世界一可愛い彼女ができました!(シリアルキラーだけど)

彼女は僕に気づくと、優雅な足どりで僕の方へと歩いてきた。

片手にナイフを持って。


「エルメスくん…女の子をつけ回すなんて感心しないな~。陰湿な男の子は嫌われちゃうよ?」

「そ、そんなことより……君が、やったわけじゃないよね……?その…そこの人…」


僕は倒れている男───だったものを指差して言った。

まだ、彼女がやった可能性を信じられない。

頼む。僕の勘違いであってくれ。


「うん。私が殺したんだけど。それがどうかしたのかな?」


……勘違いじゃなかった。

僕の淡い希望は霧のように消えていった。

あぁもしかしてこれ、夢?

だっておかしいもんな。好きな女の子が、指名手配されてる殺人鬼だったとか……リアリティ無さすぎるもんな。

うん、夢だよこれ。多分


あまりの恐怖と絶望に…僕はもう、現実逃避を始めていた。

しかし。


シャキン。


「………ヒッ!?」


僕の右目の、数ミリ先に。

血がこびりついたナイフが突きだされた。


「ごめんね~、わたし、キミに恨みはないんだけどぉ………見られたからからには、生かしておくワケにはいかないの。だからぁ………」


フラッペちゃんは、恐怖で動けない僕の胸ぐらを掴む。その腕は華奢なのに万力のような力があった。

フラッペちゃんの闇のように真っ黒な瞳が、僕を写している。


「………死んでくれる?エル…名前なんだっけ?ま、いっか。じゃあね~♪」


つまらなそうにそう呟いたあと………

彼女の顔から、慈悲の色が消えた。

そ、そんな……僕は、こんなところで死ぬのか…?

まだ、高校にも行ってない子供なのに。

まだ、何も成し遂げてないのに。


「まっ………待ってくれっ!!」

「え?なぁに?」


間一髪、僕は言葉を差し込む。

彼女はきょとんとした顔で見つめてきた。


「こ、殺す前にっ……一言だけ言いたいことがあるんだっ!き、聞いてほしい…!」

「な~んだそんなことかぁ。うん、いーよっ。めんどくさいけど……キミの"遺言"、ちゃんと聞いててあげる♪」


フラッペちゃんは、グロテスクな見た目のナイフとは真逆に……にっこりと優しく微笑んで。

ナイフを少しだけ離してくれた。

『さっさと言え、言い終わったら殺す。』ということなのだろう。


くそ、どっちにしろ殺されるのかよ……!可愛い顔して、こんな無慈悲な殺人鬼だったなんて。

ホント、顔や声はめちゃくちゃ可愛いのに……

ていうか脅してくるフラッペちゃんも可愛いな。いつも優しいところしか見たことないから、こういうのが見れるのは新鮮だ。

あと、今は目と鼻の先に彼女の顔がある。いつもなら絶対にありえない距離だけど……


いやていうか、至近距離で見たらめちゃくちゃ可愛いくないか!?


目、おっきい!肌ツヤツヤ!大きな黒いマスクしてるのが、逆に色っぽくて良い!

あとまつげ長っ!これはさっきも言ったけど!

やっぱり、彼女は可愛すぎる…!相性が良いってレベルじゃない……僕を恋させる為だけに生まれてきた、と言われても一瞬で納得してしまうレベルだ……


呆れたことに、僕は今………フラッペちゃんの可愛さを、再認識していたのだ。

こんな、命が関わっている場面で。ちょっとのんきすぎないか僕。

いやもちろん、自分の命も大事だよ?頭の半分くらいはまだ死への恐怖で埋め尽くされてるよ?

でももう半分は………彼女への愛で、ぎっちり埋め尽くされていた。


「ねぇねぇ早く言ってよ~。わたし時間ないんだからさぁ。ていうか、もう殺しちゃってもいい~?」


彼女はナイフを指でぷらぷらと弄びつつそう呟いた。

彼女はもう飽きたって様子だったけど……僕の中では、決意が固まりつつあった。


どうせ僕は、このままじゃ死ぬんだ。

だったら………最後に。男として、一世一代の勝負をしてやろうじゃないか。

僕は胸から息を大きく吸いこみ………"その言葉"を、口に出した。



「…………き……です……」

「え?なに?聞こえないよ~?もっと大きな声で………」



「好きですッッ!!!あのッ、僕これから死んじゃうかもしれないんですけど、僕と付き合ってくださいッッッ!!!お願いしますッ!!」



それを言った途端、全てが終わった気がした。上手く言えないけど、自分の命とか、そういう全てが。

そして今更ながら、僕は我に返ってしまった。

僕、なんでこんなバカなことしちゃったの!?いくら好きだからって、相手は殺人鬼だよ!?バカなの!?

命か恋かっていったら、普通は命を選ぶだろ!

いや、ホント……何やってんだ僕………


きっと彼女もさぞかしドン引きしただろう。

こんな命の危機に告白してくる男とか、絶対付き合いたくない。

想像してみてよ、もしも自分が殺そうとしてる女の子が、「殺されそうだけどあなたのことが好きですっ!彼氏になってください!」とか言い出したら。

………ちょっと嬉しいかも………

っていやいや!それは僕だけだろ!!バカ!!!


僕はそうして、一人で勝手に悶絶していた。

しかし、そんな一人悶絶大会は…一つの声によって、ピタリと止まる。


「………それ、ホント?」

「え……?う、うん……」


フラッペちゃんは、一切感情を感じさせない無表情でそう聞いてきた。

こ、怖い!ただでさえマスクしてるから、表情がマジで読めない!

でもこの感じ、超怒ってるのでは!?

あぁ、これは刺殺確定だな…もう切るなり刺すなり好きにしてください……


僕は観念してふっと目を閉じる。お母さん、お父さん。僕は最後まで恋のために生きた、誠実な男でありましたよ───


しかし、彼女の反応は。

僕の遥か予想の斜め上をいくものだった。


「…………嬉しいっ!」

「は、はい?」

「わたしの事、そんなに愛してくれてるんだぁ…!」


まさかの、喜びのリアクションだった。


「いいよ───あなたと付き合ってあげる。エルメスくん、だったよね?」


そしてまさかの───OKまで、もらいました。


「え、えぇぇ!?な、なんでっ!?いや告白したのはこっちだけど、そんな簡単にOKする!?」


だって僕達まだ他人どうしだよ!?いやホント、自分で告白しといてって話だけどさ!


「簡単に、なんてひどいなぁ……ねぇねぇ知ってる?人ってさぁ…自分が死ぬって分かったら、何でもかんでも喋っちゃうんだよ?例えばさっき殺した人はね、"俺は毎日必死に働いてんのに、なんでこんな目に遭うんだよ"って言ってたんだぁ。自分の年収までペラペラ話してたよ。おもしろいよねー。」


フラッペちゃんは笑い話でもするみたいに語った。実際に、目を細めてクスクスと笑っている。

……僕は正直、笑えなかったけど。


「だからね。こんな生死の境にいるのに、告白してくれるって事は……それって、わたしの事が本当に大好きって事でしょ!そうだよね?きゃーっ!わたし、こんなに熱烈な愛を受けたの初めて!」


フラッペちゃんはまるで小学生の女子みたいに、ぴょんぴょんと幾度か跳び跳ねてみせた。ツインテールもぽんぽんと激しく揺れる。

え、こんなに喜ぶ…?告白がまさかここまで上手く行くとは思わなかった………


「あ、でもぉ……付き合うんなら、"ボス"に紹介しないと!」

「え……ボス?」

「そう、ボス。わたしが所属してる───"ピエール・ティンクラ"にね♪」


ピエール・ティンクラ───

その名前を聞いた途端、背筋が凍る。

街で有名な、犯罪組織じゃないか。確か、薬とか違法な武器とか売ってるっていう噂の………

そこのボスに紹介されるってのは、つまり───


「分かってるとは思うけどぉ……もう二度と、普通の生活は送れないからね?今まで仲良くしてた子とは、一生のバイバイしておいてね~♪」

「そっ、そんな……!待ってよ、僕にはまだ、大事な人が───」

「………大事な人って何?」


フラッペちゃんの声が急に低くなった。抑揚の無い冷たい声を、僕に投げかけてくる。


「女の子に告白したんならさぁ…全てを捧げる覚悟くらいできてるでしょ?まさか生半可な気持ちで告白したの?違うよね?ねぇ?」

「い、いや…そういうわけじゃ……」

「じゃあ、もう覚悟はできてるよね~♪さっそくわたしの組織にご招待~♪」

「わわ……!」


僕はフラッペちゃんに手を引かれ───路地裏へと引きずり込まれた。

振りかえると、自分が入ってきた入口がどんどん遠ざかっていくのが見えた。

平和な世界が、逃げてゆく。

そして路地裏の奥に待ち構えるのは………危険だけが待つ、闇の世界。

これからどこに連れていかれるのかは、全く分からない。

ただ、闇の案内人である………彼女のみが、知っている。


「ようこそ………こっち側の世界へ♡」


顔すら見えない、薄暗い闇の中で。

彼女の笑みだけが、はっきりと見えた気がした。


こうして僕は……街一番の犯罪組織の仲間入りを果たしたのだった。

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