第10話 王都からの襲来者

 故郷の村に、王都からの騎士がやってきた。

 報告を受けたオレは、騎士が見える正門まで、気配を消して近づく。


「あれか……王都から来たという騎士は?」


 警戒しながら、かなり遠目から観察をする。

 何しろ騎士の中には、闘気術の使い手がいる。


 あまり近づき過ぎると、こちらの気配を察知されてしまう危険性があるのだ。


「ん? たった1騎だと?」


 村に来た騎士は、完全武装の騎兵一人だけであった。

 集団ではない。

 馬の上で何やら叫んでいる。


 念のためにその背後を探るが、他に兵士の気配はない。

 本当に一人で来たのであろう。


「なぜ、こんな辺境の村に単騎で?」


 この村は王国外の領土である。

 あまりにも辺境すぎて貧しい村。

 そのため誰にも統治されていないのだ。


 王国の騎士が来たことはない。

 では、あの騎士は何か理由があって、来たのであろうか?


「おっ、顔が見えるぞ?」


 何やら騒いでいた騎士が、馬から降りてかぶとを脱ぐ。

 村長が到着したので、騎士として礼を尽くすのであろう。


 辺境の村でも礼を尽くすとは、真面目な性格の騎士なのかもしれない。


「オレの顔見知りで、なければいいのだが……」


 オレは王都の火事で、事故死したことになっている。

 だから、この村で暮らしていることは、誰にも知られたくなかった。


 今はトレードマークのヒゲも全てって、前とは風貌がかなり違う。

 王都での顔見知りでなければ、今のオレを見ても気がつかないはず。


 そう願っている間に、騎士の顔が見えるようになる。


「あいつは? くそっ。最悪だな。まさかアイツが来るとはな⁉」


 騎士は顔見知りだった。

 ヒゲを剃った程度では、オレの変装は見破られてしまうであろう。


 出来ればこのまま、オレと顔を合わせず帰ってほしい。


「だが何で、あの女が……あんな上級騎士が単騎で、こんな辺境に?」


 村にやって来たのは女騎士であった。

 金髪の長い髪をなびかせている。

 こいつは王都でもかなりの身分の者である。


 何があったか分からないが、こんな地方回りをする地位ではない。


 かなり面倒くさい相手。

 とにかく、このまま大人しく帰って欲しい。


「そこをどけ! 私はオードルの生家に、用事があるのだ!」


 女騎士が正門で叫ぶ。

 村長とのやり取りで、何かがあったらしい。

 再び軍馬に乗って、村の中に侵入してきた。


「オードルの生家は、あっちの方角だと言っていたな⁉ どけ! 私一人で行く!」


 女騎士はかなり興奮していた。

 軍馬のまま、村の小道を駆けてゆく。


 その進行方向には、オレの住んでいる家がある。

 真っ直ぐに向かっていた。


「この時間帯は……まずい、マリアが家にいるはずだ⁉」


 そろそろ昼飯の時間。

 マリアもお絵かきの遊びから、帰宅しているであろう。

 今日も美味しいお昼ごはんを、ちょうど用意しているはずだ。


「家に着く前に、あの女を止めないと……くそっ!」


 オレは最大速度で駆けだす。

 女騎士の進行方向に、先回りで向かってゆく。

 家の前で、あの女騎士を止めないと。


「だが顔がバレるのは、マズイな。さて、どうしたものか……」


 このまま女騎士の前に立ちはだかったら、正体がバレてしまう確率は100%。

“戦鬼オードルは生きていた!”と即座に知られる。


 そうなったら面倒だ。

 せっかくの静かな田舎暮らしが、台無しになってしまう。


 何とかして正体を隠しつつ、あの女騎士の暴走を止めないと。

 何かいいアイデアはないか?


「ん? ちょうどいいものがあったな。借りていくぞ」


 途中の民家の外に、仮面を発見した。

 それは村の祭りで使う民芸品の仮面。


 目元をカラフルな仮面で隠すので、変装には持ってこいだった。

 走りながら目元に装備する。


「よし、これなら大丈夫だな」


 こうしてオレは仮面で変装して、女騎士の暴走を止めに向かうのであった。


 ◇


「お嬢さん。悪いが、ここは通行止めだ」


 オレの家まであと少し。

 一本橋の手前で追いついた。


 女騎士の前方に立ちはだかり、その行く手を遮る。


「怪しい者め! お前は何者だ? 私は王国騎士団の一人、エリザベス・レイモンドだ! そこをどけ! 私はオードルの生家に用があるのだ!」


 女騎士は丁寧に名乗り、威嚇いかくしてきた。


 こちらの正体はバレてはいない。

 つまりオレの変装は大成功だった。


「王国騎士のエリザベスだと? そんな者が、この先の……オードルさんの生家に、何の用だ?」


 オレは女騎士……エリザベスのことは知っていた。

 だが仮面を被っているので、知らないふりをする。


 あくまで善良な村人の一人として、その目的を尋ねる。

 口調もちょっと変えておく。


「目的だと⁉ そんな大事なことを、赤の他人のキサマに話す必要はない! もう一度だけ警告する。そこをどけ!」


 エリザベスは剣を抜いて、殺気を飛ばしてきた。

 こいつ……かなり興奮しているな。


 普段のエリザベス・レイモンド、“超真面目”で知られている女騎士である。

 こんなにも興奮したのは、初めて見た。


 オレがいなくなった後に、何があったのかもしれない。

 だが、今は構っている場合ではない。


「オードルさんとは隣の家同士だった。遠い従兄弟で、赤の他人ではない。だから村の掟で、ここを通すわけにはいかない」


 そんな村の掟はない。

 エリザベスを通さないための詭弁きべんである。


 とにかくこの女騎士を、オレの家に行かせるのは面倒。

 できればこのまま王都に帰って欲しい。


「なに、オードルの従兄弟だと⁉ そういえば体格も、あの人にそっくりだ……だ、だが、私の邪魔はさせん! これが最終警告だ……そこをどけ!」


 説得は見事に失敗した。


 エリザベスは軍馬から降りてくる。

 剣を上段に構えて、本気の殺気をぶつけてきた。


 これは覇気を加えた戦場の殺気。

 普通の村人なら受けただけで、失神する強力な殺気だ。


(やれやれ……面倒なことになったな……)


 説得が失敗したオレは、手頃な獲物を探す。


 おっ。いい感じの洗濯用の木の棒があった。

 ナイスタイミングである。


「そんな木の棒で……王国騎士である私に、歯向かうつもりか?」

「礼儀を忘れた愚かな騎士には、これで十分だろ?」

「キサマ……斬る!」


 エリザベスはプツンと、切れてしまった。

 棒切れを持った農民であるオレに、本気で斬りかかってきた。


 上段の構えから、一気に間合いを詰めてくる。


(相変わらず神速の斬り込みだな……こいつは……)


 エリザベスのスピードに感心する。

 こいつは女であるが、天賦てんぶの才をもった騎士だった。


 歳はまだ16歳だったはず。

 だが、その若さにして王国10本の指に入る、剣の実力を有していた。


 あと数年の実戦の経験を積んだら、間違いなく上位5本の指に入る才能。


 何度か剣を交えたことがあるオレは、エリザベスの剣の才能を評価していた。


「これで終わりだぁ!」


 そんなエリザベスの神速の剣によって、オレの木の棒が切断されてしまう。


 おっ、斬られてしまったか?

 受け流したつもりだったんだが。


 こいつ……腕を上げているな?

 数ヶ月前に対戦した時に比べて、更に剣の質が向上している。


 これには思わず感心してしまう。

 この短期間で、何かあったのかもしれない。


 天賦の才の女剣士の成長に、思わず見入ってしまう。


「寝ていろ!」


 エリザベスは剣の裏で、オレを攻撃してきた。

 峰打ちという技だ。


 興奮していても、元は生真面目な性格。

 邪魔なオレを、峰打ちで昏倒させるつもりなのであろう。


 相変わらず甘いというか、真面目な女だ。


「そろそろ、いいか……」


 オレは反撃を開始することにした。

 エリザベスの攻撃を、片手でひょいっと受け止める。


「えっ?」


 エリザベスは絶句していた。

 峰打ちとはいえ、騎士の打撃は骨をも砕く。


 それが片手で軽々と止められた……その事実を信じられずにいたのだ。


「ちょっと、頭でも冷やしておけ、エリザベス!」


 そのままエリザベスの身体を捕まえて、空高くほうり投げる。

 落下地点には村の小川があった。


「えっ? えっ? キャー⁉」


 混乱したままのエリザベスは、思わず女の声を出す。

 そのままザブンと小川の中に落ちていく。


 水深はあるので、怪我はしていないであろう。


 それに闘気術を使いこなす騎士に、この程度では怪我はしない。

 あくまで頭を冷やすための投げ技だ。


「くっ……キサマ……」


 おっ、案の定、すぐにエリザベスが立ち上がってきた。

 これで頭を冷やして、帰ってくれたらいいのだが。


「こ、この投げ技は覚えがあるぞ……はっ⁉ オードルの⁉ まさか、キサマ……お前は、オードル本人なのか⁉」


 しまった……


 オレはやってしまった。


 そういえば、この技でエリザベスを投げ飛ばしたのは、今回で三度目。

 同じ技を使ったことにより、バレてしまったのだ。


「い、いや……オレは……ボクは……オードルじゃ、ないもんさ」


 口調を変えてごまかす。

 マリアやフェンの真似をして、全力で他人のふりをする。


「今さらごまかしても無駄だぞ! この私の剣を素手で受け止めて投げられる者など、この大陸でも鬼神オードル以外、いるはずはないだろう⁉ さあ、オードル! その仮面を取って説明してもらおうか⁉ なぜ、お前は生きているんだ⁉」


 まったく仰るとおりである。

 偽装工作は見事に失敗した。


 こうしてオレは女騎士エリザベスに、正体がバレてしまうのであった。

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