エピローグ
ラーメン屋台、“コクとまろやかさとフクロウ”に、ひとりの客がやってきた。
「大将、やってますか」
「
「バゲットホイールエクスカー麺。それと
「味玉は?」
「
「あいよ」
ラーメンができるまでの間、陽ノ子は暖簾の下から見える景色に思いを馳せた。
バゲットホイールエクスカベーター粉砕事件から一か月。かのナンバーワン重機の通り道は廃墟となった。陽ノ子の居城たるジャンプ編集部も例外なくバゲットホイールでエクスカベートされ、陸の藻屑だ。
しかし、そこは地球のゴキブリとも呼ばれた生命力と繁殖力を持つ人間。バゲットホイールエクスカベーターの通り道は更地と化した数日後には、新たな大通りとして復活したのだ。
ジャンプ編集部も同様、復活の兆しを見せている。ビルは現在再建中、青空オフィスで漫画家たちはストリートライブ執筆を行いながら週刊連載を続けている。
編集長たる陽ノ子は今日も、ジャンプ完全復活のために働き、その〆としてラーメンを食べに来たのだ。
「この辺もすっかり賑やかになりましたね。前よりも活気にあふれてるんじゃ?」
「そうだねえ。バゲットホイールエクスカベーション祭りなんかも開催されたし、再開発の手間も省けて賑やかになった。今度あの重機をクリスマスツリーにしてイベントをやるんだ。私もチャーシューの飾りつけに呼ばれてね」
店主はラーメンと凍った冷やし中華のタレを手渡しながら、破壊でできたストリートの先を指差す。
ライトアップされた超巨大重機。その周囲では和太鼓の音が聞こえる。太鼓の達人が盛り上げようとしているのだろう、祭囃子と重低音が轟いてくる。
“ジュースでチュッチュや~ぜんぶに染み込むスタ~リ~ン”
“板東とかもいいッスね! スケッチできるぞイ~ジ~に~!”
“お~な~か~い~た~~~~~~~い~~~~~~~!”
難易度オニが刻むビートを聞きながら、陽ノ子はそちらに思いを馳せる。あそこにトドオカがいたことを、彼は知っているのだ。
呼ばれてもいないのにジャンプ編集部に持ち込まれた漫画を批評し、数多の新人漫画家を凹ませて帰った伝説の男。その恨まれっぷりから、ジャンプは一時期彼を題材にした漫画で溢れかえっていた。
おかげで陽ノ子は編集長として、トド漫画コンテストなる胡乱企画を作らねばならなくなった(株主にはウケた)。
ラーメンをズルズルと啜りながら、空を見上げる。
トドオカさんは無事だろうか。今どこで誰を地上げしているのだろう。元気に漫画を酷評しているといいのだが。そんなふうに考えていると、流れ星が一条光った。
陽ノ子は反射的にラーメンを大将に叩きつけ、流れ星に向かって叫ぶ。
「死ねメカ野薔薇ァァァァァァァァァァァ!!」
「お前が死ねェ!
店主のバットが火を噴いた。
仕込みロケットエンジンの放つ爆炎によって屋台から吹き飛ばされた陽ノ子は、更地の上に仰向けとなる。
そうしていると思い出す……ジャンプが休刊となったあの週、事件が起きる数日前にも同じようにトドオカさんにぶちのめされたことを。懐にコロコロコミックを入れていなければ死んでいた。
だが今は、今週発売のジャンプが忍ばせてある。おかげでジェットブースターを喰らっても平気でいられた。
陽ノ子は自慢の雑誌を空に掲げた。
―――トドオカさん……天国で読んでいますか?
―――俺からの
再び流れ星がきらりと光った。さっきよりも強く、大きい。
流れ星がまたひとつ落ちた。矮小で小さな星が……黙って落ちた。
さらにもうひとつ落ちた。陽ノ子はそこで違和感を抱き、そして気が付く。
落ちるたびに強く、大きくなる流星。あれはただ流れているのではないのでは?
あの星は……地球の周囲を高速で回っているのでは!?
陽ノ子は気づき、跳ね起きる。今なら一般人を装ってツイートしたメカ野薔薇や抑えの利かなくなった直哉生存学会を無かったことにできるかもしれない!
両手を組んで再び祈ったその時、星は落ちた。
彼のすぐ目の前、ラーメン屋の屋台に。
「ぐわあああああああああああ!」
屋台が潰され、ラーメン屋の大将が死んだ。
もうもうと立ち込める土煙と木のクズの奥から、咳き込む声。そして人影。
茶色の煙の中から現れたのは……。
「と、トドオカさん!」
「おお、陽ノ子やないか。ってことは……帰ってこれたのか、地球に」
流星となって降って来た男、トドはそう言って空を見上げる。
かの事件の折り、元体操のお兄さんにしてサプライズニンジャ極道“
超新星爆発程度、トドオーラをまとい鋼の5億倍の強度となった彼には大してダメージを与えられなかったのである。
そして爆風に乗って離れた彼は、ボイジャー2号機とハイタッチし、宇宙船から宇宙食を強奪。外なる神々にジャンプを布教したのち地球に帰って来たのだ。
―――“
―――せやけども……ブッ殺した。
宇宙食のデスソースを直飲みしたトドは、ふと陽ノ子が持っているジャンプに気付く。今週号だ。彼はデスソースを投げて陽ノ子に駆け寄り……。
トドオーラパンチを叩き込んだ。
「クソボケがァ――――――ッ!」
「へぶらべばッ!」
ジャンプごと顔面をぶん殴られた陽ノ子は吹っ飛び、背中からラーメン屋の屋台に叩き込まれた。
トドは彼が持っていたジャンプの背表紙を見て自分の正しさを思い知る。
「もう一か月も経っとるやないか! 四週間分も見逃してしもうてる! なんちゅーことや……!」
「ま、まあまあ」
屋台から起き上がった陽ノ子はスープの鍋を直飲みしながら慰めた。
「トドオカさん、サブスクしてたんだからいいじゃないですか。まだ読めますよ」
「ダメや……ジャンプ三日会わざれば、それは実質別の雑誌や……。あの時のライブ感、月曜の朝0時に最新号を読んでネタバレを
四つん這いになって落ち込むトドの前で、陽ノ子は口内カップ麺を錬成。三分間待ってやってから飲み込み、肩を叩いた。
振り返った彼に、今週号の虚構ジャンプを差し出す。
「トドオカさん……元気出してくださいよ。何があったかは知りませんけど、またこうしてジャンプを読めるようになったんですから。また楽しめばいいじゃないですか……イチから……いいや、
「陽ノ子……」
「今週の
「……陽ノ子」
「はい?」
ゴッ。陽ノ子の顎にトドオーラパンチが叩き込まれた。
「ネタバレしとんちゃうぞ、このクソボケがァ――――――ッ!」
ロケットのように射出された陽ノ子はラーメンのように波打つ光の軌跡を引いて彗星となった。トドはジャンプを拾い上げて帰路に就く。
イルミネーションバゲットホイールエクスカベーターの方へ歩きながらジャンプを巻末から開き、彼は不承不承ジャンプの購読を進めるのだった。
なお、ジャンプは編集長がラーメン彗星となったことでまたしばらく刊行できなくなってしまったのだが……それはまた、別のお話。
奴は……トドや よるめく @Yorumeku
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