第2話


 僕の名前はたちばな博人ひろと。突然だけれど、僕はこの世界から脱出させてもらうことにした。


 ここは僕の黒歴史が具現化した世界。僕はその世界に、いわゆる『転生』というヤツをしてしまったらしいのだ。


「転生ってどういうことだ? 君は誰なんだ?」


「ですからぁ……あなたは自動車と接触事故を起こして死んでしまったんですよ。橘博人さん。これからあなたはこの世界で16歳の男の子として生活していただきます。その世界であなたが何をしようと咎める人は誰もいません。むしろ、彼女たちの方から求めてくるんじゃないでしょうか?」


「彼女たち?」


「行けば分かりますよ」


 女神を名乗る女性はそう言ってニッコリほほ笑んだけれど、その意味が転生してからようやく分かった。


 こんな所にいられるか。


 僕はすぐにでも帰らせてもらう。


「この世界が僕のゲームをそのまま具現化したのだとしたらこうすれば……行けた。デバッグルームだ。ここからエンディングまで飛んでやる。そうすればこんな世界ともおさらばだ!」


『むちむちっ!ハーレム学園♡』というのが私が作ったゲームの名前である。


 このゲームは安価で買えるRPG用のアセットを流用して高校生の時に作った。ヒロインとの『会話パート』と自由に町を歩ける『行動パート』の二つを繰り返してヒロインと仲を深めたり主人公のパラメーターを上げる。それがゲームの主な流れであるが、ゲームを作るうえで欠かせないのがテストプレイだ。


 あのイベントが正常に進行するかどうか。好感度の管理が正常に行われているかどうか。


 そういった開発者の悩みを解決するのがデバッグルームの存在である。


 デバッグルームは好きなマップに移動できるしチャプターも自由に選ぶことができる。僕はこの空間を自室の机の中に隠した。


「こんなキツイ世界にいられるか……。美少女がみんな僕の事を好きになってくれるだって? 僕が用意したセリフで、僕が用意した表情でか? たいした交流も無いのに女の子が言い寄って来るなんてありえないにもほどがある。童貞の妄想ほど見るに堪えないものはない!」


 僕は本棚から一冊の本を抜き取った。そこには各ヒロインのルートや分岐が細かく記してある。攻略本みたいなものだ。


 ヒロインの数は七人。我ながらよく考えたものである。


(こんな子もいたなぁ……こうして見ると懐かしい気持ちもあるが、こういう子らが恥も外聞も無く誘惑してくるのは、どうしても耐えられない。僕は現実的な恋がしたいのだ)


 自称女神が何のためにこの世界を創ったのかは分からない。イジメのためとか小さな理由じゃないとは思うけれど、僕には関係のない話だ。


 僕は帰らせてもらう。


 チャプターが描かれた本をパラパラめくってエンディングを見つけた。


 深緑色の半透明な長方形で囲われている如何いかにも押してくださいって感じのボタンになっていた。僕はため息を一つつくとボタンを押した。


「さようなら、黒歴史。現実に戻ったらこのゲームは即削除させてもらうよ」


 周囲が白い光に包まれていく。僕の部屋だった場所が素粒子分解されていくみたいに消えていく。これから僕はエンディングに送られて、親友キャラとの友情エンドを迎える。


 色々な想いが詰まった世界ではあるけれど、いまの僕には軽薄すぎる世界だ。現実に帰ったらもっと中身の濃い恋愛をしよう。この経験を反面教師にして、僕はやり直すのだ。


 ところが、突然白い光が消えたではないか。


 驚いて辺りを見回すと自称女神が怒ったような顔で立っていた。彼女がいつの間にかデバッグルームに侵入しているが、どうやって入ってきたのだろう?


「橘博人さん。あなた、何やってるんですか?」


「え……?」


「何をやっているのか、といているんです。私がせっかく用意した世界なんですよ? まさか帰るつもりじゃないでしょうね?」


「そのまさか。僕は帰らせてもらうよ。こんな二十年も前の童貞の妄想に付き合っていられるか。ていうか、あんたどっから入ってきた?」


「そりゃ女神なんだから自由に出入りできますよ。それに、そうですか。帰りますか」


「ああ、帰る」


「へえ、ふぅん」


 女神はクスクスと悪い笑みを浮かべた。「そんなこと、私が許すと思いますか?」


「はあ? あんたに何ができるっていうんだ」


「この世界はあなたが作った世界。いえ、正確には『あなたが完成させなかった世界』です。製作者としてキッチリ最後まで作っていただかなくては困るんですよ。橘博人さん」


「たしかに未完成のままのイベントや放置したフラグはあるけど、それで誰が困るっていうんだ? 昔のゲームだぞ?」


「私が困るんですよぉ。大人しくゲームを遊んでくれるならそのままにしておいたものを、どうしても帰るとおっしゃるなら罰を受けていただかなくてはなりませんね」


「ば……罰? こんな黒歴史だらけの世界に連れてきといて何が罰だ! これ以上の苦痛が存在するのか!?」


「ふふ、うふふふふふ……………」


 悪魔のような笑い声が頭の中で反響する。


 無情にも僕の意識は遠のく。


 いったい女神の言う罰とはなんなのか? 恐怖の渦に引き込まれるように僕は意識を失った。


 目が覚めたとき、見たくもない天井が見えた。

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