第5話 ドタバタな暮らし

 マリア……娘と二人暮らしを始めて、1週間が経つ。


 慣れない5歳の幼女との暮らしは、想像以上にドタバタした毎日。

 だが今のところ生活は案外、順調であった。


「パパ。しょうてんに、おつかいに、いってきます!」


 マリアは朝の日課である、商店へのお使いに出発する。

 日用品や生活道具など、オレが頼んであるのだ。


「マリア、頼んだぞ。だが、商店の途中の坂は転びやすい。ちゃんと気をつけていくんだぞ」

「うん、わかった、パパ! いってきます!」


 『マリア』という呼び方もだいぶ慣れてきた。

 満面の笑みで返事をして、マリアは家を出ていく。


 ……だが心配である。

 やはりオレが直接、行った方がいいのであろうか?

 自分の本気の足の速さならば、商店までは数十秒で着く。


 いや……娘を村に慣れさせるためには、ある程度の放任も必要。

 可愛い子には旅をさせよ……そんな古人の言葉に習っていたのだ。


「だが、少し心配だな。仕方ない、見に行くとするか……」


 しばらくして、そう決断する。

 見守っても、直接的に手を出さなければ、いいであろう。


 オレは気配を全消しして、マリアの後を尾行するのであった。


 ◇


 オレは隠密の術を使いながら、マリアの後を追う。


 隠密術。

 これは傭兵時代に習得した技の一つ。

 自分の気配を消しつつ、周りの人間の気配や視線から逃れる技。

 戦場では偵察などの斥候で使っていた。


 この技を使ったオレを、普通の村人が発見することは不可能だった。


(おっ……いたな。無事に商店に到着していたようだな……)


 マリアは無事だった。

 迷いこともなく、坂で転ぶこともなく、商店に到着していた。


 よかった。

 思わずため息をつく。


 それにオレが書いたメモ用紙を、看板娘のカサブランカにちゃんと手渡している。

 完璧なお使いを遂行していた。


(さすがオレ様の娘。たいしたものだな……)


 一般的な女子の5歳児のが、どの程度のレベルか知らない。

 だが、こうして客観的に見ても、マリアはしっかり者のような気がする。


 ……いや、もしかしたら“天才”という可能性もあるかもしれない。

 いつか王都に行った時でも、学者に聞いてみるものいいかもな。


「あっ、マリアちゃんだ!」

「マリアちゃん、おはよう!」


 ん?

 そんな時である。

 商店の前でマリアが、数人の子どもたち挨拶されていた。

 

 あれは村の子どもたち。

 マリアと同い年くらいの、子ども女の子集団である。


「あっ! みんな、おはよう!」


 そんな古参の集団に対しても、マリアはちゃんと挨拶をしていた。

 村という集団生活の中で、同年代とコミュニケーションをとることは重要である。


 ……ちゃんと挨拶ができて、さすがだ。えらいぞ。



「マリアちゃん、後で一緒に遊ぼうよ!」

「お花遊びしようよ!」


 子どもたちがマリアのことを、遊びに誘っていた。


 この村では子どもも重要な労働力。

 だが同時に空いた時間には、遊ぶことも大事にしていた。


“子どもは良く働き、よく遊ぶ”……これは昔からの村のモットーである。


「お花あそび? たのしそう!」


 誘いの言葉に、マリアは目を輝かせていた。

 5歳の女の子ともなれば、色とりどりの花で遊ぶことに、興味惹かれるであろう。


「あっ……でも、マリア、おしごが、あったんだ……パパのやぶれた、お洋服をぬう、しごとしないと……」


 それはオレが朝、頼んでいた仕事の一つである。

 友達とお花遊びが出来なくなった……マリアは急に暗い顔になる。


(これはマズイぞ……)


 隠密術で隠れて見ていたオレは、急に気まずくなる。

 まさか自分のせいで、娘に不自由させてしまったことになるとは。


 こんな時はどうすればいいのだろうか。

 どうすればマリアが笑顔を取り戻すであろう?


(……あっ、そうか!)


 いいアイデアが浮かんだ。

 名付けて“マリア笑顔奪還作戦”


 オレは傭兵でありながら、多くの部下を率いて軍略を練っていた。

 その経験が生きたのだ。


(よし! 急がねば!)

 

 実行するために移動を開始する。


 隠密術のまま家にダッシュで帰宅。

 部屋の中の棚を空ける。


「よし、これだな」


 穴の開いた服と作法道具を、取りだす。


「ふう……さて……」


 不覚深呼吸して気を整える。

 手元の裁縫道具に、全身の神経を集中させていく。


「いくぞ!」


 気合の掛け声と共に、裁縫さいほう針を高速で動かす。

 動かしながらも、更に手元に集中していく。


「よし、こんなもんか?」


 先ほどまで空いていた大きな穴は、一瞬で修復された。

 オレが一瞬で裁縫したのだ。 


「久しぶりだったが、まずまずのデキだな」


 これは闘気術を応用した裁縫術である。

 集中力を極限まで高めることにより、細かい作業を短時間で行うのだ。


 ちなみに裁縫技術は、傭兵時代に習得している。

 戦で破れた服や革鎧、何でもってきた。


 傭兵たるもの生活技術も、自分で何でも出来ないと、一流とは言えないのだ。


「パパ、ただいま! おつかいに、いってきたよ!」


 ナイスタイミングでマリアが帰ってきた。

 笑顔でお使いの報告をしてくる。


 だがオレは知っていた。

 そんなマリアの笑顔が、少しだけ曇っていたことを。

 村の女子どもたちとお花遊びを出来ない悲しみを、無理に笑顔で隠しているのだ。


「パパ、つぎは、さいほうの、お仕事するね!」


 そんな悲しみを見せないように、マリアは笑顔で次の仕事に移ろうとする。

 穴の開いていたオレの服を、探し始める。


「あれ、パパのふく、なおってる?」


 服を見つけて、マリアは小さな首を傾げる。

 先ほどまで大穴が空いていたはずの服が、完璧に修復されていたのだ。


 こんな不思議がことが世の中にあるのであろうか?

 まるで妖精に騙されたように驚いている。 


「服の穴は、どうやらオレの勘違いだったようだ、マリア。だから裁縫の仕事はなしだ。代わりの仕事だが……ああ、そうだな。家の中が殺風景なんで、花を摘んで飾っておいてくれ。それで今日のマリアの仕事は終わりだ」


 流れるような上手い台詞である。

 まさに王家のお抱え演劇人も真っ青な、我ながら感心する演技力。


 これならマリアに気がつかれることはないであろう。

 マリアに仕事をしてもらいつつ、お花遊びも楽しんでもらえる。

 戦鬼オードルの一石二鳥な名演技である。


「パパ……ありがとう! うん! マリア、きれいなお花たくさん、さがしてくるね!」


 友だちとお花遊びが出来る!

 マリアは満面の笑みで喜んでいた。


 いい笑顔だ。

 オレも思わず心が緩んでしまう。


「じゃあ、オレは村長の家に行ってくる。遅くなるかもしれん」


 今日は村長に呼ばれていた。

 何かの仕事を頼みたい感じ。

 もしかしたら遅くなる可能性もある。


「なんか困ったことがあったら、隣の家の女を頼れ」


 そんな時は少し離れた隣の家の女に、マリアの食事などの世話を頼んでいた。

 女は未亡人で子どもの世話も慣れている。


 この村では子どもは全員で、協力して育てていく風習なのだ。


「うん、わかった! パパ、がんばってね!」


 満面の笑みマリアに送り出されて、家を出る。


 今までの傭兵稼業は孤独な人生だった。

 だから誰かに送り出されるのは、初めての経験。


「ああ……いってくる」


 どう返事をすればいいか分からず、思わず言葉が遅れてしまった。


 だが、こういうのも悪くないな……。


 初めて感じた感情を抱きながら、オレは家を出発するのであった。


 ◇


 村長家に着いたオレは、村長から話をされる。


「森に巣くう狼の群れを、退治して欲しいだと?」


 村長から頼まれたのは、村の近くに最近出没する狼の退治であった。

 何でもここ数日、村人によって目撃が増えてきているという。


「ああ、そうじゃ、オードル。このままだと被害が出るかもしれん。引き受けてくれるか?」

 

 狼の群れは厄介である。

 最初はか弱い家畜を襲ってくるが、そのうちエスカレートしてくる。


 だが何故オレに頼んでくるのだ?


「狩人のサムはどうした、ジイさん?」

「サムのやつは、先日の狩りで足を怪我していた。だから今の村では、お前くらいしか頼めないのじゃ」


 なるほど、そういうことか。

 オレが“戦鬼”と呼ばれていたことを、村長たちは知らない。


 だがガタイのいいオレは、村の中でも一番腕っぷしがいい。

 それに幼い頃から、狼や獣退治をしてきた経験もある。


 だから村長も頼ってきたのであろう。


「ああ、いいぞ。ジイさん」


 狼の群れは厄介である。

 そのうち村人に被害が出るかもしれない。


 そして最初に狙われるのは、か弱い村の子どもたちなのだ。

 5歳児のマリア……を守らないといけない。


「おお、感謝するぞ、オードル! 狼の数は多い。他に男衆もつけよう」

「いや、ジイさん。無用だ。オレ一人でいい」


 村長の好意を断る。

 辺境のこの村の中では、弓矢が使える男衆は多い。


 だが彼ら所詮は一般人。

 オレの動きについてこられず、血色は足手まといになるのだ。


「じゃあ、行ってくる。マリアのことを頼んだぞ、ジイさん」

「ああ、任せておけ。気をつけてな、オードル」


 村長に弓矢一式を借りて出発する。


 狼狩りは何日かかるか分からない。

 その間のマリアの世話のことを頼んでおく。

 これでオレは狼狩りに専念できる。


(さて、さっさと片付けて、家に戻るとするか)

 

 こうして村を悩ませている狼狩りに、オレは向かうのであった。

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