第4話


 オープニングイベントは二人のヒロインの紹介を兼ねている。一人はさきほどの如月結愛。もう一人はいま突撃してきた少女。幼馴染の一ノ瀬光莉ひかりである。


「抜け駆けなんて許さないよ! 作者さんと付き合うのはあたしなの!」


「うわでた、泥棒猫」


「誰が泥棒猫よ!」


 結愛と光莉がイーッといがみ合う。


 この二人は最初に作ったキャラクターであるためか容姿がかなり似ている。クローバーのようにプンと張った唇。木綿のように柔らかく白い肌。瞳は宝石のような輝きといじらしさに満ちていた。今になって思うと、僕はこういう女の子が好きだったのかもしれない。初めてのキャラというのはどうしても好みが出てしまうものだ。


 ゲームを元にした世界だからか街並みはどこか曖昧だった。住宅街を歩いていることはたしからしいけれど、家があって、石壁があって、電柱があって、道がある。それだけだ。住宅街を連想させるファクター同士に繋がりが感じられないというか、『そういう景色』を再現しているだけにも見える。AIが描いた絵のような空虚が存在している。


 住宅街を抜けると大通りに出る。大通りには様々な店があって、『行動パート』ではこの大通りや住宅街、その他関連施設を自由に歩くことができるようになっている。まっすぐ抜けると学校へと向かう駅が見えてくる。


「だからさあ? 作者さんとは私が付き合うべきなんだって。なんたって両親は一度離ればなれになった恋人同士なんだよ。お互い好きだったのに運命が引き裂いてしまった二人が奇跡的な再会を果たすの。その子供が惹かれあわないわけがないよね」と、結愛が言った。


「ふん、そんなのあたしにだってあるし。あたしと如月くんは生まれた病院が一緒で、お互い子供の頃から仲良しだった。でも、如月くんの両親が離婚したことで離ればなれになっちゃう。それがこの町でまた再会したんだよ。しかも、義理の妹のあんたよりもあたしの方が過ごした時間は長い。これこそ運命なんじゃない?」と、光莉が負けじと言う。


 こんな調子で二人はずっと喧嘩をしていた。住宅街からずっとである。これが見たかったんでしょと言わんばかりに中身が無い会話だ。自分のキャラ設定に意味が無い事を知っている二人だからなお中身が無い。


「はあ? 胸がデカいだけのくせして何言ってんの?」


「あら、あたしのキャラデザが優遇されてるからって嫉妬してんだ?」


「嫉妬? あんた何も分かってないわね。妹キャラなんて低身長で貧乳で生意気な方が需要あんのよ。分かる? こういうヤツが弱みを見せるのが良いのよ。性格と外見が一致してるってわけ。あんたは巨乳でボブカットのくせして言葉遣いが悪すぎるわ。本当に優遇されてるのはどっちかしらね?」


「むぐぐ……あたしはこういうヤツなんだ!」


 幼馴染の光莉が悔しそうにほぞを噛み、妹の結愛が勝ち誇ったように抱き着いてくる。この不毛な会話のどこに勝ち負けの基準があったのか分からない。僕にとっては黒歴史の暴露大会に他ならないのだから。


「もう終わったか?」


 僕は耳から指を外して言った。


「う~わ、こいつ聞いてないし」と、結愛。


「誰が聞くか。分かり切ってることでなにを喧嘩してるんだ」


「あんたが見たいかなって思って」


 と言って結愛と光莉が顔を合わせて「ね~~」と頷いた。


 この二人は犬猿の仲という設定である。顔を合わせるたびに喧嘩する二人なのだけど、それはゲームのための設定。この世界の二人は大の仲良しらしい。


「主人公をめぐって妹と幼馴染が喧嘩するのって鉄板じゃない? だから一回やっとこうかなって思ったんだけど、あんまり刺さんなかった?」と、光莉が首をひねりながら言う。


「鉄板すぎて時代を感じるよ……お前ら平成か?」


「まあ、作者さんが平成の人だし」


「どうせ中身はおっさんだよ!」


 彼女らの会話にどれだけ文句を言ったところで作者は僕だ。いかに外連味けれんみまみれでも、いかに中身が無くても、これを作ったのは僕である。僕が作ったものを他人が再現し、その他人に僕が怒っている。この不毛な入れ子構造を産んだ女神を許してはならない。


 オープニングイベントは以上で終了だ。二人の喧嘩を僕が止めたところで駅に到着し、結愛は友達を見つけて去って行く。


「じゃ、またねーー」と、元気に手を振って駆けていった。彼女は中学生だから彼女のコミュニティが存在するのであろう。あって欲しいと僕は思う。


「やれやれ……これでうるさいのが一人減ったな。光莉もさ、アイツみたいに好きなヤツと仲良くなっていいんだぜ。少なくともいまはこの世界が現実なんだから」


「そうだね」


「……なんか元気ないな?」


「そんなこと無いけどさ……」


 光莉は拗ねた子供のように口をとがらせていた。


 スカートの端をギュッとつまむと「そういうふうに言われると……寂しい」と小声で言った。


 僕達は『幼馴染』である。他のヤツと仲良くしろと言われて「はい、そうですか」と受け入れられるものではないのかもしれない。


 僕はちょっと反省した。

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