最前線

 翌日から少しずつ魔物が現れ始めた。とはいってもゴブリンやスライムなどの弱い魔物のみなので勇者と盗賊が交互に討伐している。魔法使いや僧侶は魔力の温存のため勇者達の後ろで見るだけに留めていた。勿論僧侶と魔法使いは自分達が何もしないのは申し訳ないと言っていたが、勇者がどうしても、と言ったため頷かざるを得なかったのである。


 三日目にもなると段々魔物の数が増えてきた。所々で放棄された馬車の残骸や、馬の骨などが見て取れ、逃げ遅れたであろう人間の腕の骨も無造作に転がっていた。勇者と僧侶が埋葬したがったが盗賊が止める。勇者も僧侶も少しだけ納得いかなかった様子だが、盗賊の正論に次ぐ正論で理解させられその場を離れた。


 そのまま四日目に西の商業都市へと辿り着いた。予定では、ここから前線へと赴いて橋頭保を確保し、北の大陸と南の大陸と連携して西の大陸を奪還する総力戦が展開されるという展望のようだ。ただ現状、この商業都市は最前線に近いこともあってか駐屯している兵も多く、都市全体の雰囲気もピリピリしているように感じられる。

 ただ、それでも勇者が来たとなれば歓迎してくれるものである。それだけ、如何にこの世界で勇者が頼られているかわかるだろう。


「はぇ~、すっごい歓迎具合ね」


と魔法使い。周囲をきょろきょろと見回している。盗賊がそれを見て馬鹿にしたように笑うと、


「田舎モンってバレるぞ」


そう言った。


「うっさいわね…どーせアタシは実際田舎の村でたまに来る魔物とか野盗から守ってただけの芋女よ」


そして思ったより落ち込んだ様子の魔法使いに盗賊は素直に謝った。メンタルが弱いようである。


 さて、商業都市を治める領主の邸宅へやって来た勇者一行は早速前線へ行くに当たっての注意事項を聞かされた。領主は身長が高く、如何にも武人肌と言った人物だが、商業都市の領主を務めているだけあって頭も良いようである。


「───前線では俺達王国軍の兵と、北の獣人連合、南のエルフ族が入り乱れている。正直早馬も魔物と魔族に潰されちまうから全貌把握は不可能でな」


最前線周辺の地図を指し示しながら領主は告げた。そんな領主に、魔法使いが「マゾクってなに…んですか?」と問いかけた。一瞬怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた領主だったが、何か思い至る節があった様子だった。


「そうか、勇者一行のお前達でも知らないということは情報は徹底して潰されているようだな…すまぬ、そのことを失念していた」


領主の話によればとは魔物を使役して統率を取る、魔物の将軍的な立ち位置の存在だそうだ。皆角が生えており、肌の色が陶器のように白いのが特徴である。その能力は様々でまるで人間のように多種多様であるらしい。だからこそ情報を徹底的に遮断し、王都への最新情報の伝達を阻害されていたようである。


「だが戦線はなんとか持ち堪えている。無尽蔵に湧いてくる向こうと違ってこっちは有限だからな…戦線縮小のためにも、早いとこ前線を押し上げちまいたいんだ。一か所でかい駐屯地があるから、一先ずそこで指示を仰いでくれ」


 ということで商業都市から更に西、徒歩で二日ほどの距離にある駐屯地へと辿り着いた勇者一行は司令官のいる天幕を訪れた。


「やぁ!キミが勇者クンだよね!早馬で聞いてるよ、よく来てくれた!!」


ついて早々、司令官は高いテンションで勇者と握手した。勇者は戸惑いながらもしっかり握手を返し、時間が惜しいので本題へ、と告げる。司令官は咳払いして気を落ち着かせると、


「領主様からも聞いているだろうけれど、状況は芳しくなくてね。ある程度の補給線の確保と情報網の確保は出来ているんだけど、それでも前線がズタズタにされているんだ。全部で7つある内4つの砦が落とされてしまってね。人的被害は最小限だったから他の砦の防衛を強化できたのは不幸中の幸いだったけれども…」


ひとまず現状の説明を受けた。現在はどこも人手が足りていないが、戦線縮小のためには砦を奪い返し、より強固な防衛網を築かなければならないため、頭を捻っているようだ。だが、途中で甲高い打撃音が周囲に響き渡る。


「敵襲!!!敵襲!!!」


「奇襲だ!!急げ!!!なんでもいいから武器持って行くぞ!!」


天幕の外からそんな怒号が聞こえてきた。司令官は説明を中断するとすぐに勇者を見る。勇者一行はすぐに行動を開始すべく天幕を出た。


 さて、勇者一行は初陣である。突然の奇襲で戦線は存在せず敵味方入り乱れての乱戦、相手は魔狼や魔猪などの獣系の魔物が大半だ。すばしっこい魔狼に翻弄され、背後から突撃を受け一人の兵士が宙を舞う。だが、すぐに兵士が魔狼と魔猪を長槍で一突きにしてその命を絶つ。奇襲が刺さり、うまいこと乱戦に持ち込まれているため、数と力で人間の兵士達が押されていた。

 そんな、人魔入り乱れ、死体が無造作に転がる戦場を見て、勇者と僧侶、魔法使いは一瞬だが足を止めた。三人共微かに足が震えている。だが、


「しっかりしろ勇者!!お前がやんなきゃいけないことがあるだろう!!!」


勇者の肩を掴み、叫ぶ男───盗賊が勇者を現実に引き戻す。いや、現実を理解させた。勇者はキュッと表情を引き締めると、素早く指示を出した。


「僧侶は怪我人の治療を。魔法使いは後方から兵士達の援護を。盗賊さんと僕は前線へ!」


そうして勇者一行は盗賊の喝で一斉に行動を開始した。


 戦場の後方。


「───『炎弾』!!」


炎の玉が複数出現し、戦場の上空を舞って魔物達を焼き焦がす。とにかく手数で押して魔物を牽制しつつ倒しているのは魔法使いだった。付近には同じように魔法を使って前線の支援をしている魔法使い数人の姿もある。


「いいぞ!!その調子で魔力を温存しつつ、できるだけ長く前線の支援を続けろ!!魔力切れの者は絞り出せ!!踏ん張り所だぞ!!!」


魔法使い達の指揮官がそう言いながら肩で息をする。最も長く前線を支援し続けながらも休憩せず、極度の魔力切れを起こしながらも最後の搾り粕まで使ってその場に留まっている指揮官の姿を見て魔法使いは少し心配の念を抱いた。

 だが、そんな魔法使いの心配が伝わったのか、指揮官は集中を切らさずに叫ぶ。


「前線を見ろ!!兵士が死に物狂いで戦っている!!であれば我々も同じく命を懸けるのだ!!友を、故郷を救うために犠牲になったとしてもだ!!!」


魔法使いはその喝を聞いて心を引き締める。そしてまだ自分が戦争の最中にいると理解できていなかったことを少しだけ恥じながら魔法を放ち続けた。


 そして更にその後方の天幕では次々と運び込まれてくる負傷兵を治療している僧侶の姿があった。天幕内には土と汗、そして血の香りが立ち込めている。


「そいつはもう死んでる!次に行け!!」


その場の指揮を執る衛生兵にそう言われた僧侶はでも!と反論しようとした。だが、


「ここじゃあ救える命のほうが少ないんだ!!一人一人に全力を注いでいる時間も魔力も、人手もねぇんだよ!!だから救えそうなヤツだけ助けろ!!」


そう喝を入れられてバッと負傷兵を見た。背骨の骨は折れ、右腕もあらぬ方向へと曲がっており、頭の一部が凹んでいたが微かに息をしている。僧侶が全力を挙げれば救えないことはない怪我だ。だが、他にも負傷者はごまんとおり、この兵士よりもずっと軽傷で済んでいる兵士を救えなくなるだろう。

 僧侶は目尻に涙を浮かべつつごめんなさい、と一言呟いてからその兵士から離れる。背後から微かに「あり…が…と…」と聞こえ、呼吸音も聞こえなくなったことを感じた僧侶は、自らの力量不足を痛感しながら更なる負傷兵の治療に力を入れるのだった。


 一方の最前線では。


「───ハァっ!!!」


聖剣を振り、魔狼と魔猪数匹を同時に一刀両断する勇者の姿があった。その姿は正しく獅子奮迅、一騎当千と表すに相応しい戦いぶりで、その様子を見た兵士達の士気が高まった。だが、勇者が後ろを見ることはない。


───いいか?お前は敵だけを見て戦え。地獄を見て決意が揺らがないようにな。


最前線へと躍り出る直前、盗賊に言われた言葉だった。勇者はそのまま神に祝福された勇者の証である光魔法や剣戟で魔物を蹴散らし、魔物の数をどんどん減らしていった。


 一方勇者のすぐ後ろで戦っていた兵士の一人が魔狼の噛みつき攻撃を受ける直前だった。だが、その寸前で魔狼の鼻に一本のナイフが突き刺さり、兵士は何とか攻撃を受けずに済んだ。言わずもがな、盗賊の投げたナイフである。

 本来であれば厄介な魔狼だが、この乱戦では血の匂いや土の匂いで逆に奇襲を看破できなくなっている。それを利用して、盗賊は着実に魔狼を減らしていく。だが魔猪は全体的に硬く、ナイフを投げることでは致命傷にならないため倒されそうな兵士のバックアップに回っていた。

 戦場を駆け回りながら盗賊は戦死した兵士達の惨状を見て歯噛みする。兵士や魔物達の体の一部や死体で足場も悪い中での戦いだが、盗賊にしてみれば何年も経験したことであるため然程違和感もなく戦い、動き、魔物の命を刈り取った。

 だがそれでも、最前線で戦う役職ではない盗賊は囲まれると危うい状況になる。現にその状況となっており、盗賊は不敵な笑みを浮かべてはいるが、その顔には冷汗が浮かんでいた。右肩には切り傷もあり、血が滲んでいる。


「…盗賊風情に随分と邪魔されたものだ」


忌々し気にそう呟くのは陶器のような白い肌を持ち、額には一対の角が生えている男───魔族だった。周囲には盗賊を取り囲む魔物がおり、自分は策にハマってしまったのだ、と盗賊は理解していた。

 それでも尚、盗賊は不敵な笑みを浮かべたままだった。


「…片腕でどこまでやれるかね。全く───」


盗賊は左腕にダガーを持つと正面の魔物に躍りかかる。


「───こちとら、ただの人間なんだがね!!」


周囲の魔物は退き始めているが、絶妙なタイミングで邪魔してくる盗賊に狙いをつけたらしい魔物達が統率の取れた動きで盗賊を戦場から引き剥がしたため、現状離れた場所にいる。助けはこないだろう、と盗賊はここで死ぬ覚悟を決めた。


「だができる限り抵抗はさせてもらうぞ!」


幸いにして、ここは森林。三次元的な動きも可能であるため、盗賊にとってしてみればこの上なく恵まれた戦場だと言えた。

 わずかな時間で罠を張り同士討ちや薬品、爆煙による攪乱に乗じて一匹ずつ確実に魔物を仕留めていく。その様子を見ていた魔族は舌打ちし、「消耗品では無意味か」と呟くと何かをぶつぶつと呟いて杖を一振りした。直後、正面に生えていた木が数本吹き飛び、盗賊も巻き込まれた。魔族の連れてきた魔物達ごと吹き飛ばしたが、盗賊は足の骨を折り身動きが取れないようだった。


「…梃子摺らせたな、卑しき盗賊風情」


ボロボロの盗賊の前に魔族が立ち、杖を向ける。その瞳には何一つ感情など乗っていない。まるで心底どうでもいい物を見るかのような目付きだった。

 だが、盗賊が笑みを浮かべたことでその表情に忌々しさが宿った。


「どうやら、俺の勝ちのようだな…ま、あんだけ俺が暴れりゃ広範囲を吹き飛ばすだろうよ。森林で視界も悪いしな…ハハッ、信じてよかったぜ───」


何?と魔族が言うより前に、盗賊の前に躍り出る影があった。不意打ちで出てきた影───勇者はそのまま光り輝く聖剣を横薙ぎに振るい、魔族の首を斬り飛ばした。


「───なぁ、勇者さんよ」


魔族は強烈な光を目に焼き付けたまま息絶え、防衛線は終了した。


 結果的に言えば駐屯地はかなりの打撃を受けたが、それでもかなりの戦力が残っていた。魔族の討伐による二次被害の阻止に加え、僧侶の治癒魔法の存在、魔法使いの安定した前線支援や勇者の一騎当千の活躍によるところが大きかった。そんな中、一人だけ重傷を負った盗賊が浴びたのは称賛ではなく懐疑的な視線だった。

 勇者が反論しようとしたのを一時的に意識を取り戻した盗賊自身が止め、「英雄譚としちゃ完璧な筋書きだ。士気向上には必要だろう」と勇者に告げ、勇者達は拳を握り締めながらも納得せざるを得なかった。尚、言い終わった盗賊はすぐに意識を失ってしまった。


 その日の晩、盗賊のいない勇者一行専用天幕にて。中は非常に暗い雰囲気が漂っていた。


「…僕の認識が甘かった」


開口一番、勇者はそう呟いた。誰かに言うわけでもなく、ただの独り言のように。


「戦争をどこか他人事のように感じてしまっていた。これから元凶を叩きに行くのにも関わらず…」


勇者のいた元の世界では、『勇者と魔王』の物語というものは多数存在する。中には勇者が正義だったり、魔王が正義だったり、或いは両方正義だったりと様々だ。だが、確かにその世界には住んでいる人々がいて、生活があって、争いもある。日常はふとした瞬間に壊れるという事実を、勇者は正しく理解していなかった。そしてそれはこの場にいる僧侶と魔法使いも同様だった。


「…けれど、盗賊さんが叫んでくれなければ…僕達はきっと迷ったままだっただろう。そんな彼の功績を伝えていけないのは正直…辛いものがあるね」


誰も反論しない、というより、沈黙で同意を示している。


───しっかりしろ勇者!!お前がやんなきゃいけないことがあるだろう!!!


盗賊に言われた言葉が、勇者にずっしりとのしかかっている。

 今日戦争の一部を見て、感じて、そして共に戦った勇者達は、この地獄の状況を一刻も早く打破すべく決意を新たにするのだった。

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