第13話 新しい生活のスタート

 女騎士エリザベスが村に住み着いてから、2週間が経つ。エリザベスは順調に村に馴染んでいた。


「次はこの森を開拓すればいいのか? この私に任せてくれ!」


 今日のエリザベスは、村外れの開拓に勤しんでいた。木を斧で切り倒し、木の根を掘り上げる。かなりの重労働だが、闘気術を使いどんどん開拓していく。


「いやー、エリザベスさんは凄いですなー!」

「ああ、そうだな! あんなに別嬪さんなのに、こんなにも働き者で!」


 一緒に開拓している村人たちは、そんなエリザベスに感心していた。


 2週間前、この女騎士は完全武装の軍馬で登場して、村を混乱に陥れた。だが、そんなことを忘れさせるくらいに、エリザベスは村の発展に尽くしていたのだ。


「さすがはオードルさんの従妹さんは、働き者ですね」

「まったく、そうですね、オードルさん!」


「ああ、そうだな。オレの血筋は働き者が多いからな」


 そう……エリザベスはオレの遠い従妹だという設定で、村人たちに説明していた。


 これなら先日の騒動も『親類の内輪騒ぎ』として説明できる。しかも一緒に住んでいても、不思議ではないからだ。我ながら上手い設定だと思う。


 まあ、本来なら孤児であるオレに従妹がいるのはおかしい。だが辺境の村人たちは、そんな小さいなことは気にしないのだ。


「おい、エリザベス。そろそろ終了の時間だぞ」

「ああ、分かった、オードル。もうそんな時間か?」


 昼の休憩の時間になった。木を切り倒していたエリザベスに、休憩を促す。


 いくら闘気術で身体能力を強化しても、疲労は蓄積していく。定期的に休憩を挟んで、体力と気力の回復をしないといけない。


 それにエリザベスの闘気術は、オレと違いスピード強化型。あまり力仕事を連続でさせられない。


「いやー……楽しいな。オードルとの開拓は楽しいから、あっという間に時間が経っていたんだな。なあ、そう思わないか、オードル?」


 エリザベスはこちらをチラチラ見ながら、何かを言ってきた。少しだけモジモジして、顔を赤らめている。


 この女は真面目で働き者。だがオレに対しては、こんな感じの不思議な言動が多い。


「ああ、そうだな」

「ほ、本当か⁉ そうか……オードルも私と同じ感じなのか……」


 あまり気にしないでおこう。適当に返事をしておく。


「パパ! エリザベスお姉ちゃん! おべんとう、もってきたよ!」 『ワン!』


 そんな時である。マリアがトコトコとやって来た。オレたちの昼飯を作って、フェンと持って来てくれたのだ。


 ナイスタイミング。さっそく弁当をいただこう。


「マリア、お前一人で、この立派な弁当を作ったのか?」 「うん、パパ! そうだよ! がんばって、つくったんだよ!」


 お弁当はかなり本格的なものであった。村で作っているパンに、具材を挟んだサンドイッチ。しかも可愛い花を添えて、可愛らしく飾っていた。


「これは、たいしたものだな、マリア」

「ほめてくれて、ありがとう、パパ。マリア、うれしい……エヘヘヘ……」


 弁当の出来を褒められて、マリアは恥ずかしそうに嬉しがっていた。だが、実際にマリアの弁当は凄い。


 普通は5歳の幼女に、こんな可愛らしい弁当は作れないであろう。もしかしたら、大陸でも他にいないのでは?やはりオレの娘は天才なのかもしれない。


「おい、オードル? 大丈夫か? せっかくなので、食べよう?」 「ああ、エリザベス。そうだな」


 マリアの弁当の才能に素晴らしさに、オレはどうやら呆然としていたらしい。そうだな、エリザベス。みんなで一緒に昼飯タイムとしようではないか。


「では、いただきます」

「「いただきます!」」


 名目上の家長であるオレの挨拶に、マリアとエリザベスも続く。


『わん!』


 ああ、フェンも家族だったな。安心しろ。お前の分のサンドイッチもちゃんとあるぞ。


 3人と一匹で、森の木陰に座り込む。ピクニック気分で、昼食を食べ始める。


「みんなと食べると、おいしいね、エリザベスお姉ちゃん!」


「おい、マリア。ほっぺに、ソースが付いているぞ?」


「とってくれて、ありがとう!」


『ワン!』


「フェン、おかわり? マリアと半分こしようね」


『ワン! ワン!』


「あっ、フェン⁉ それは私のサンドイッチだぞ⁉ おい、待つのだ、フェン!」


 サンドイッチ泥棒のフェンを、追いかけるエリザベス。それを見て笑顔になるマリア。


 晴天の空の下。のんびりした空気が流れていく。


 これぞ田舎暮らしの骨頂。王都の喧噪から解き放たれた環境で、自然に囲まれ、穏やかな暮らしだ。


「さて、昼の休憩が終わったら、午後の仕事に入るぞ。エリザベスは今日も、学校の方を頼んだぞ」


「ああ、オードル! 子どもたちの教育は、このエリザベス先生に任せておけ!」


 村の学校の計画は、順調にスタートしている。建物は1週間前に、オレが一人で建てていた。


 数日前からエリザベスが教壇に立ち、村の子どもたちに勉強を教えていたのだ。


「エリザベスお姉ちゃんの、さんすう、こくご。たのしいよ、パパ!」


「ああ、そうか、マリア。それは良かったな」


 村の学校で教えているのは、算数と国語の二つの教科である。国語は読み書きの基本で必須。算数は簡単な足し算と引き算からスタートしていた。


 これらの教育の件は村長の了承も得ていた。午後の子どもたちの時間を、1日1時間だけ勉強の時間にしたのだ。


「マリア。子どもは勉強も大事だが、遊ぶことも大事。友だちと仲良くするんだぞ」 「うん、わかった、パパ!」


 勉強の時間は、あえて1時間と少な目に設定していた。何しろ子どもの本分は遊ぶこと。勉強はあくまでも補助的なものなのだ。


「さて、オレは村長の所に行ってくる。後は頼んだぞ、エリザベス、フェン」

「この私に任せておけ!」

『ワン!』


 この2人に任せておけば、大抵のことは大丈夫であろう。呼ばれていた村長の家へ、オレは向かうのであった。


 ◇


 村長の家で今日の相談を聞いていく。


「山賊が出ただと?」

「ああ、そうじゃ。隣村に行ったトムが、襲われて逃げてきたのじゃ……」


 村長の話によると、隣村との境の峠道に、山賊団が住み着いていたという。襲われた村人トムは、何とか無事に逃げてきた。だが相手は問答無用で襲ってきたという。


「それはマズイな、村長」

「ああ、そうじゃ。隣村との物流が途絶えたら、大変じゃ」


 この村は自給自足の生活だが、近隣の村と多少の交流もある。自分たちの村では生産できない日用品や嗜好品を、近隣の村との交易で手に入れていたのだ。


「たしか隣村は、今の時期は、ハチミツが旬だったな?」

「ああ、そうじゃ。今回もトムが逃げ帰ってきたから、この村にはハチミツの在庫はない」


 これは困ったことになったな。甘いものは村では数少ない。


 うちのマリアは甘いものが大好き。ハチミツの到着を楽しみにしていた。


 食べられなくなったと知ったら、どんな悲しい顔をするか……想像もしたくない。


「よし。オレが山賊をなんとかしよう」

「おお、オードル、感謝する! 村の男衆を、何人か連れていってもいいぞ!」 「いや、オレ一人で大丈夫だ。じゃあ、さっそく準備して行ってくる」


 村長の申し出を断る。何故なら今回の山賊退治は、あくまでも個人的な理由で行う。マリアに悲しい顔をさせないためだ。


 それに普通の村人では、オレの動きに付いていけない。だから単独の方が手っ取り早いのだ。


 ◇


「……という訳では、何日か出かけてくる」


 村長の家から学校に向かう。ちょうど授業が終わった、マリアとエリザベスに事情を説明する。


 だがマリアを心配させる訳にいかない。あくまで『隣村に荷物を取りに行く』とだけマリアに伝えておく。


「おい、オードル……荒事か?」

「ああ、そうだ。山賊を退治してくる」


 エリザベスは何かに勘付いて尋ねてきた。彼女だけには説明をしておく。


「それなら私も同行するぞ?」

「心配無用だ。お前は学校の仕事と、マリアの護衛を頼む」


 申し出を断る。たしかにエリザベスは戦力になるであろう。


 だがエリザベスには教師という大事な仕事がある。それに留守の間、村とマリアのことを守って欲しい。


《それならボクが付いていく、ワン!》

《……そうだな。フェンならいいか》

《やったー、ワン!》


 フェンが白魔狼なのことは、オレしか知らない。

エリザベスに内緒で、フェンと念話する。エリザベスがいたらマリアの護衛は万全だろう。


 それにフェンをそろそろ鍛えてやらないと、白魔狼としての誇りを忘れてしまいそうだからな。


「オードル、念のために、私の武器を持っていけ」


 エリザベスは完全武装で、この村に乗りこんできた。槍に剣、弓矢と大盾、騎士鎧などフル装備。彼女の武器は、オレの家に保管してある。


「武器か……それなら、お前の短槍を借りていこう」


 山賊程度なら素手でも問題ない。だが武器があった方が、格好もつくであろう。


 エリザベスの短槍だけを借りていくことにした。


「じゃあ、パパ。気をつけてね!」

「ああ、マリア。すぐに帰ってくる」


 準備を終えてマリアとしばしの別れをする。この笑顔を見るために、さっさと仕事を終わらせて帰宅せねば。


「じゃあ、フェン、行くぞ」 『ワン!』


 こうしてオレはフェンと山賊退治に出かけるのであった。


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