第11話 女騎士エリザベス

 村にやってきた女騎士エリザベスを、撃退することに成功する。

 だが、そのおかげでオレの正体がバレてしまった。


「……という訳で、オレは王家に暗殺されそうになった。だから死んだことにして、故郷に戻ったのだ」


 オレの家の中に場所を移動して、エリザベスに事情を説明する。

 王都で起こったことを正直に話す。


 だが王家に粛清しゅくせいされそうになったことを、エリザベスは信じてくれるであろうか?


 こいつは真面目で知られる女騎士。

 しかもエリザベスは国王の弟である公爵のお嬢様。

 簡単に説明すると国王の姪っ子なのだ。


 王家に心酔するあまり、変な態度を取らなければいいが。


「……やっぱり、そうだったのね……」


 話を黙って聞いていたエリザベスが、プルプルと肩を震わせる。

 こいつ、いきなりどうしたんだ?


「やっぱり、そうだった! 鬼神オードルは死んではいなかった! だから私は言ったのよ! あのオードルは火事ごとき、全身が焼けようとも死なないと!」


 エリザベスは急に立ち上がり叫び出す。

 天を仰いで、誰かに向かって勝利の宣言をしている。


 こいつ……大丈夫か?

 小川に落ちたショックで、頭でも打ったのではないか?


「わ、私は正常だぞ、オードル!」


 どうやら正常だったらしい。

 興奮して絶叫してしまったのであろう。


「相変わらず面白いやつだな、お前は。だが、どういうことだ、エリザベス?」


 エリザベスは生真面目だが、昔から突き進む不器用な性格だった。

 まあ、昔と言っても、オレがこいつを知っているのは、5年前からだが。


 とにかく叫んだ理由を聞こう。


「オードルが火事で死んでいないと、私は信じていた。だから自分の予想が正しくて、喜んでいただけだ!」

「ほう? 見事な予想だったな。ちなみに同じような奴は、他にもいたのか?」


 オレは火事で死んだことになっていた。

 だから気になる。

 エリザベスと同じ考えの奴が、王都には他にもいるのかと?


「王国の連中は“オードル死亡説”を信じていた。何しろ焼死体があったからな」

「なんだと? オレのか?」

「そうだ。体格まで似ていたから、信憑性は高かった」


 なるほど。

 オレを粛清しゅくせいした奴らは、そんな死体まで用意していたのか。


 どうせ焼け跡から死体が見つからなかったから、急いで用意したのであろう。

 王都の地下の墓地を開ければ、似たような骨はいくらでも見つかるからな。


「それにしてもエリザベス。お前はよく、見抜いたな? オレが生きていたことに?」


 そのことは最初から疑問であった。


 この女騎士は生真面目な性格で、頭もいい。

 だが真っ直ぐな性格ゆえに、策略には向いていない。


 それなのにオレが生き延びていることを、どうして見抜いたのであろうか?


「そ、それは……オードルを信じていたからだ。お前は私に勝った、唯一の男だからな……」


 エリザベスは急に顔を真っ赤にして、下を向いて答えてきた。


 なるほど、そういうことか。

 先ほども言ったが、オレはこいつとは少なからず因縁がある。


 まずは最初の出会いの5年前になる。

 オレが王国に雇われたばかりの時、エリザベスは一騎打ちを挑んできたのだ。


 当時のエリザベスは11歳だったが、すでに普通の騎士以上の強さを身につけていた。

 だから腕試しで“鬼神オードル”に挑んできたのであろう。


 その時の勝負の結果だと?

 もちろんオレの圧勝だ。


 さっきと同じように素手で、エリザベスを城の堀に放り投げてやったのさ。


 まあ、それ以来……顔を合わせるたびに、この女は真剣勝負を挑んできた。

 腐れ縁という関係。

 だからオレの強さを『エリザベス・レイモンドより強い鬼神オードルは、火事ごときでは死んでいない』と過大評価。


 だから、オレの死を疑っていたのであろう。


「ま、まあ、そんなところだ。鬼神オードルは、いつかこの私が倒して、約束を守ってもらうんだからな……」

「約束だと?」

「わ、忘れたのか? 忘れてしまったのか? 勝ったら『私の言うことを何でも聞いてくれる』という、私が成人14歳の時の、あの真剣な約束を⁉」


 エリザベスと2年前の約束だと?

 そういえば剣の勝負のどさくさに、そんな約束を押しつけられたな。


「良かった……覚えていてくれたのだな。私は本気だからな。お前を倒して、私の願いを叶えてもらうんだから……」


 エリザベスはまたもや顔を真っ赤にして、もじもじしている。

 どんな願いか聞くのが怖いな。


 だがオレが負けることは、あと20年はないであろう。

 オレの身体が老化で衰えた時。

 負けたその時は、エリザベスの好きにさせてやろう。


「そういえば、エリザベス。お前はどうやって、この村を嗅ぎつけた? 誰にも言っていなかったはずだが?」


 もう一つ気になったことを尋ねる。

 オレがこの村の出身であることは、王国の誰も知らないはず。

 用心深いオレは痕跡こんせきも残していない。


 それなのにエリザベスは、単独でここに駆け付けた。

 理由を探っておく必要がある。

 今後も王国の連中が、ここに来る危険性があるのだ。


「よくぞ聞いてくれた! 私がオードルの村を探し当てた冒険譚を、聞きたいのか?」

「ああ。出来れば短めに頼む」

「それなら話してやろう! そう、あれは長い旅の道のりだった…………」


 エリザベスの話は長時間にわたった。

 最後まで聞いていたら、明日の朝になってしまう。


 だから簡潔にまとめると、次のようなルートであった。


 ――――◇――――


 ・王都でオレが死んだことに、エリザベスは疑問をもった。

 ↓

 ・オードル火事の真相を調査する

 ↓

 ・同時にオードルの生家を探す

 ↓

 ・オードル傭兵団のある一人が、この村から近い出身だと情報を入手する。

 ↓

 ・オードル傭兵団の後を追って帝国領土に潜入

 ↓

 ・オードル傭兵団と接触。有益な地域の情報を仕入れる

 ↓

 ・有益な地域をしらみつぶして調査。小さな村から大きな街まで全部

 ↓

 ・ついにオードルと風貌がよく似た人物の情報を得る

 ↓

 ・夜通しで馬を走らせ、今日この村にたどり着いた


 ――――◇――――


 こんな感じの数ヶ月に渡る物語であった。


「たいしたものだな、エリザベス。よく、探し当てたな」

「女の勘だ。王都の者には一生かかっても無理だろうな……はっはっは……」


 愚直で超真面目なエリザベスならではの、探索方法だったのであろう。

 それなら、とりあえず一安心。

 他の王国の騎士は、ここまでたどり着けないであろう。


「そういえば、一つ気になることがある。オードル傭兵団の連中は、今は帝国領内にいるのか?」


 会話の中にオードル傭兵団……自分の元部下たちの話があった。

 王国がどうなろうと関係ないが、自分の部下たちは別。

 オレの暗殺事件以降のことが、少しだけ気になっていたのだ。


「ん? オードル傭兵団のことか。彼らは身の危険を感じて、帝国に亡命した。元気そうにしていたぞ」


 エリザベスから元部下のことを聞く。


 オレの事故死は、明らかに怪しいところがあった。

 だからオードル傭兵団は、火事の直後に王都を脱出したという。

 向かった先は、ライバル国である帝国。

 そこに自分たちを売り込んで仕官したという。


「なるほど、そういうことか。相変わらず、したたかな連中だな」


 そのまま王都に残っていたら、国王から攻撃を受けていた可能性が大きかった。

 帝国への亡命は見事な状況判断である。

 部下の機転の良さに、元団長として嬉しく思う。


 アイツ等ならオレがいなくても、帝国で上手くやっていけるであろう。

 何故ならオレが今まで、アイツ等をそういう風に厳しく育ててきたからだ。


「なるほど、これで大体の話は分かった」


 エリザベスの話で知りたかったことが判明して、一安心できた。


 ・王国からの追跡者は、この村にたどり着く確率は低い。

 ・また残してきた部下たちは、全員元気でやっている。


 この二つだけが聞けただけでも大収穫。

 今回のエリザベスの強襲は、差し引きで良かったかもしれない。


「ところで、オードル。私からも聞いていいか?」

「ああ、エリザベス。何でも聞いてくれ」


 エリザベスからは情報を提供してもらった。

 ギブ&テイクの精神にのっとり、何でも質問に答えてやる。


「先ほどから、そこからのぞいている幼女は、誰なんだ?」


 エリザベスが聞いてきたのは、隣の部屋にいるはずのマリアのこと。

 好奇心が旺盛なマリアは、さっきからオレたちを隠れてチラチラ見ている。


 ちなみにオレとエリザベスの会話の音量は、細心の注意を払っていた。

 だからマリアに会話を聞かれた心配はない。


「マリア。入ってきていいぞ。お客様に、挨拶をするんだぞ」


 難しい話は終わった。

 だから、もう入ってきてもいいだろう。

 マリアに声をかける。


「わかった、パパ! はじめまして、マリアです! よろしくお願いします!」


 マリアはトコトコと歩いてきた。

 エリザベスの前まで進むと、ペコリと頭を下げて自己紹介をする。

 我が娘ながら今日も、天使のような笑顔だ。


「おお! なんと可愛らしく、礼儀正しい童女だな? 私の名前は、エリザベス・レイモンドだ。よろしく頼む。それにしても可愛い幼女であるな。将来は絶世の美女になるであろうな!」


 エリザベスもマリアのことを気に入っていた。

 マリアの頭をナデナデしながら、嬉しそうにしている。


「オードルと同じ美しい銀艶シルバー・シルク色の髪の毛で、それに、オードルのことを“パパ”と呼んでいて……ん? ん? えっ? パパ⁉」


 そこで満面の笑みのエリザベスは、言葉を止める。

 何かに気がつき、顔が硬直していた。


「マ、マリア殿。もう一度、オードルのことを呼んでみてくれ」

「うん、いいよ! おーどるパパ、だよ! マリアのだいすきなパパだよ! えへへ……」


 少し照れながらも、マリアはちゃんと答えられた。

 さすがオレの自慢の娘。

 大好きなパパと紹介されて、さすがのオレも照れてしまう。


「えっ? このオードルの……娘?」

「うん、そうだよ!」

「あわわ…………バタン!」


 エリザベスは泡を吹いて、気を失ってしまった。

 マリアの存在に驚いてしまったのであろう。


「パパ。このお姉ちゃん、顔色が変だよ?」

「ああ、パパに任せておけ」


 その後、オレが闘気術で、エリザベスのことを無事に起こしてやる。

 だがマリアの事情を説明するのは、少しだけ手間がかかってしまう。


 ◇


「……という訳だ。オレは結婚などしていない。こいつはオレの娘の可能性もあるが、妻など知らない」

「はっはっは……なんだ、そういうことだったのか⁉ ということは……オードルは未婚。独身……それならひと安心したぞ、オードル!」


 事情を説明したら、なぜかエリザベスは機嫌よくなってしまった。

 オレが未婚なことが、とても重要だったらしい。


 相変わらず、よく分からないヤツである。


「そういえば、エリザベス。お前は王都に帰らなくていいのか? 親が心配しているぞ」


 エリザベスは王国のレイモンド公爵家の3番目の娘である。

 低いが王位継承も一応はある超お嬢様。

 普通はこんな辺境に一人で来る身分ではない。


「実は私は爵位も捨てて家出してきた……だから帰る家はないんだ……」


 エリザベスは白状する。

 オレを探す旅に出ることを、親に反対されたと。

 だから置手紙をして家出をしてきたという。


「つまり今のエリザベスは無職で家無しか。今後はどうするつもりだ?」

「それは考えていなかった。オードルのことを探すことで、頭がいっぱいだったんだ……」


 なるほど、そういうことか。

 相変わらず周りが見えなくなるほどの、一直線な真面目な性格である。


 だがこれは困ったぞ。

 このままエリザベスを放り出すのは危険。


 オレの生存と居場所が、いつバレてしまうか分からない。

 かと言って“口封じ”をするのは、オレの主義に反する。


 さて、どうしたものか……。


 ん?

 そうだ。


「おい、エリザベス。お前は教育の訓練を受けていたよな?」

「ああ、もちろんだ。レイモンド家の一員としてな!」


 やはりそうだったか。


 上級騎士は知識人としても一流。

 エリザベスは教養も身につけていたのだ。


 それなら話は早い。


「行く先が無いなら、この村に住まないか? 子どもたちを教育する教師を探していた。住む家は……そうだな、しばらくはこの家の空いている部屋に置いてやる」

「オードルと一緒に住めるだと⁉ ああ! ああ、教師でも何でも、この私に任せておけ!」


 エリザベスは了承してくれた。

 これはかなり好都合。


 エリザベスの口封じをすると同時に、教育者の問題も解決できた。

 これぞまさに一石二鳥。

 全ての問題が一気に解決できたのだ。


「やった! エリザベスお姉ちゃんが、うちに! マリア、うれしい!」

「“エリザベスお姉ちゃん”だと……ああ、その響きいいぞ! マリア殿よ、もっと呼んでくれ!」


「マリアお姉ちゃん♪」


 なぜか知らないが、女同士で盛り上がっている。


 こうして我が家に新しい居候いそうろう……3人目の家族が増えるのであった。







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2024年9月20日 17:00
2024年9月21日 17:00
2024年9月22日 17:00

戦鬼と呼ばれた男、パパと呼んでくる幼女を拾い、一緒にスローライフをはじめる ハーーナ殿下 @haanadenka

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