第19話竜人族の住処

 無駄に逃げ足の速い右腕は、私の攻撃を軽やかに避け続けた。

 お陰で瓦礫の山だった足場が、綺麗な更地になったぞ。


「ぜぇ……ぜぇ……も、もう……勘弁して下さい……」

「あぁ。ここを更地にできたから、特別に許す」

「え。あ」


 逃げ惑うあまりに、周辺の状況把握を疎かにしていたな。

 貴様の妻が大切にしていた、魔花園の跡すらも消え去ったがな。


 右腕は分かり易く横たわり、魂の抜けた腑抜け面と化していた。


「おい、次へ行くぞ。時間がもったいない」

「ワシはもうダメだぁー」

「チッ……引き摺ってでも案内させるか」


 ただ出来るだけコイツに触れる面積を、抑えたい……。

 そうだ、適当に足をロープで結んで、引き摺ればいいではないか!

 これで決まりだな、ふふ。


 さて、行く当ては不明だが、右腕が目覚めるまで適当に歩くか。


♢♢♢♢


 私は足の向くままに歩き、辺鄙な渓谷まで赴いた。

 趣のある景色に、思わず頬を赤らめてしまうな。


 しかしながら、右腕の後頭部の毛根が野晒しになってしまったな。

 通り道には、残念な毛根の道が続いている、汚い。

 まぁ……個性的になって、結果オーライじゃないか?


「はっ。ここはどこ、ワシは誰?」

「ようやく我に返ったか、貴様は私の右腕だ」

「あ、勇者様」

「貴様を運んで来たんだぞ。感謝しろ」

「ご迷惑をおかけ……ん? ……ん?! ん?!」


 可哀想に……後頭部が剥げてしまった事実を、こんなに早く知ることになろうとは……。

 何度触診しても、その後頭部の毛根は帰ってこないからな。


「ない……ない! 勇者様! ワシに何をしたんですか!?」

「知らん。勝手になっただけだろ」

「いやいやいや! 絶対勇者様の仕業でしょ!」


 大粒の涙を流す程、毛根を愛していたんだな……だが、それがなんだ。

 いずれ果て行くものだろうが。


 毛根の数だけねちねちねち言われでもすれば、右腕諸共抹消しなければならない。

 次に口答えすれば即実行だ。


「大体……って、ここ竜人族の住処じゃないですか」

「……情緒不安定か?」

「いやいや。次はここに行こうとしてたんで、よく分かりましたね」

「若干上から目線が気になるが、私は凄いと褒めろ」

「よっ! 世界最強の美人魔王勇者様!」


 フフーン! 私を超える者は、この世として誰もいない!

 もっともっと褒めて褒めて、私を痺れさせろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る