第8話 食料問題

 白魔狼の子どもフェンを飼い始めてから、数日が経つ。

 新しい家族を加えた生活は、今のところ順調だった。


「パパ、おつかい、いってきます! いこう、フェン!」

『ワン、ワン!』


 マリアは早くもフェンと仲良しになっていた。

 同じくらいの精神年齢なので、友だちのような存在なのであろう。

 今朝も二人は仲良く、商店まで出かけていく。


《マリアのことは任せたぞ、フェン》

《ああ、オードル。ボクに任せておけワン!》


 去ってゆくフェンと、“念話”で挨拶をする。


 念話は上級魔獣とだけ使える、思念の会話方法だという。

 フェンの正体を隠すために、普段の話は念話を使うことにしたのだ。


「フェンがマリアに付いてくれると、何かと助かるな」


 フェンはまだ2歳の子ども。

 だが、その戦闘能力の高さは、先日の戦いで実証済み。

 さらに嗅覚などの危険察知能力も高いので、幼いマリアの護衛にうってつけなのだ。


「あっ、マリアちゃん。フェンちゃん、おはよう!」

「フェンちゃん、かわいい! なでなで、していい?」

『ワン、ワン♪』


 家の前で、近所の子どもたちと、マリアたちが朝の挨拶をしている。

 フェンは拾ってきた子犬だと、村の皆には説明していた。


 本当は危険な上級魔獣なのだが、フェンの演技力でごまかしてもらっている。


「フェンちゃん、お手!」

『ワン!』


「フェンちゃん、お座り!」

『ワン、ワン♪』


 それにしても見事なフェンの演技力である。

 子どもたちと自然に接していた。


 というか……フェンが自ら進んで、村の子どもたちと遊んでいるように見える。


 誇りある白魔狼のプライドとやらは、どこへいってしまったのであろう?

 まあ、精神的にはまだ幼い2歳児。

 フェンも遊びたい年頃なのであろう。


「さて、村長の家に行くとするか」


 今日も村長から、呼び出しをくらっていた。

 家の仕事や農作業をパパッと済ませて、出発しないとな。


 ちなみにオレの一日の仕事は、次のような感じだ。


 ――――◇――――◇――――

 ・早朝:日が昇る前に一人で起床。

 ↓

 ・家の裏の畑で農作業

(闘気術で身体能力を強化させて、普通の村人の数倍の速さで終わらせる)

 ↓

 ・日が昇り、目を覚ましたマリアと朝ご飯の準備

 ↓

 ・朝ご飯の後。マリアと家事や畑の仕事

 ↓

 ・昼前:マリアと昼ごはんの準備。昼食タイム

 ↓

 ・昼ごはん後:マリアはフェンとおつかい。マリアは友だちと遊んだりしている

(フェンの護衛つき)

 ↓

 ・午後:オレは村長や村の雑務を手伝う

 ↓

 ・日が暮れる前に帰宅。マリアと晩ご飯

 ↓

 ・ご飯の後はマリアと話をしながら、日用品作りなどする。

 ↓

 ・夜:燃料がもったいないから、夜は早めに就寝する。

 ↓

 朝に続く

 ――――◇――――◇――――


 だいたい、こんな感じの一日である。


 オレは闘気術で、身体能力と集中力を強化できる。

 普通の村人とは違い、短時間で自分の家の仕事が終わってしまうのだ。


 だから空いた午後は、村のために協力している。

 面倒くさい部分があるが、これも娘マリアのため。


 傭兵上がりの男手一つでは、どうしてもマリアに不自由をさせてしまう。

 そのためオレが村の手伝いをすることで、女衆にマリアをサポートしてもらっているのだ。


「さて、今日はどんな仕事があるのやら……」


 こうしてオレは村長の家に向かうのであった。


 ◇


「食料の備蓄が足りないだと、ジイさん?」

「ああ、そうじゃ、オードル」


 今日の問題は“食料”に関して。

 村の備蓄食料が、予想以上に少なくなってきたという。


 現状を確認するために、村長と一緒に村の倉庫に向かう。


「なるほど。これは確かに足りなくなる在庫だな」


 倉庫内の備蓄量を確認して、紙で計算。

 オレは現状を把握する。


 しばらくの間は大丈夫だが、このままでいけば今年の冬を越すのは難しい。

 村人の一日の消費量に対して、備蓄量が少ないのだ。


「オードル、そんな紙切れで計算できるのか?」

「ああ。王都じゃ、これで計算していた」


 この辺境の村では、計算をできる者は少ない。

 だがオレは算学を傭兵時代に会得していた。


 何しろ傭兵部隊を維持するには、計算は必須。

 戦後の報奨金や、日々の食料の配給。


 オレは合理的に部隊を統率するために、算学を自ら学んでいたのだ。


「食料不足の原因は分かるか、ジイさん?」

「ここ数年は、例年よりも子どもが多く産まれた。それが原因かもしれん」

「なるほど。消費が増えて、備蓄がだんだん減ってきた訳か」


 村人が増えれば、全体的な食料消費量は増えていく。

 特に子どもは、まだ労働力として力が足りない。

 成長期である子どもたちは、食事の量が多いのだ。


 その差が、今回の食料問題を引き起こしているのであろう。


「こんな時はどうすればいい、オードル? 村人の食事を減らしていくか?」

「ああ、ジイさん。普通なら、そうだな……」


 この村は大陸北部の辺境にある。

 土地は農業に適していないので、大規模な穀物栽培にはできない。

 わずかな平地で、自給自足分の野菜や穀物を栽培してきた。


 だから今回のような食料問題の時は、消費量を少なくするしか方法がない。

 村長の策は間違いではないのだ。


(……『パパ、美味しいね!』)


 そんな時である。

 マリアの顔が、脳裏に浮かんできた。

 本当に美味しそうに食べている、満面の笑顔である。


「ジイさん。オレに考えがある。食事を減らすのは、何日か待ってくれ」


 できれば成長期のマリアには、腹いっぱい食べさせてやりたい。


 だからオレは行動を起こすことにした。

 村の食料問題を別の方法で、解決することにしたのだ。


「考えじゃと? ああ、頼りにしているぞ、オードル」


 今回の問題に関して、村長から一任された。

 村の備品も自由に使っていいと、許可をもらう。


「さて、行くとするか」


 こうして村の食料問題を解決するために、オレは行動を開始するのであった。


 ◇


「おい、カサブランカいるか? 荒縄をくれ」


 オレが最初に向かったのは、村の商店だった。

 看板娘のカサブランカに、荒縄を注文する。


「あっ、オードルさん! はい、荒縄ですか? どのくらいの長さを?」

「店にある分だけくれ。代金は村長から貰ってくれ」


 村長からは許可をもらっていた。

 荒縄ていどなら問題はないであろう。


「えっ、全部ですか⁉ はい、大丈夫ですが、こんなに長いのを何に?」

「そのうち分かる。じゃあ、代金は村長から貰ってくれ」


 あっけにとられるカサブランカを後にして、オレは商店を出ていく。


 よし。

 これで必要な長縄が手に入った。

 後は現地に向かうだけである。


 おっと。

 その前に、もう一か所だけ寄るか。


 便利なあいつも誘っていこう。


 ◇


「おい、マリア。フェンを借りていくぞ?」

「あっ、パパ! うん、だいじょうぶだよ!」


 お花遊びをしていたマリアのところに、出発前に寄っていく。

 護衛をしていたフェンを借りるためだ。


『ワン、ワン!』


 フェンがこちらにやって来る。

 頭の上に、キレイなお花の王冠をつけていた。


 こいつ……ちゃんと護衛の仕事をしていたのか?

 一緒になって遊んでいたんじゃないか?


《ボ、ボクだって年頃の女の子だから……仕方がないだろう?》


 念話でフェンが、言い訳をしてきた。


 そういえば、こいつはまだ2歳の白魔狼の子どもだったな。

 仕方がない。今回は大目に見てやろう。


《ところで、どこに行くの、オードル?》

《それはお前の鼻しだいだ》

《えっ? ボクの鼻?》


 フェンは首を傾げていたが、説明している時間が惜しい。

 詳しい話は、移動しながらしてやろう。


「さあ、行くぞ、フェン」

『ワン、ワン!』


 こうして準備を終えて、オレたちは村を出発するのであった。

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