第一章 黒歴史のヒロイン

第3話


 僕の部屋は『行動パート』で自由に出入りする事が出来る。内装は自分の部屋を参考にした。と言っても、太陽系の惑星を模したラグと飾り棚のプラモデルを除けば普通の部屋だ。勉強机と小さな丸いテーブルとベッドと本棚。それだけである。


 もう見たくないと思っていたゲームの主人公『如月きさらぎりょう』の部屋である。


「また、戻ってきてしまったのか。四月一日……はぁ、これも嘘だったらいいのに」


 壁にかけたカレンダーを見た。七月二十六日のところに赤丸がつけてあって、『夏休み!』と楽しそうな字で書いてある。僕はため息をついてベッドから起き上がった。


 ゲームの目的は夏休みまでに彼女を作る事。四週間でヒロインを攻略して素敵なデートを実現させるのがプレイヤーの目的なのだけど、僕はまったく違う。


「おに~~ちゃ~~ん? まだ寝てるの~~~?」


 ドアの外から嫌な音がした。如月亮の妹『如月結愛ゆあ』である。


 ゲームは彼女に叩き起こされるところから始まる。


「おにぃちゃ~~~~ん!」


「起きてるよぅ……くそ、起きなきゃいけないのか」


「起きてるなら早くでてきてよ! 遅刻しちゃうよ!?」


「いま出るったら!」


 僕はしぶしぶドアを開けた。


 この世界では、ゲームで用意したイベントは、たとえ会話イベントだろうとそのとおりに進行するらしい。オープニングイベントもその例に漏れない。


 僕がドアを開けると、強行突破するつもりだったらしい結愛が勢いよくぶつかってきた。真っ赤なツインテールをヌンチャクのように揺らして「わぶっ」と小さなうめき声をあげた。ぽこん、と胸のあたりで額のぶつかる音が聞こえた。


 如月結愛は兄の事が大好きな義理の妹という設定だ。彼女も攻略可能ヒロインの一人である。


「おはよう、用意された義妹いもうとよ」


「おはよう、おにぃ。じゃなくて、作者さん!」


「わざわざ一緒に登校しなくちゃダメか? せっかく自由に動けるようになったんだから、好きなヤツと友達になってやりたい恋をすればいいだろ」


「うん。だからこれは私の意志だよ。結愛はおにぃの事が好きだから、一緒にいたいの!」


「……僕の彼女になれば現実世界に行ける。だったか?」


 僕はため息まじりに言った。


 自称女神が下した罰というのが、ヒロインの現実転生であった。


 僕とハッピーエンドを迎えたヤツが現実に転生する事ができて、好きな生活ができる。それが彼女たちへのご褒美だというのだ。心底馬鹿らしいと思うけれど、たしかに、自我を持ったヒロインたちを掻き立てるには最良の手段だと思う。


「だから、僕を落とすために一緒にいたい……と」


「ま、それはそーだね」


 そう言って結愛がパッと離れた。演技だと分かると辛いものがあるが、正直、この後の展開を思うと自我があるのは助かる。


「お前らも辛かったんだな。あのキャラ」


「当たり前でしょ?」


「ごめん。マジでごめん」


 僕と結愛はクツを履いて玄関を出た。


 ところで、このゲームの目的がステキな夏休みを過ごす事であると書いたと思うが、いまの日付に首をひねった方もいると思う。いまは四月一日。四週間で夏休みを迎えるのは到底無理な話である。でもこれにはれっきとした理由があるのだ。


「……でさ、私の告白条件ってなんだっけ。パパとママが再婚した理由を知る事だっけ?」


「そうだった……と思う。なにぶん昔に作ったゲームだから曖昧だけど、二人がかつて付き合ってた恋人同士で、僕らが腹違いの兄妹である事が発覚するのだったかな」


「たしかそう。それを突き止めたら、私は夏休みを待たずに告白できるんだよね! 楽しみ~~」


 結愛はそう言って僕の腕をとった。


 れっきとした理由というのがコレである。


 あの自称女神はやっかいな事をしてくれた。本来ならイベントを通して好感度をあげていく所を、ヒロインの気分次第ですっ飛ばせるようになってしまったのだ。ヒロインの魅力をプレイヤーに伝えるためのイベントをすべてすっ飛ばして、出会った瞬間に告白する事も可能なこの事態。


 幾多の困難を乗り越えてついに告白をするカタルシスを無下むげにした自称女神を許してなるものか。……もっとも、僕はもともと全部知っているからカタルシスも何もないのだけど。


「早く私を選んでね、おに~いちゃんっ」


「自分で作っといてなんだけど、なんてゲンキンなやつだ」


 僕はため息をついた。


 その時だった。


「こら~~~! 抜け駆け禁止~~~~~~!」


「んぇ?」


「あたしも混ぜろ~~~!」と、桃色のボブカットの少女が僕の背中に突撃してきた。

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