第7話 新しい家族

 気絶した白魔狼の子どもを担いで、オレは村まで帰ってきた。

 誰にも見つからないように、家の中に入る。


「さて、マリアは……いないな?」


 家に入る前に、周囲の気配を探る。

 まだマリアは村長の家にでも、いるのであろう。

 オレが狼狩りから戻ったら、迎えに行く約束をしていたからだ。


 安心させるために、マリアを早く迎えにいかないと。


 だが、その前に、やることが一つある。


「……おい、起きろ!」


 家の中で、気絶したままの白魔狼に“気”を注入する。

 これは闘気術の一種で、気絶から起こす回復の技。


『うぐぐ……ここは?』


 白魔狼が目を覚ます。

 まだ意識が朦朧としていた。


『はっ⁉ お前はさっきの⁉ ガルル……』


 だがオレの顔を見て飛び退く。

 部屋の端っこに移動して、こちらに向かって警戒の声を発してきた。


 この様子なら、体力もだいぶ回復しているであろう。

 さすがは上位種の白魔狼だ。


『……なぜボクは生きている?』


 白魔狼は状況が掴めていなかった。


 先ほどオレとの戦いで、止めを刺されて死んだ……そう思っていたのであろう。

 だから自分が生きていることが、不思議で仕方がないのだ。


「ここはオレの家だ。お前の命はオレが助けた。お前、まだ幼いんだろう? 子供は、殺さない主義だ」


 混乱している白魔狼に、説明してやる。

 家まで連れてきたのは、オレの気まぐれだと。


『ガ、子供ではない! ボクはもう2歳! 誇りある白魔狼の一族だ!』


 2歳か……やっぱり子どもだったな。


 戦っていた時にも実感はしていた。

 こいつは肉体的にも小さく、精神的にも幼い。

 成人した白魔狼なら、オレですらもう少し苦戦していただろう。


「それなら誇りある白魔狼に聞く。お前は一族のテリトリーを離れて、なぜこんな南の森にいた? しかも一般の狼を率いて?」


 ここから遠い北限の北大山脈に、白魔狼の一族は住んでいる。

 そして普通の狼と群れを作ることなど、絶対にしない。

 白魔狼族は孤独を愛する種族なのだ。


『グヌヌ……それは……』


 白魔狼は言葉を失っていた。


 つまり……そういうことだ。

 こいつは普通ではない、はぐれの白魔狼なのだ。


「それに気絶する前に、言っていたな? 父上と母上の仇を取るとか? お前、逃げ出してきた訳ではあるまい?」

『違う! 私は逃げ出したのではない! アイツ等、黒魔狼族は卑怯な手で、ボクたちの里を襲ったのだ! だからボクも戦おうとした! だが母上に庇われて、川に落とされて……』


 どうやらドンピシャで、オレの読みが当たったらしい。


 黒魔狼も北限の北大山脈に住む、上位魔獣である。

 両種族の間に何かの生存競争が起きた。


 その時に親に逃がされて、川下のこの辺りで意識を取り戻した。

 つまり、こいつは戦争孤児の一種。


 狼の群れを率いていたのは、戦力を整えるためであろう。

 黒魔狼族に復讐をするための。


「お前、正気か? あんな一般種の狼を何匹集めようが、黒魔狼には勝てないぞ?」


 黒魔狼も成長すると、軍馬並の大きさになるという。

 戦闘能力もかなり高い。

 普通の狼を千匹集めようが、敵うはずがない。


『グヌヌ……言われなくても分かっている! でもボクはまだ幼い……このままでは、アイツ等には勝てないんだ……』


 白魔狼は下を向いて、歯をくいしばっていた。

 自分の不甲斐なさで、悔し涙を流している。


(ちっ……)


 オレとしたことが言いすぎた。

 子供に涙を流させてしまった。


 くそっ。

 こうなったら仕方がないな。


「強くなりたいのか? だったらオレがお前を鍛えてやる。黒魔狼に勝てるように……な」

『なん……だと? 人間風情が、誇りある我ら白魔狼を⁉』


「その人間風情に負けたのは、どこのどいつだ?」

『グヌヌ……それは、そうだったな。お前の強さは認めよう』


 おや?

 急に素直になったな。


 野生の掟に従って、強者に従う、というやつか。


 それなら話が分かりやすい。

 こいつの性格に合わせて話を進めていこう。


「という訳でお前は今日から、この家のペットだ」

『ペット……? どいう意味だ?』

「それは……家族みたいなものだ」


 本当は違うが、他にいい言葉が浮かばなかった。

 それに長く飼っているペットには、家族と同等の愛着が湧く。そう聞いたことがある。


『家族だと? 孤児の、このボクに……新しい家族……』


 どうやら白魔狼は気に入ってくれたようだ。


 こいつはまだ幼いが、バカではない。

 マリアとも上手くやってくれるであろう。


 そういえば“白魔狼”だけだと、呼び辛いな。

 何か名前はないのか?


『半人前のボクには、まだ名はない。父上が死んでしまった今は、どうすれば……』


 なるほど、そういうことか。

 それならオレが名づけの親になってやろう。


「“フェン”はどうだ? 神話時代の偉大なる“神狼フェンリル”からとった」

『えっ⁉ フェン……? ボクの名前……フェン……伝説の神狼からとって、フェンか……』


 どうやら名前は気に入ってくれたらしい。

 白魔狼の子ども……フェンは何度も、自分の名前を呼んでいた。


「あと、もう少しでオレの娘が来る。まだ小さい幼児なので、仲良くやってくれ。オレが留守の間、出来れば守ってやって欲しい」

『ああ、まかせろ。誇りある白魔狼族は、家族は命懸けで守る!』

「そうか。頼りにしているぞ、坊主」


 上位魔獣の白魔狼をペットとして飼ったなど、今まで聞いたことがない。


 だがコイツのことは信頼できる。大丈夫であろう。

 まあ、これは戦鬼と呼ばれたオレの直感だが。


「ん? 誰か近づいてくるな。あれは、マリアか」


 タイミングよく、マリアが家に近づいてきた。

 家に荷物でも、取りに来たのであろう。

 トコトコと歩いてくる。


 フェンのことは森で拾った子犬だと、ごまかしておこう。

 もちろんフェンには人語を話さないように、今のうちに釘をさしておく。


「あっ? あっ、パパだ! かえっていたの⁉ おかえりなさい、パパ!」

「ああ。ただいま、マリア」


 家の中に入ってきて、マリアは驚いていた。

 同時に凄く嬉しそうにする。


「あれ、白いワンちゃん? どうしたの、パパ?」

「こいつはフェン。今日からうちの家族の一員だ」


 普通にしていれば白魔狼の子どもは、白い犬に見える。

 マリアも上手く騙されてくれた。


「ほんとう、パパ⁉ マリア、うれしい!」

『ワン、ワン!』

「フェンちゃん、きょうから、よろしくね! わたし、マリアだよ」


 フェンの演技力はたいしたものである。

 犬と同じ鳴き声を出していた。

 これなら村人たちも、こいつを普通の犬だと思うであろう。


「あっ、そうだ! マリア、お花をとってきたんだ! ちょっと、まっててね!」


 今日のマリアは友だちと、お花遊びに行っていた。

 摘んできた花が、隣の部屋にあるという。

 嬉しそうな顔で、マリアは取りに向かう。


『最後に一つだけ言っておいて、いいかな?』

「どうしたフェン?」


 マリアが隣に行ったのを確認して、フェンは小声で話しかけてきた。


『ボクは坊主ではない……女の子だ』

「なん……だと?」


 まさかの性別だった。

 オスだと思っていたフェンが、実はメス……2歳の女の子だったのだ。


(やれやれ……娘が一気に2人なるとはな……)


 こうして我が家は、新しい家族を迎えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る