第3話 こちとら腹が減っとんじゃい
「魔力を込める……ぐぬぬぬ、ふん!!」
俺は女神エルテンシア様から預かったスキルの種に魔力を込める作業に没頭していた。
この魔力を込めるという作業、中々難しい。
というかまず魔力を知覚するところから始めたので大変だった。
まあ、魔力を知覚するだけなら割とすぐできるようになったけどね。
そこに関しては〈神の眼〉とかいうエルテンシア様から借りたスキルを利用させてもらった。
この〈神の眼〉は魔力を視覚化できる力もあるようで、俺の中にある少量の魔力を発見することができたのだ。
まあ、使う度に踏ん張る必要があるから、そのうち本当にウンコ漏らしそうで怖いけど。
「はあ、はあ、うっ、一日当たりで魔力を込められるのは十粒が限界だな」
俺は魔力を込めた種を土に植え、湖から汲んできた水を与える。
ちなみに一連の作業に使った道具は壊れて動かなくなった天使の側に落ちていたため、それを拝借させてもらった。
スキルといい道具といい、借り物ばかりである。
魔力を込めるという作業自体もかなり疲弊する行為のようで、視界が霞むし気持ち悪い。ぶっちゃけもうやめたくなってきた。
しかし、ここで投げ出そうとしても消されるのがオチだろう。
これじゃあまるで奴隷みたいだ。
「……ふふっ」
でも、そう思う心とは裏腹に楽しいと感じている俺がいる。
魔力を使うと、やりきった感じがするのだ。
今まで生きてきた人生で、俺は達成感というものを感じられなかった。
というかそもそも挑戦すらしなかった人生だ。
達成感など得られるはずもなく、得ようともしなかった。
強制的にやらされてから、やることの喜びを知ることもあるらしい。
「今日は一日目だし、もう終わりにするか」
と、その時だった。
小さくだが、腹の音が鳴る。スキルの種に魔力を込める作業に没頭し、食事を忘れていた。
「適当にカップ麺でも……って、ここ俺ん家じゃなかったな」
ここはもう半月くらいカップ麺を貯蔵している我が家ではない。
まあ、エルテンシア様にお願いして食べ物を用意してもらえば済む話か。
と、そこまで考えてハッとする。
「……しまった。エルテンシア様と連絡する手段がない」
神様の不思議パワーで直接脳内に語りかけてきたりしないかと思ったが、そういう気配はない。
念じたら来てくれるかな?
ふん!! うぬぬぬぬ……。ダメだな。こっちからエルテンシア様を呼び出すのは不可能と考えていいだろう。
困ったことになったぞ。
「ん? いや、待て。ご飯どころか眠る場所もないじゃん!!」
周囲に掘っ建て小屋でもないかと思って探してみたが、元々は近未来ロボットみたいな天使が管理していた農園だ。
人の生活する建物などあるわけがない。
「……仕方ない。人間、水さえあれば一週間は持つって言うし、エルテンシア様が様子を見に来るまで堪え忍ぶか」
俺は気楽に考えることにした。
ニートやってた時もネトゲに忙しくて一日食事を抜いてたとかざらにあったし、きっと大丈夫。
そう思ったが、俺の見立ては甘かった。
お腹が空いて死にそうなのだ。一日目は普通に耐えられた。
でも二日目、三日目と時間が過ぎる度に空腹で死にそうになる。
空腹のせいか魔力も回復せず、二日目は七粒、三日目は五粒のスキルの種にしか魔力を込められなかった。
「んぐっ、ぷはあっ……。水で腹を満たすのもそろそろ限界……こうなったら森にある植物を食べるしかないか」
しっかりしてる人なら空腹で体力が落ちる前に行動するのだろうが、ニートの不動っぷりを舐めちゃいけない。
幸いにも〈神の眼〉のお陰で毒物とそうでないものの見分けはできる。
キノコや山菜があったら嬉しいな。
しかし、何事も上手く行かないのが人生。森にはただの木があるだけだった。
食べられるものは何一つなかった。
否、そもそもあの森にはおよそ生命と呼べるものがなかった。
ただの木こそ生えているが、見た目が木の形をしているだけというか。
植物の形をした違うもの、みたいな。
上手く言えないが、とにかく湖を囲む森には食料がない。
木の葉を口に入れてみたら食べることこそできたが、食べた気にならない。霞みでも食ってるような気分だった。
「……ふざけやがって……ちくしょう……なんで俺がこんな目に……あのデカ乳女神、今度会ったらあの乳揉みしだいてやる……。天使さんもそう思うよな!!」
俺は壊れて何も言わない近未来のロボットみたいな天使さんに話しかける。
別に幻聴が聞こえているわけではない。
ただ独り言が増えてきて、誰かと話している気分になりたいだけだ。
と、その時。
「……うぇ? うわ!? まじかよ!? 神域って雨も降るの!?」
急に空が暗雲に覆われ、雨が降り始めた。
植えたスキルの種に水をやらなくて済むのは手間が省けるが、ただでさえ空腹でメンタル的に弱ってるのに雨とか勘弁してほしい。
「すまん、天使さん。ちょっと雨宿りさせてもらうぜ」
俺は壊れて動かない天使さんの大きな身体を屋根代わりにして雨風を凌ぐ。
ありがたいのは天使さんが温かい事だ。
電子レンジで中途半端にチンした牛乳くらいの程よい温度をしている。
てっきり完全に故障しているのかと思っていたが、エンジン的な部分は生きているのかもしれない。
……いきなり爆発したりしないよな? やべ、急に不安になってきたぞ。
「……考えても仕方ねーか。寝よ」
俺は天使さんの温もりを感じながら眠りに落ちるのであった。
「アカン、そろそろ死ぬ」
神域に来てから一週間が経った。
未だにエルテンシア様が様子を見に来る気配はちっともない。
どうにかこちらの状況を伝えようと火をおこしてみようとしたのだが……。
森で採れた木の枝は燃えなかった。
その時に分かったのだが、あの森の木々は人工物なのだ。
いや、神様が作ったものだろうし、神工物か。
落ちていた枝も木の成長に伴って落ちたものではなく、元からそこにあったもの。
つまりは木の形をしているだけで根本的に違う物質なのだろう。
森林火災の防止目的かな?
それを意識して〈神の眼〉を使ったらまさかの大正解だった。
湖を囲む森の植物は食えないし、燃やせない。
「……どうしよう……もう……腹が減って死にそう……お家に帰りたいなあ……ああ、死んだ母さんと父さんが川の向こうで手招きしてるのが見える……」
どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけないのか。
というかどうしてエルテンシアは来ない?
俺の存在を忘れてんのか? ……あるいは人間が空腹で死ぬことをご存じない?
有り得るな。やらかしてばっかの女神だし。
まじ次会ったら殺されようが何されようがあのデカ乳揉みしだいて後悔なく死のう。
こんな目に遭わされてんだから多少のわがままは許されて然るべきだろ。
「あー、ダメだ。考えると腹が減るぅ。どっかに食い物ねーかなー。……ん?」
キラッと視界の端で何かが光った。
それは、俺が初日にスキルの種を植えていた場所だった。
「……実が落ちてる!? いつの間に実ったんだ!?」
四、五日目くらいから湖から水を持ってくるのが億劫になって放置していたはずだ。
それでも、小さな果実が十個ほど落ちていた。
果実を落とした木はすでに枯れ朽ちてしまったのだろう。
エルテンシアが作ったような黄金の果実ではなく、リンゴを豊富とさせる形状と銅色に鈍く輝く皮の表面。
俺は思わず生唾を飲んだ。
「……食っていいかな? ダメ、って思っても手が伸びちまう!! 静まれ、俺の右腕――」
数秒抵抗したが、やはり人間とは己の欲求に正直な生き物だ。
俺は銅色の果実を手に取り、貪った。
「……何だよこれ」
もう一口、更にもう一口。ついに食べ終えてしまう。
一週間近く何も食っていないから胃が驚くかと思ったが、とんでもない。
美味すぎて驚いちまった。
「何だこれ!? 美味いなんてもんじゃねーぞ!?」
果肉の一粒一粒、いや、それらを構成する細胞の一つ一つが甘味と旨味の爆弾!!
舌の上に乗っただけで爆発する!! それも止めどなく連続で!!
言うなればそう、甘味のクラスター爆弾!!
「はっ!! お、俺、今すっげー意味分かんないこと考えてたような……ごくり」
初日に植えたスキルの種は十粒。
そして、俺の目の前には九つの銅色の果実と、一つの銀色の果実があった。
これ以上は食べちゃダメだろう。
本来この果実は俺が食べるものではなく、あくまでもエルテンシアら十二神柱が治める世界の人たちのもの。
彼らが魔物と戦うために必要な力なのだ。だからこそ、敢えて言おうと思う。
「知ったことかー!! こちとら腹が減っとんじゃい!!」
俺は遠慮なく果実を食いまくった。
どれも甘味が微妙に異なり、病みつきになる味もあった。
美味い。美味い。……美味い!!
「ごちそうさまでした!!」
俺はとても満足だった。
久しぶりにお腹がいっぱいになったからか、眠気が一気に襲ってきて、そのまま寝落ちしてしまう。
俺が大量のスキルを獲得して驚いたのは、その翌朝の出来事であった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「全部エルテンシアが悪い」
山村「でもおっぱいデカイから許す」
「天使さん直るか?」「大体エルテンシアが悪い」「でもデカイから許す」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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