第17話:健斗の母ちゃん。

ある日、健斗のスマホに母親からLINEが入って


「日曜日、アパートに行くから」


って連絡があった。


さあ、どうしよう健斗は母親のことはすっかり忘れていた。

アパートに来られたらパンのことが母親にバレる。

パンのことは吉岡君以外、誰も知らないことだった。


健斗は大いに戸惑った。


「どうしたもんかな・・・吉岡のところにパンを預けるか・・・・いや〜、

それは危ないな・・・イカれた猿の檻の中にパンを入れるようなもんだ」

「あの鬼畜、パンに何するか分かったもんじゃないし逆にパンが吉岡を誘惑

してもマズいし・・・」


「かと言って大家さんに預けるって訳にはいかないし、って言うか、もしパンが

大家に見つかったら部屋を追い出されるに決まってるからな」


焼き鳥屋のオヤジならパンを預かってくれるかな。

クリーニングや屋のおばちゃんちとか・・・。

プラモデル屋のおやじは・・・。

時計屋のおやじ・・・

眼鏡屋・・・

本屋・・・

八百屋・・・

魚屋・・・

ブティック・・・

喫茶店・・・

スナック・・・

美容院・・・

散髪屋・・・


健斗は行ったことある商店街の店をかたっぱしから思い浮かべた。


「ダメだな・・・」


「どこかの安ホテルにでも、しばらくパンを泊まらせて置くとか・・・だけどな

カプセルホテルだってタダじゃないしな・・・」

「何よりパンひとりにさせるのは一番不安だろ」


「曽我部っち・・・なにブツブツ言ってるんですか?」


「 え?、困ったことになったんだよ」


「なにが困ったことなんです?」


「何って・・・君のことだよ」

「俺の母親が田舎から上京して来るんだ」

「この状況を母ちゃんになんて説明すんだよ」


「かあちゃん?」


「あ〜ママ、マミー、母親、おふくろ・・・・のことを母ちゃんって言うの、

分かった?」


「バカじゃありませんからね」

「つまり曽我部っちのママが訪ねて来るってことですね」


「そういうこと・・・だからねパンのことをなんて説明しようかって思ってね」


「事実をそのままに言えばいいじゃないですか?」


「そんなこと言っても信じるわけないだろ」

「別の世界からゴミ箱を通ってやって来たなんて・・・そんな絵空事みたいな話、

誰が信じる?」


「曽我部っちのお友達にも本当のこと話したじゃないですか?」

「お母様にウソつくのは、よくないと思いますけど」

「ウソは泥棒のはじまりですよ」


「古典的なこと言うね〜」

「ウソも方便って言うだろ・・・」

「物事を円滑に進めるためには多少のウソだって許されるんだよ」

「相手を傷つけないウソならいいの・・・分かった?」


「だいいち部屋に女を連れ込んでること自体ダメだろ」

「それこそ母ちゃんがパンを見たら卒倒するかもしれないし・・・」


「あ〜困った」


「私、しばらく外に出てましょうか?」


「そんなことさせられないよ」

「母ちゃんがすぐ帰るならいいけど一度来たら毎回一晩は泊まって帰る時

だってあるんだから・・・」

「その間、パンを外に出しとくなんてそんなことさせられないよ・・・」


「つうかさ、もうそろそろ曽我部っちって呼び方やめないか?・・・他にさ」

「健斗とか健ちゃんとか呼びようあるだろ?」


「私は、曽我部っちがいいんです・・・」


「あ〜・・・そうなんだ・・・まあ、好き同士でも苗字で呼び合ってるカップル

もいるにはいるからな」


「私が健斗の部屋にいるかぎり、いつかはお母様に私のこと話さなきゃいけない

時が来るんですよ」

「いいじゃないですか、お母様が驚くのは最初だけですよ」

「物語にはトラブルやアクシデントがあるから面白いんじゃないですか」


「別に面白くなくていいんだよ」

「しかたない、本当のことを言っても信じてもらえないと思うからさ」

「このさい吉岡に言ったのと同じでパンは街でナンパしたことにしとくか」


「パンを彼女だってことだけは正直に言おう」

「まあ、彼女としか紹介しようないもんな、知らない女を部屋に連れ込んだら

誘拐監禁だもんな」


「お酒に酔った憩いで私を誘拐監禁したじゃないですか?」

「違うよ・・・覚えてないんだから嫌なこと思い出させるなよ」


「まあ誘拐してももう今は私は曽我部っちの彼女ですもんね・・・セックス

してないだけで・・・」


「母ちゃんが来てる間、そのセックスって言葉は言うなよ」


「分かってますって・・・そこまで私もおバカさんじゃありませんから」


「じゃ〜そう言うことにして誤魔化すからな、パンは黙ってろよ」


かくして日曜日の朝、健斗の母親が田舎から上京してアパートにやって来た。

そしていつもと変わらず部屋のドアをノックして母親が入ってきた。


つづく。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る