第2話

 バリケードといえば、こんな話がありました。


 紫花羽病院はけっして医療設備が充実していたわけではなかったのですが、立地の関係からでしょうか、わけありの方がよくこられた印象があります。

 あの妊婦さんもそうでした。

 深夜にこられた妊婦さんは、当直の医師と看護婦たちによって出産を終えられました。さほどの難産というわけではなかったのですが、母親は病院にきたときから言葉少なで、産まれた赤ちゃんも元気がありませんでした。

 それでも、紫花羽病院で出産される方が少ないことから、医師も看護婦たちも貴重な経験と新しい命に喜びました。


 ところがです。事件が起こりました。

 出産からおよそ一時間後のこと、看護婦の一人が血相を変えてナースステーションに飛び込んできました。

「赤ちゃんがいなくなりました」

 彼女によると、赤ちゃんに元気がないため保育器のそばで見守っていたらしいのですが、急な眠気に襲われて待合室のソファで寝てしまい、あわてて戻るといなくなっていたというのです。

 それからはもう大騒ぎです。

 といっても母親や患者さんたちに不安を与えてはいけませんから、手分けして静かに、病院じゅうをみんなで探し回りました。あのときは必死でしたね。

 病院の玄関には警備員がいて話を聞きましたが、怪しい人物の出入りはなく、今だと問題になるでしょうけど当時は非常口の扉に鍵が掛かっていて、外部犯ではなさそうだという話になりました。

「どんな小さな場所からでも逃げられないよう、バリケードを築きましょうか」

 警備員がそういったことを思い出します。

 赤ちゃんが何者かにさらわれたのでなければ、いったいどこにいったのか?

 答えは、意外なところから導き出されました。

「婦長」

 あちこち探し回っても見つからず途方に暮れていると、あの妊婦からナースコールを受けた看護婦がわたしのもとへ駆けてきました。

「妊婦さんが嘔吐したそうです」

 病室に駆け込んだわたしたちは、そこであっと叫びました。

 赤ちゃんがいたのです。母親のベッドの上に、血まみれの状態で泣いていたのです。

 応援を呼んで母子を介抱しているうちに、だんだんと状況がわかってきました。

 赤ちゃんは、保育器から抜け出したあと、母親の胎内に戻ったようなのです。お産の疲労で眠っていた母親はそれに気づかず、胎内の異常に気づいて嘔吐し、ナースコールで急を知らせたと。いくら病院じゅうを探し回っても見つからないはずです。

 二度、産まれた赤ちゃんは元気いっぱいで、母親も問題なく退院されました。


 不思議な話ですが、これを知っている人はごくわずかしかいません。

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町立紫花羽病院怪異録 @atsuhiko

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