの方角に、人の集団の匂いがするワン!』


 オレの読みはドンピシャだった。フェンの鼻を頼りに、山岳地帯をさらに駆け抜けていく。


「ところで、フェン。もう少し早く駆けられないのか?」

『無理を言わないでよ、オードル。これでもボクは全力だワン!』


 白魔狼族のフェンの駆ける脚は速い。だがオレの身体能力を闘気術で強化すると、フェンを置いて行ってしまうのだ。


 これはいかんな。移動しながら、約束通りフェンのことを鍛えてやらないと。


「フェン。お前は走る時に、どこに意識を集中している?」

『えっ? 特に意識はしていないけど、しいて言えば……足かな? だって速く走るには、足でしょ!』


 やはりそうか。フェンはまだ幼い白魔狼。身体の使い方が、うまくできないのであろう。


「いいか、フェン。走りながらよく聞け。たしかに走る時は、足だけを考えがち。だが実際には全身の力を集約して、生き物は大地を駆けているんだぞ?」


 これは傭兵時代に学んだこと。東方出身の剣士から学んだ、独自の歩行術である。彼らは全身の力を無駄なく使うことにより、滑るように見事に駆けるのだ。


『全身の? 集約して?』


「イメージできないか? それなら少しだけ脱力しろ。そして頭の中でイメージするんだ……自分が“野原を駆ける風”というイメージを」 『そんなんで早く走れるはずないよー。でも、ダメもとで、やってみようかな。よし、ボクは“野原を駆ける風”……ボクは“野原を駆ける風”……ボクは“野原を駆ける風”……』


 フェンは目をつぶりながら、駆け始める。オレの言うことを復唱していく。


 その時である。フェンの全身から、無駄な力が抜けていく。


“ヴオン!”


 直後に風が走る。


 フェンが一気に加速して、オレを追い越していったのだ。


『えっ? えっ? 凄い! 見て、オードル! ボク、風みたいに速く駆けているよ!』


 まさかの速さに、フェン自身が驚いていた。コツを掴んだのか、自由自在に走り回っている。木々の間を、本当の風のように駆けていく。


(これがフェンの……白魔狼族の本当のスピードか。これは驚いたな……)


 予想以上のフェンの呑み込みの早さであった。まさか教えたばかりで、その直後にコツを掴むとは思ってもいなかった。


(もしかしたらフェンは白魔狼族の中の天才?……というやつかもしれんな)


 どんな種族にも、生まれ持って天賦の才を持つ個体がいる。


 人だとエリザベスのように、剣の才能を生まれ持った者。上位魔獣であるフェンも、身体能力を強化する才能があるのかもしれない。


『ほら、見て、見て、オードル! ボク、こんなにも速く……ウギャ⁉』


 そんな時。調子に乗って駆けていたフェンが、木の幹に衝突する。情けない声を出して、その場で転げ回っていた。


 前言撤回。フェンは天才かもしれんが、お調子者だ。これからも厳しく鍛えていこう。


 ◇


(……ん?)


 そんな時である。前方から複数の気配を感じた。


「お遊びはここまでだ、フェン」


『山賊の根城だね……』


 駆ける特訓をしていたら、いつの間にか到着していたらしい。前方にボロボロの山小屋があり、その中に山賊たちがいたのだ。


「どれ、数は……30人ちょっとか」


 闘気術で五感を強化して、相手の戦力を測る。山賊は30人を超える中規模なものだった。


『どうするの、オードル? 奇襲をかけて殲滅させちゃう?』


 フェンは鋭い牙を剥き出しにしていた。この大陸では山賊などの極悪非道な集団は、即座に打ち首獄門と決まっている。


 村や街の自警団が、山賊を殺しても罪にはならない。だからオレたちが山賊に奇襲をかけて、殲滅しても大丈夫なのだ。


「そうだな。あの程度の連中を殲滅するのは簡単だ……」


 パッと気配を察知した感じ、たいした腕利きはいない。オレとフェンが奇襲をかけたら、数分で全滅できるであろう。


「だが無駄な殺生はしたくない」


 ちまたで戦鬼と呼ばれているが、オレは殺人狂ではない。向かってくる敵や獣には一切の容赦はしない。


 だが山賊の中には、何か事情を抱えている者もいるかもしれない。


 たとえば……そう、病気の娘のために、仕方がなく賊をしているヤツとか。奪うだけで、絶対に相手を傷つけないヤツとか。


 そんな善人だけど山賊をしている者もいるかもしれない。全滅させるために確認をしておきたい。


「という訳で、とりあえず正面から挨拶に行ってくる」


『正面からって、正気、オードル⁉』 「フェンはそこで待機だ。異変があったら突撃していいぞ」


 とりあえず、この地域の山賊団の雰囲気にも興味があった。オレは単身で根城に、歩いて向かうのであった。


 ◇


 それからしばらくする。オレは30数人の山賊団に、完全包囲されていた。


「こいつ、いきなり一人で来て、説教を始めて、頭がおかしいんじゃないか?」


「そうだな! さっきの行商人みたいに、細切れにして魚のエサにしちまおうぜ!」


「おい、オレたちにも切り刻む場所は残しておくんだぞ! げっへへへ……」


 見ての通り、残念ながら山賊たちは悪党だった。人殺しを何とも思わない連中。


 その証拠に根城にあった荷馬車には、罪もない行商人たちの死体があった。生きている者は一人もいない。つまり本物の極悪非道の山賊。


「おい、こいつを殺したら、近くの村を襲いにいこうぜ!」


「ああ、そうだな! この前の偵察した感じだと、牛舎がある豊かな村があったな! あそこを襲うぜ!」


「そいつは楽しみだな! また老人と男は皆殺しにして、女を遊び道具にして宴だな! うぐっひひ……」


 更に最悪な連中だった。

 なんとオレたちの村を襲うとしていたのだ。


 おそらくはオレが村にいないタイミングで、先行隊が偵察にきていたのであろう。


 これにはオレも心の中で反省をする。

 自分としたことが大失態。

 帰ったら村の自警方法について、改善をする必要がある。


「という訳で、早めに終わらせてもらうぞ」


 早く村に帰りたかった。

 オレは短槍を構える。


 エリザベスから借りてきた物だが、さすがに質はいい。

 これならオレが思いっきり振り回しても、すぐに折れることはないであろう。


「オイオイ、こいつヤル気まんまんだぞ?」


「早めに終わらせるだと? 笑わせてくれるな……」


 そんな山賊たちの話に、構っている暇はない。


「さて、参るぞ」


《えっ、オードル⁉ いきなりヤルの⁉)


 そんなフェンの念話が届いたころには、もう戦いは始まっていた。


 いや、これは戦いとは呼べないのかもしれない。


 何故なら山賊たちは、自分の武器を振るうことを出来なかったから。


 一方的にオレに殲滅せんめつされていったのだ。


 ◇


「ふう……これで終わりか」


 時間にして2分ちょっと。

 34人いた山賊、最後の一人に止めを刺す。


 打ち逃した者は誰もいない。

 何しろこいつらは、近隣の村を襲おうとしていた。

 山賊討伐のセオリー通りに、全滅させたのだ。


『ちょ、ちょっと、オードル! ボクの出番が無かったんだけど⁉』


 戦いに参加するタイミングを逃して、フェンは怒っていた。

 何しろオレの槍の攻撃範囲は凄まじい。

 幼いフェンは戦いに参加すら出来なかったのだ。


「すまないな、フェン。戦いの指導は今度してやる。それよりも村に帰るぞ」


 盗賊を殲滅させたの、後の心配はないであろう。

 だが念のために周囲も索敵していこう。

 他に賊の根城がないか、今のうちに調べておくのだ。


『そうだね。ところでオードル。この金品はどうするの?』


 山賊たちが貯めこんでいた金目の物を、フェンは見つけてきた。

 ここに流れてくるまでに、略奪行為を繰り返してきたのであろう。

 かなりの金額の金品があった。


「そうだな。ここに捨てて行っても、他の山賊の資金になるだけだ。仕方がない、村に持ち帰ろう」


 この大陸では賊の遺品は、討伐した者に所有権があった。

 だからオレが持ち帰っても問題はない。

 特に金には困っていないので、村に寄付でもしよう。


 死んだ行商人の残した荷馬車と馬もある。

 荷物はこれに乗せていけばいいであろう。


「さあ、荷馬車に乗せるのを手伝え、フェン」

『えー、面倒くさいなー』


「そんなことを言うな。手伝ってくれたら、駄賃をやるぞ?」

『これってキラキラしているだけで、食べられないからね』


 フェンは金品に無関心だった。

 こいつはいつの間にか食いしん坊キャラになっている。

 まあ、まだ育ち盛りの2歳の子どもなので、食い気も仕方がないか。


「いいのか、フェン? 人の世界では、金品は食い物と交換できるんだぞ?」

『えっ、そうだったの⁉ それならボクも手伝うよ!』


 まったく、こいつは、調子がいいんだから。


「さて、さっさと積んで、マリアたちの元に戻るとするか……」


 こうして山賊を討伐しただけではなく、金品も手に入れて、オレたちは村に帰還するのであった。

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