第2話 故郷へ帰る

 王都で火事から一夜が明ける。


「さてと。これからどうしたものかな?」


 オレは王都から離れた、小さな宿場町にいた。昨夜の夜襲で、焼死していなかったのだ。


「転ばぬ先の杖……とは、このことだったな」


 オレは万が一に備えて、屋敷に脱出経路を用意しておいた。だからこうして生き延びていたのだ。昨日は夜中のうちに、この宿場町まで、徒歩で移動してきた。


「おや? 昨夜の王都のことは、だいぶ噂になっているようだな?」


 宿場町の広場をぶらつきながら、密かに情報収集を行う。“戦鬼オードルの焼死”の噂は、広場にいた交易商人によってされていたのだ。


(この噂を流したのも、おそらく首謀者の連中だな)


 情報操作というやつである。火事で死んだことを先に流して、事件の噂を消している。敵ながら、なかなかの手際の良さだ。


(だがオレとしては、これはありがたいな)


 こう見えてもオレは有名人。死んだと噂されているのなら、正体がバレる心配がなくなる。だが念のため、今は変装をしていた。


 トレードマークの髭を全て剃って、フードも深く被っている。服装も旅人風で、我ながら完璧な変装である。戦鬼と呼ばれていた英雄が、小汚い旅人の恰好をしている。誰も予想もしていないであろう。


(それにオレの顔を、市民は知らないからな)


 凱旋時には兜を深く被っていた。だから今も誰も気が付いていないのだ。


「さてと。これからどうしたものか?」


 自分の外見を確認したところで、もう一度つぶやく。状況的に、今さら王都には戻れない。


(では他国に傭兵として志願するか?)


 いや、それも愚策。何しろ今は停戦協定が結ばれた平和な時代。死んだはずの傭兵を、雇ってくれる国は少ないであろう。


 これから武の力は無用となる時代。内政を司る文官や、商人たちの時代になるであろう。剣を振るうしか能のない傭兵の時代は、もう終わりなのだ。


「それなら久しぶりに、村へ帰るとするか……」


 行く先が決まった。足の向かう方向を、北に向ける。孤児であるオレにも、故郷と呼べる村が北方にあるのだ。辺境の貧しい村だが、数年に一度は帰るようにしていた。


「村で畑でも耕しながら、のんびり暮らすか」


 幸いにもある程度の生活費は持っている。昨夜の火事のどさくさに紛れて、宝石や金貨の類を持ってきていたのだ。傭兵にとって、金は大事な生命線。これさえあればどんな土地でも、しぶとく生きていけるのだ。


「さて行くとするか。それにしても背中がスースーするな。まあ、じき慣れるだろう」


 いつも背中に差していた愛剣は、王都の鍛冶屋に置いてきたまま。まあ、どうせオレ以外には使えない代物。問題はない。


 それ以外の武器と防具は、昨夜の火事で全て燃えてしまった。戦鬼オードルが焼死した証として、今ごろ国王の目に止まっているであろう。


「こうして武具を持たないのは、久しぶりだな」


 今持っている武装は、生活用のナイフだけ。果物とかを剥く小さなヤツだ。


「これからのんびりと、いくとするか」


 だが不安はない。全てを捨てて生きていく自分には、お似合いの相棒である。


「さて、五年ぶりの故郷か。どうなっているかな?」


 こうして生まれ故郷へ向けて旅立つのだった。


 ◇


 宿場町を出発してから、一週間ほど経つ。


 故郷へ向けて順調に進んでいた。あと少しで故郷の景色が見えてくる距離まで、近づいてきたのだ。


「久しぶりの徒歩での旅だが、悪くはないな」


 ここまで定期便の馬車を使わずに、ひたすら歩いてきた。馬車を使わないのは、一応の用心のため。何しろ今のオレは、死んだことになっているのだ。


「それに闘気術とうきじゅつを使って駆けた方が、馬車よりも速く走ることができるからな」


“闘気術”……これは大陸で使われている、戦闘術の一つだ。


 街道を移動しながら、改めて闘気術について整理していく。これは体内にある生命の源の“気”を糧とする、身体能力を向上させることができる技だ。


 その向上効果は多岐にわたる。筋力増加、俊敏力向上、耐久力アップ、五感向上、回復力増大など。


 簡単に説明すると、闘気を練り上げることにより、通常以上の力を出すことができるのだ。


「まあ、“火事場のクソ力”と呼んでいる連中も多いがな」


 一般人でも多少の闘気を、体内に持っている。訓練しなくても限定的だが、出すことは可能。


 だが戦場において、闘気術は重要な存在となる。腕利きの騎士や傭兵になると、専門的な闘気術の鍛錬が必須なのだ。


「だが最近では闘気術自体が、軽んじられている傾向もあるがな……」


 闘気術の会得とレベルアップには、尋常ならざる鍛錬が必要となる。なおかつ鍛錬方法も地味なものが多い。


 そのため近年では若い騎士などを中心に、闘気術に頼らない戦い方をする者も多い。近年は金属鎧の性能が格段と向上。また合わせて武器の威力の進化も著しい。それらの強力な武具で戦闘力を強化していくのが、最近の流行りである。


 つまり時間のかかる闘気術を会得させなくても、各国は戦力を増強できるのだ。


「これも時代の流れ、というやつか? 悲しいことだな」


 本当に強くなるためには、武具に頼ってばかりではダメだ。これは傭兵として数々の戦場で生き延びてきた、オレの信条。


 本当の戦いとは闘気術を鍛えて、武技も同時に磨いていく。そうしなければ戦場で生き延びることはできないのだ。


「まあ、今のオレにはもう関係ないことだがな」


 街道を駆けながら、自虐的に笑う。何故なら武人としての“鬼神オードル”は、一週間以上前に死んだことになっている。


 これから自分を待っているのは、故郷での平凡な暮らし。畑いじりに、戦場の技は必要ないのだ。


 ◇


「ん? なんだ、あれは?」


 街道を進んでいた、そんな時である。場所的に故郷の村まで、あと少しのところ。進路上で“何か”を察知した。


 すぐさま闘気術で視力を向上させて、前方を確認する。


「あれは子どもか? 子どもが狼の群れに襲われているのか?」


 それは危険な状況。幼い子が数頭の狼に、取り囲まれているのだ。


「村の子どもか? 大人たちは何をしているんだ⁉」


 場所的に故郷の村の子どもであろうか? 


 だが周りには大人の姿はない。たった一人で狼に囲まれているのだ。ということは迷い子か? どちらにしろ危険な状況だった。


「ちっ。仕方がない!」


 考えるよりも身体が先に動いていた。身を低くして、足元にあった石を数個拾う。同時に腰布を手に持ち、石を絡める。


(投石か。久しぶりだが、やるしかないな!)


 これは簡易的な投擲器。遠心力を使って、遠方に攻撃する武器である。


 よし……攻撃の準備はできた。狙うは狼の集団。その中でも一番大きい個体だ。その脳天に投石を食らわせてやる。


「はっ!」


“パン!”


 オレが投石した次の瞬間。前方で狼の頭が吹き飛ぶ。石が見事に命中したのだ。


 よし。いいぞ。投石の腕は鈍っていなかったな。では、どんどんいくぞ。オレは第二、第三の投石を行う。


「よっ!」


“パン! パン!”


 全弾命中。二体の狼が頭を吹き飛ばされて、即死する。


「久しぶりだったが、まあまあの命中率だな」


 これは闘気術を使った技の一つ。技と言っても身体能力を向上させて、石を投げただけである。


 だがオレは怪力無双と呼ばれる力自慢。その地力に闘気を加えたら、壁すらも貫通する破壊力を生み出すのだ。


 さて。残りの狼も狙うとするか。その前に殺気を少しだけ出して、狼たちを威嚇する。


『キャン、キャィーン!』


 そんな時、残った狼は逃げ去っていく。危険を察知して一心不乱に散っていく。


 オレの殺気を受けて、負けを悟ったのであろう。さすがは野生の獣はいい判断をする。愚かな人間よりも、よっぽどいい判断力を持っている。


「さて。あとは大丈夫そうだな」


 周囲に他に危険な気配はない。襲われていた子どもの、安全の確認に向かうとするか。


「そういえば……少しやりすぎたかもしれんな?」


 子どもの精神状態が心配になる。何しろ目の前で獣の頭が、いきなり吹き飛んだのだ。


 幼い子どもが見たら、トラウマになっている危険性もある。緊急事態とはいえ、少しやり過ぎたのもかもしれない。


「ふう……どうやら、大丈夫そうだな?」


 幼子の前までやってきて、安否を確認して一安心する。


 助けた子どもは、特に錯乱した様子もない。むしろ落ち着いた様子である。


(ん? 女の子か?)


 間近で見て、性別が判明した。


 助けたのは少女であった。銀色のキレイな髪で、女もののスカートをはいている。歳は4、5歳くらいであろうか。かなり容姿の整った幼女である。


「おなじかみの色? おーどる?」


(なっ⁉)


 いきなり幼女に名前を呼ばれた。動揺して声を出しそうになるのを抑える。


(なぜオレの名を⁉)


 助けたのは知らない子だ。前に村に帰った5年前には、いなかった子である。


 だが、なぜこの子は、オレの顔を知っているのだ? 


 髭も剃り、髪の毛も切った、この完璧な変装を見破ったというのか?


「オードル、パパだ!」


「なっ……パパだと⁉」


 今度は声を抑えることができなかった。思わず声を上げて驚く。


「このオレがパパ……だと?」


「パパ、やっと、あえたね!」


 こうして故郷に戻ったオレは、知らない幼女に『パパ』と呼ばれるのであった。


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