第4話 手探り状態のスタート

 自分のむすめだと思われるマリアを拾い、母親が見つかるまで一緒に暮らすことになった。

 村長そんちょうの家を出たオレは、帰宅する前にある場所に寄る。


「パパ、ここなに?」

「ここは商店しょうてんだ。おい、誰かいるか? おおかみ三頭さんとう仕留しとめた。換金かんきんしてくれ?」


 やってきたのは、村で唯一の商店しょうてんである。

 商店しょうてんと言っても、都市にあるような立派なものではない。


 ここは村で余った作物や毛皮を、大陸共通貨幣たいりくきょうつうかへい換金かんきんしてくれる場所。

 何でも屋と呼んだ方が、分かりやすいであろう。


 今回オレが立ち寄ったのは、投石とうせき仕留しとめた3匹のおおかみ換金かんきんするため。


 この地方のおおかみの肉は、不味まずくて食えない。

 だが毛皮や爪牙そうがは、都市に持っていけばけっこうな値で売れる。

 そんな時はこのきたな商店しょうてんに持ち込むのだ。


「なるほど、パパ、すごい!」


 説明を聞いて、銀髪ぎんぱつ幼女ようじょマリア……むすめマリアが目を輝かせている。


 そんなに珍しいものではないはずだ。

 もしかしたら商店しょうてんという存在を、初めて見るのであろうか?


 だとしたら今までどんな辺境へんきょうに住んでいたんだ?


きたな商店しょうてんで悪かったですね? 大声で誰ですか?」


 オレの声を聞きつけて、奥から店番が出てきた。

 きたないという言葉に反応して、少し不機嫌そうである。


「いたのか、カサブランカ? 村の入り口でこのおおかみ仕留しとめた。換金かんきんしてくれ。相場は任せる」

「って、オードルさんだったんですか⁉ いつ、帰ってきたんですか?」


 店番はカサブランカという少女。

 歳は今年で18歳くらいのはずだ。


 オレとは昔から、ちょっとした顔見知りである。

 といっても変に勘ぐってもらっては困る。


 さすがのオレも、こんな10代の少女に手は出さない。

 前に帰省した5年前に、この子の命を助けたことがあった。

 それ以来、何かとしたわれていたのだ。


「村には、さっき帰ってきた。こいつを換金かんきんしてくれ。相場は任せる」


 長い世間話はあまり好きではない。

 オレはおおかみの毛皮と爪牙そうがをカウンターに乗せて、鑑定かんていをしてもらう。


「あっ、はい。これは、いい品ですね。すぐに換金かんきんします。それにしても変な毛皮ですね? どうやって仕留しとめたのですか?」


 普通、おおかみる時は、弓矢や罠を使う。

 だが今回の毛皮は、頭部の部分が丸ごと欠落けつらくしているのだ。


投石とうせき仕留しとめた」

「えっ……石で、おおかみを……ですか?」


「ああ。そうだ。少しやりすぎた」

「いえ、いえ……相変わらずすさまじいですね、オードルさんの力は!」


 オレに戦鬼せんきという異名があることは、村の誰も知らない。

 だが昔から怪力であったことは、村でも有名だったのだ。


「すごかったんだよ! ピューンって、石をなげて、パンッ! ってたおしたの!」


 背伸せのびしながらマリアが、説明を開始する。

 興奮こうふんしながら、カサブランカに語っていた。


「なるほど、さすがはオードルさんですね! ところでオードルさん、この可愛いは、どこの家のですか?」

「こいつは……一応はオレのむすめらしい」


「えっ? オードルさんのむすめですか……?」

「ああ、そうだ。母親はどこにいるかも不明。とにかく今日から村で世話になる」


 唖然あぜんとするカサブランカに、事情を説明しておく。

 村で唯一のこの商店しょうてんには、今後とも何かと世話になるであろう。


「えっ……オードルさんにむすめさんがいた? でも奥さんが不明? そんな……」


 説明を聞いても、まだカサブランカは混乱していた。


 その気持ちはよく分かる。

 当人であるオレですら、未だに混乱しているのだ。


「じゃあ、また世話になる」


 唖然あぜんとしたままのカサブランカに、日用品の注文のメモを渡しておく。

 今後の生活で必要になる、穀物こくもつ乳製品にゅうせいひんなど生活必需品である。


「あと、この年頃の女のが必要になりそうな物も、適当に見繕みつくろってたのむ」


 5歳の女のに、何が必要なのか想像もつかない。

 その辺は同性のカサブランカに任せておこう。


 金は先払いで多めに払っておく。


 さて、これで今日の分の仕事は終わり。

 オレたちは商店しょうてんを出ていく。


「さて、家に向かうとするか」


 こうしてオレたち二人は家に戻るのであった。


 ◇


 我が家は村外れにあった。

 1階建ての平屋で、木造の小さな建物である。

 10年前に亡くなった村人の空き家を、オレが買い取った物だ。


「ふう。相変わらずホコリがまっているな。まずは掃除だな」


 帰宅したのは実に5年ぶり。

 まずは家中の窓と扉を開放して、ホコリを出さないとな。


「すごい! パパのいえ! 家にすむの、マリアはじめて!」


 マリアはかなり興奮こうふんしていた。

 子どもだから何でも喜ぶのであろう。


 それにしても“家に住むのが初めて”とはどういう意味であろうか?


「マリア、ママとふたりで、ずっと旅してたの!」


 なんだと?

 産まれてからずっと定住ていじゅうしないで、今まで生きてきたというのか、お前は?


 母親はいったい、なんの仕事をしているのであろう?

 旅芸人や行商人などの、流れの仕事をしているのかもしれない。


 だが、そんな女の記憶はオレにはなかった。


「家うれしいな~。うれしいな~」


 とにかくこいつも、なかなかの不幸な人生を、今まで送ってきたのかもしれない。

 あまり深く聞かないでやろう。


「ママとのまいにち、たのしかったよ! つらくはなかったよ、パパ!」


 ああ、そうかのか。

 不幸だと決めつけて悪かったな。

 まったく前向きで元気なやつだ。


「とにかくお前の母親が見つかるまでは、ここにしばらく住むことになる。覚悟かくごしておけ」


 辺境へんきょうの村では、幼子おさなごも貴重な労働源である。

 5歳児であるマリアにも、ちゃんと働いてもらうつもりだ。


 だが5歳児の女のは、どのくらいの仕事が適しているのであろうか?

 今まで子供こども使役しえきしたことがないオレは、思わず考えてしまう。


「うん! マリア、がんばって、はたらくの!」


 そんな立ちつくすオレを横目に、マリアがさっそく働きだす。


「パパ、おそうじの水、どこ? いど? かわ?」

掃除そうじの水だと? それなら裏の小川おがわの水を使う。運んでくるおけは、そこの……」

「わかった、パパ!」


 驚いた……。

 5歳児はこんなにテキパキと、働きだすものなのか?


 言葉はまだ舌足したたらずだが、マリアはちゃんと考えながら動いている。

 これには思わず驚く。


「じゃあ、水くみに、いってくるね、パパ!」


 唖然あぜんとしていたオレを横目に、マリアは水汲みずくみに出発する。

 家の中を掃除そうじするために、頑張るつもりなのであろう。


「おい、ちょっと待て! 裏の小川おがわは足をすべりやすい……」


 止めるまもなく、マリアは飛び出していった。

 小川おがわから落ちて、怪我でもしたら大変だ。


 女は顔が命。

 もしも顔を怪我けがしたたら……想像して、オレは青くなる。


「クソッ!」


 オレはあわてて後を追いかける。

 マリアの姿を必死で探す。


「まったく、これからどうなることやら……」


 未知みちの生物である5歳の幼女ようじょとの生活。

 こうしてオレとむすめマリアの暮らしは、本格的にスタートするのであった。

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