大人の仕事

 勇者一行に加わった盗賊だったが、昼ご飯の食材のことを引き合いに出されて早速窮地に立たされていた。

 魔法使い曰く、人のものを盗る中でも食料を盗むのが一番罪が重い、らしい。何を言っているのかサッパリだが、お陰で勇者が少し我慢したのは事実である。そのことは当然盗賊だってわかっている。なにせ、盗賊団の頭目であった彼は部下に多めに食事を配分して、自分は最低限の食事しか行っていなかったのだから。

 故に少しだけ罪悪感のあった盗賊はしょうがねぇなぁ、とばかりの表情を浮かべて勇者を見ると、


「その辺で食える野草探してくるわ。あ、お前らムシは勿論食えるよな?貴重なタンパク源だ、残さず食えよ」


そう言った。ムシ、という言葉を聞いてから魔法使いの顔色が青い。


「肉は魔物から取れるから!お願いだからムシだけは!!」


「冗談だ」


「〇になさいよさぁ早く」


ムシが苦手らしい魔法使いをからかいつつ、盗賊は早速辺りを散策すべく一行を離れ、見えなくなるのにそう時間はかからなかった。

 東大陸の内陸部は、魔王による侵略が行き届いていないこともあってか、かなり穏やかである。気候も上々、魔物はおらず、ただ綺麗な景色だけがどこまでも続いている。そんな景色を見て勇者はボソッと「魔王がいるだなんて、嘘みたいだ」と呟く。索敵をしている魔法使いには聞こえなかったようだが、隣を歩いていた僧侶が反応した。


「魔王が降臨する前は、どこも穏やかで平和そのものでしたけどね…ずっと、そうだとよかったんですけど」


言いつつ、僧侶は目を伏せる。そんな僧侶に対して勇者は聞かれていたか、とばかりに苦笑すると、


「僕は異世界から来て今ここにいる。だからこの世界がどんな世界かはまだわからないけど…絶対に取り戻そう」


そう言って微笑みかけた。対する僧侶も少し安心したのか、決意に満ちた表情で頷いた。

 というやり取りを少し離れたところで聞いていた魔法使いは、完全に自分の事を忘れている二人に肩をすくめつつ黙ってついていく。


「…なぁ、アレは水差したら怒られるか?」


「ッ!?…アンタ、乙女の耳元で囁くのやめなさいよ」


そんな魔法使いの耳元で囁いたのは食材を集めてきたであろう盗賊だった。とはいえ随分早いものである。そして魔法使いは、というと声にならない叫びを全身で表現しつつ盗賊にげんこつを食らわせながらも小声で告げた。

 乙女?どこ?とばかりにきょろきょろと辺りを見回している盗賊にもう一発げんこつを食らわせた魔法使いだったが、その際に盗賊の頬に赤いシミが出来ていることに気付いてどうしたのかを尋ねた。


「あ?あー、ホントだ。ま、草とかで切ったのかもな。ほっときゃ治るから気にすんな」


すると盗賊は頬についた血を軽く拭い、手をひらひらと振って無事なことをアピールしながらそう言った。魔法使いはジト目を向けながらふーん、と鼻を鳴らすだけで言葉を切った。

 そして盗賊が自分から視線を外した一瞬の隙を見て『ヒール』と呟いて盗賊の傷を治した。驚いたように魔法使いを見る盗賊に対し、魔法使いは目線を合わせずに、「…まぁ、アンタも一応、勇者さんが仲間って認めたわけだし…ね」と言っていた。実は魔法使いとは、回復魔法にあまり秀でず、逆に攻撃魔法に特化した僧侶、のような位置づけであるため、本職程ではないが一応魔力を消費して治癒することはできる。それこそ小さい切り傷程度であるが。

 さて、回復してもらった盗賊はというと、なんだか気不味くなってしまって「ツンデレってヤツだなこれが…ごちそうさまです」などとほざきながら拝んでいる。盗賊の頭に新しいたんこぶという傷が出来たことは言うまでもないだろう。


 茶番はさておき、魔法使いは「ちなみに収穫は?」と盗賊に問いかけた。盗賊はその質問を聞いてにやりと笑った。


「ふっ、何も見つからなかった」


盗賊のたんこぶが一つ増えた。盗賊はすぐ手が出るんだからこの子は…とため息を吐いたが、懐から拳程の袋を二つほど取り出した。そのうちの一つには何故かいくつかの干し肉が入っている。そしてもう一つには金貨が大量に入っていた。魔法使いが動揺したのか目をパチパチとさせながら盗賊を見た。「落ちてたからついでに拾ってきた。流石に盗んだわけじゃない」とあっけらかんとして言い放つ。街道だしありえないことではないわよね、と魔法使いは自らを納得させると、ぶつぶつと呟いた後に二つの袋を受け取り礼を告げた。


 さて、時が過ぎ夜になった。王都から西の商業都市までの道程の四分の一ほど進んだ所で野営をすることになった勇者一行は、テキパキとテントの設営や焚火の用意を終わらせ、休息をとる。盗賊は近くにあった木の上で辺りを見つつ警戒している。と言っても、基本的に追われる身だった盗賊にとって警戒など朝飯前である。

 それでも多少旅で疲れていたからか注意は散漫になりかけている。年を取ったからか、或いは栄養が足りていないからか。とにかく盗賊は現状を鑑み嘆息する。それと同時に緊張感も若干抜けてしまった感は否めないが。


 盗賊は木の上から談笑をする勇者パーティを一瞥し、口の端を少しだけ持ち上げ笑う。彼の目には盗賊団の仲間達の姿が重なって見えていた。長い付き合いで、かつ死地にも自分を信じてついて来てくれた、そんな彼等と勇者一行が重なって見えたのだ。普段は軽口を叩き合い、だが重要な局面では重要な役割を各々がこなす。

 勇者に捕まる際、本来であれば捕まるのは盗賊だけで、彼の仲間は逃げ延びて同じことを各地でするという作戦だった。だが仲間は盗賊を見捨てず、結果的に全員が捕まる結果となってしまった。

 全員を生かす、ということはそう簡単ではない。それは全ての物事において同じことが言えると盗賊はかつて学んだ。盗賊が盗賊になる前、西の大陸で家族を喪った時、奪わなければ生き残れないと気付いた時、死んだ魔物の喉に嚙みついてその血肉を啜って生きながらえた時、彼は学んだのだ。


 だが、それを仲間…勇者達に背負わせるには、あまりにもまだ幼い。


「この罪は、俺がお前らの分まで背負ってやる。それが、あの時助けてもらった恩返しだ。何よりこういうのは…大人の役割だからな」


そう呟いて盗賊は自らの手の平を覗き込む。その手は、薄汚れていた。


「盗賊さん、ちょっといいかな?」


そんな時、勇者が木の上までやってきた。太い枝に二人で腰かけ、夜空を見上げる。沈黙がお互いを支配したが、先に口を開いたのは意外にも盗賊だった。


「悪かったな、飯勝手に食べて」


言いつつ、軽く頭を下げる。勇者は軽く面食らったが、すぐに手をぶんぶんと振って気にしていないという旨を伝えた。その分の食糧も取ってきてくれたし、と付け加え、勇者はそれでお相子だ、と言った。

 その言葉に、盗賊は一瞬目を伏せたが「そういうことにしておいてくれ」と何とか返した。


 食材調達というのは名ばかりで、勇者達から離れたのには、彼にしかわからない理由がある。出発の前夜に高位の貴族を摘発し投獄したこともあって巷では英雄扱いされていた勇者だが、当然貴族と繋がりのあった犯罪組織や裏の組織は勇者を恨み、これでもかというほど刺客を放った。大量の金貨を前払いで払ってまで、である。

 盗賊は悪徳貴族から金品を巻き上げる都合上、そういった繋がりも把握している。なにより勇者達に告発させたのも彼だったのだから、こうなることは当然予測していたのだ。

 普段は反目している組織も打倒勇者を掲げて協力し、魔法使いの索敵に引っかからないように範囲外ギリギリの場所でずっと見張っていたのだ。盗賊はその事にいち早く気が付いていた。


 だから、その刺客数十名を一人で皆殺しにした。茂みから短剣を投げ刺し殺し、或いは薬品を投げつけ麻痺させてから息の根を止め、或いは真正面から捻じ伏せて首を捩じ切って殺した。当然無傷ではないが、大きい怪我もなく、それこそ頬にわずかな切り傷を作った程度である。

 勇者ならば楽に勝てる程度の相手だ。殺さずに無力化することだってできただろう。だが相手は裏の世界の住人だ。情報を引き出される前に舌を噛み切るなり奥歯に仕込んだ毒薬を飲んで自決するだろう。それは間接的に勇者達が同じを殺したことになる。


「…異世界から来た、か。この世界にきて苦労したことも多いだろ」


盗賊は少し笑いながら勇者に告げる。勇者は苦笑しつつも、家族に会えないことを少し悔やんでいる様子だった。

 勇者の考え方の全ては明らかに綺麗事でしかないと盗賊は感じていた。人を殺すことはいけない、誰かを助けるために誰かを犠牲にしたくない、いつかは平和を取り戻す。これら全ては綺麗事だ。この世界では通用しない、だが確かに理想とすべき概念だった。

 勇者は、黒髪黒目というこの世界では珍しい容姿と整った顔立ちはともかく、少なくとも見た目は綺麗であり、不自由の少ない暮らしをしていたことがわかる。だからおそらくその異世界は平和だったのだろうということは、盗賊にも理解できた。この世界での命の価値というものが如何に軽いか、勇者もいつかは理解することになる。そのことで辟易することも多いだろう。


 だが、それは今ではない。決して自分のように穢れた感性をこの青年に植え付けてはいけないのだ、という確固たる意志を以て盗賊は勇者の旅について行く。旅が終われば勇者は自らの世界に帰るのだ。


「…家族に会いたい、か。ならすぐにでも魔王を倒して帰れるようにしよう。お前にはその力があるんだから」


───俺には、汚れ仕事を請け負ってお前をこの世界に馴染ませずに帰らせられるだけの力があるのだから。


勇者は屈託のない純粋な笑みを浮かべ盗賊に礼を告げる。対して盗賊は表面上は穏やかに見える笑みを浮かべて気にするなと告げた。

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