戦鬼と呼ばれた男、パパと呼んでくる幼女を拾い、一緒にスローライフをはじめる
ハーーナ殿下
第1話 暗殺される
王国と帝国は長きに渡り、戦を繰り返してきた。
だが、ここ一年で戦局は大きく動く。帝国との決戦に、王国は勝利。
自国にとって有利な停戦協定を結ぶことができたのだ。
王都の城では停戦を祝い、盛大なパーティーが行われることになった。
王国に傭兵として雇われていたオレも、パーティーの席で祝いの酒を飲むのであった。
◇
「戦鬼オードル、お前を粛清する!」
だが事件は、その日の深夜に起きた。
祝い酒で心地よい眠りについていたオレは、黒づくめの集団の夜襲を受けたのだ。
「オレを粛清するだと? いったい何のために?」
オレは戦場では“戦鬼オードル”として、敵味方に恐れられていた。人違いではないであろう。
だから寝室に侵入してきた相手に、理由を尋ねる。
「……」
「なぜ味方であるオレを殺そうとするのだ?」
無言の相手に、再度尋ねる。
言葉の訛から、王国の者であることは間違いない。つまり状況的に自分は友軍に、暗殺されようとしているのだ。
ゆえにオレは相手に理由を聞いたのだ。
なぜ仲間を殺そうとするのか? と。
「この火の回り方だと、あまり時間はない。誰か早く答えてくれ?」
ちなみに自分が寝ていた建物は、ごうごうと燃えている。ここは王都のオレの屋敷。
こいつらが周囲に火をつけたのであろう。
「…………」
何度尋ねても、黒づくめの集団は答えてくれなかった。
相手の反応も予想はしていた。
こいつらはどう見てもプロ暗殺集団。余計なことは言わないように、訓練されているのだ。
「はっはっは……理由が知りたいだと、オードル?」
そんな時、一人だけ反応した男がいた。
奥に隠れていたところを見ると、集団を率いて指揮官なのであろう。黒い布を取って、素顔を見せてくる。
「お前はたしか……黒羊騎士団の?」
その指揮官の顔に見覚えがあった。
王国軍の中でも、上位の騎士団に所属する騎士。名前は覚えていない。
「つまり今回のこの暗殺は、上からの差し金ということか?」
指揮官の顔を見て、全てを察した。
こいつは国王の汚れ役を影で引き受けている男。つまり今回の襲撃も、国王の指示があったのであろう。
「学のない下賎な傭兵のわりには、頭が回るようだな! その通りだ、オードル! お前は国王陛下の名にかけて、ここで粛清されるのだ!」
聞いてもいないことを、相手はベラベラと語り出してきた。
オレを取り囲むのは、数十人の黒づくめの武装集団。ゆえに余裕があるのであろう。
「なるほど、そういうことか」
だが、これで黒幕が確定した。やはり国王が今回の黒幕なのか。
「あの国王がオレを粛清だと? 心外だな。この王国のために、だいぶ尽くしてきたつもりだが?」
オレはしがない傭兵だが、縁あって王国には長く仕えてきた。
ここ五年は常に最前線に立って、武功を上げてきた。王国の騎士たちよりも活躍はしてきたはずだ。特に今回の休戦協定では、一番の功を上げている。
それなのにいったいなぜ。国王はオレを粛清するのであろうか?
「それが問題なのだ、オードル! お前は下賎な身分の傭兵のクセに、武功を上げすぎてきたのだ! 停戦協定を結んだ今、お前のような存在は、むしろ邪魔なのだ!」
なるほど、そういうことか。今回の事件の背景が読めてきた。
どうやらオレは頑張りすぎたようである。
数々の戦で常に一番働きをして、騎士を超える名誉を手にしていた。敵味方から“戦鬼”を恐れ呼ばれるほどに。
だから平和になった今は、傭兵であるオレが邪魔になったのであろう。
「オードル! お前だけは生かしておくわけにいかない! オレたち騎士の誇りを、何度も傷つけてきた、下賎なお前だけは!」
やれやれ。騎士のプライドというものは、ここまで安いものなのであろうか。
だがオレのことを妬んでいる者は、この男以外にも多いのであろう。特に騎士階級の連中は、オレのことを毛嫌いしていたからな。
(ふう……まったく女々しい連中だな)
尽くしてきた国から、暗殺者を向けられてしまった。
今回のことに対して、特に怒りや悲しみはない。
むしろ虚しさばかりが込み上げていた。
(残念だが、これも傭兵の悲しいサガか……)
傭兵であるオレは、特に国に対して忠誠心は特にない。
だが自分なりに、この王国のためには尽くしてきたつもり。この五年間の戦いは、いったい何だったのだろうか?
かなり虚しく感じてきた。
「まあ、理由は分かった。ところで聞く。そんな誇りある騎士様が火をつけて、野蛮な夜襲をするのか? しかも大人数で囲んで、オレを殺すつもりか?」
聞きたいことは判明した。
あとは適当に会話で、時間を稼いでおく。
「うるさい! これは暗殺ではない! 聖なる粛清である! 害をなす戦鬼に、陛下の名のもとに聖なる鉄槌を下すのだ!」
随分とペラペラしゃべってくれる男だ。
「さすがの戦鬼も、この多勢に無勢では、諦めた方がいいぞ! お前の部下の助けも、今宵は間に合わないぞ! それに自慢の愛剣も、今は鍛冶屋にあるのだろう? バカなやつめ! はっはっは……!」
相手の指揮官は、勝利を確信していた。
ペラペラと喋るバカだが、暗殺に関しては無能ではないのであろう。
その証拠に今回の夜襲では、相手は万全を期している。
(たしかにこいつが言うように、傭兵団の連中が近くにいないのは、痛いな……)
オレには三千人の“オードル傭兵団”の部下がいる。
だが今日は停戦協定のパーティーがあったため、王都にはいない。
それにオレの愛剣は鍛冶屋に直しに出して、手元にない。
「はっはっは……観念しろ、オードル!」
更に百人規模の集団に、屋敷は取り囲まれている。
たった一人を暗殺するには、用意周到すぎる準備だ。
だからこそ指揮官は絶対に失敗しない。その自信でペラペラ喋ってきたのだろう。
(さて、どうしたものか……)
そろそろ火がいい感じに燃えてきた。
時間稼ぎも終わり、今後について考える。
包囲している暗殺集団を、皆殺しにするのは不可能ではない。
愛剣がなくとも、素手で二十人は軽くひねり殺せる。その後は相手の武器を奪って、残り全員を返り討ちにできる。
戦場で恐れられている“戦鬼”の名は伊達ではないのだ。
(だが……)
返り討ちにした先に、何が待っているか?
予測するのは簡単だ。
恐らく国王からの第二、第三の暗殺者が、すぐに差し向けられるであろう。
今度はオレだけではなく、部下のオードル傭兵団にも。
(アイツらは、まだまだ半人前だからな……)
オレは暗殺者など何百人来ても、構わない。
だが部下の連中は違う。
長らく抵抗を続けていれば、国王から大軍を向けられて、部下はいつか全滅してしまうであろう。
(ふう……そろそろ頃合いだった、ということか)
幼い頃から剣を握って、各地で傭兵として武功をあげて二十数年。
ついに終わりの日が来たのであろう。
「では、そろそろ終わりにさせてもらうぞ」
考えた末に、オレは覚悟を決めた。
炎で崩れ始めた屋敷の奥に、向かって進んでいく。
服に火が移ってきた。だが構わずに、炎の最深部へ向かって歩いていく。
「なっ⁉ なっ⁉ 気でもおかしくなったのか、オードル⁉」
相手の指揮官は、オレの奇行に驚いていた。
先ほどまで冷静だった暗殺者たちも、声を上げて動揺している。
まさか名高い戦鬼が自殺をするとは、相手も予想していなかったのであろう。
「じゃあな。この世には愛想が尽きた。業火に焼かれて、先に地獄で待っているぞ!」
そんな連中にはわき目もふらず、オレは業火の中に飛び込んでいく。
直後。
燃えている巨大な柱が、頭上へと落ちてきた。
こうして戦鬼と呼ばれた男は、大陸から消えるのであった。
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