元々野盗だったけど最後は勇者を庇って死にます(宣言)

さけずき

盗賊だけど世界を救います

 東の大陸の最も大きく力のある国、そこは現在大きな危機に直面している。否、国一つの問題ではなく人類という種族一つの存続を賭けた危機だ。


 東の大陸とは真逆、西の大陸に突如として現れた邪悪な魔族と呼ばれる存在が人類の住まう地を奪い続けてたった数か月、最早支配領域は西大陸全域にまで及んでいる。同様に北の大陸と南の大陸、東の大陸にも魔物達の魔の手が迫りつつある中、東の大陸の最も大きい王国では『賢者』と呼ばれていた大魔術師が自らの魂を代償にした邪法を用いて異界より強大な力を持つ存在を顕現させた。

 それが、『魔をハラい命をスクう』と言われる『勇者』であった。


 勇者は強かった。体術、剣術、魔術、そしてその力を振るう精神力も完璧だった。決して驕らず、仲間を頼り、しかし甘えることはしない。絵に描いたような完璧超人、それが異界より召喚された勇者だった。

 そんな勇者達は順調に経験を積んでいき、遂に国を旅立つという時にとある貴族からとある頼み事をされた。


「近頃、儂の荷車が襲われて金品を巻き上げられることが多くてのう。他の貴族もそうみたいじゃて…ここはひとつ、力を貸してはくれんか?」


勇者は旅立つ前に盗賊を探して討伐することにし、一度王都を後にした。世界を救うにはまず手の届くところから、というのが信条である勇者らしい行動であると言えるだろう。

 勇者達は王都の外にある貧民街で早速聞き込みを始めた。壁の外であるため勿論危険だが、貧民街とは名ばかり、他地域からの難民がほとんどである。そんな彼等だからか、聞き込みをしているのが勇者だとわかると喜々として話してくれた。

 だが、しばらく聞き込みを続けても進展がなく、別のアプローチ方法を探していた、その時だった。勇者のマントをちょん、と摘み、話をしたそうに勇者を見ている女の子がいた。手にはクマのぬいぐるみが握られている。

 勇者が微笑みながら女の子にどうかしたのかを問うと、いつもお小遣いをくれる変なおじさん達の話をしてくれた。女の子どころか、女の子の親や他の人にもあげているらしい。教えてくれてありがとう、と勇者は女の子の頭を軽く撫で、クマのぬいぐるみにリボンをプレゼントしてその場を離れた。


 女の子からの情報によれば貧民街のはずれに、盗賊達の拠点があるらしいという情報を得た勇者は仲間と合流すると、情報に従って進み始めた。


 歩き始めてから然程時間をかけず、すぐに盗賊達の拠点だと思われる場所へと辿り着くことができた。


「思っていたより年季の入った建物のように見える。魔法使い、索敵はどう?」


勇者は拠点から100mほど離れた場所で隠密しながら仲間のうちの一人である魔法使いの女性にそう話しかけた。魔法使いはなにやらぶつぶつと詠唱を始め、杖を一振りする。そしてうん、と頷くと「中に五人、見張り二人、合計七人」と端的に告げる。

 勇者は一言礼を告げると、魔法使いともう一人の仲間である僧侶の女性に包囲しておいてくれ、と伝えると腰に差してある聖剣を抜き放ち、拠点へ向けて突撃を開始した。


 食事中だったと見える見張りの盗賊達が慌てて警笛を鳴らそうとしたが、勇者の動きは速く、素早く気絶させられてしまう。音もなく、大の大人二人が瞬時に気絶させられたという時点で勇者の強さは語るべくもないだろう。

 だが数年間王都を悩ませた盗賊団だけあって行動は迅速だった。勇者が中へ突入しようとした瞬間、勢いよく扉が開き盗賊が姿を現して勇者に飛び掛かった。

 不意打ちを受けたにも関わらず、勇者は聖剣で盗賊の短刀を受け止めていた。盗賊は軽く舌打ちすると鍔迫り合いをやめて華麗な身のこなしですぐに距離を取った。


「…君が盗賊団の頭領、ってことでいいのかな?他の仲間はどこだい?」


勇者は情報を引き出すべく盗賊に話しかける。盗賊はダガーを逆手に持ち戦闘態勢を崩さぬまま、「さて、一体何のことやら?」と言い放つ。会話は無駄だと判断した勇者が切り掛かろうとした瞬間、自らの足元に先ほどまで転がっていたはずの気絶させた男がいなくなっていることに気付く。盗賊が動いた様子も、動く様子もない。だが、どこか焦っているようにも見える。

 刹那、勇者の背後から二人の男が飛び掛かる。先程気絶させられていた二人だが、既に意識を取り戻している。恐るべき強靭さであるが、盗賊の表情の機微を窺い知れる勇者には、強者特有の傲慢さとは無関係の余裕があった。


「バカ!やめろお前ら!!」


 そのことに気付いた盗賊が慌てたように叫ぶが既に遅い。勇者は振り向きざまに聖剣の刃を立てずに二人を横薙ぎで吹き飛ばした。吹き飛ばされた男達の方向を見て苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた盗賊だったが、機敏な動きで勇者へと襲い掛かる。

 右へ左へ、或いは上へと三次元的な軌道を描きながら一撃離脱を繰り返すも、勇者は全て完璧に対処する。そして疲労感からか盗賊から一瞬空気の抜けた瞬間を見逃さず、勇者は先程の男達と同じようにして聖剣で薙ぎ払う。

 盗賊はその勢いで吹き飛びつつ地に伏せる。それでも手にしたダガーで衝撃を殺し、複数個所の打撲で被害を済ませていた。だが、これ以上の戦闘は厳しいようで、立ち上がろうとしてできない様子だった。


 そんな中、包囲していたはずの僧侶と魔法使いが縛られている盗賊達を連れてやって来た。


「勇者様、盗賊の残りを捕らえました」


盗賊が縛られた部下達を見て気力を失くしたのか肩で息をしながらボロボロの家屋に背中を預け、ハッと笑った。


「畜生、まさかとは思ってたが…美人な嬢ちゃん連れてるイケメンの男なんてそりゃ、我らが人類希望の勇者サマくらいだよなぁ…そりゃ、逃げらんねぇかぁ」


その表情からは諦観と悔恨が見て取れたが、どこか清々しくも見える。それを不思議に思った勇者は聖剣を鞘に仕舞うと、疑問を素直に盗賊にぶつけた。


「貴族から金品を奪っていたにしては拠点もみすぼらしいし、部下達に比べて君自身の体も細い。まるで骨と皮ばかりだ。道中に聞いた話では貧民街で金品を配っていたとも聞く。どうしてかな?」


盗賊はその言葉を聞いてキョトンとした後、大笑いした。勇者は何がおかしい、と少しだけ憤慨したが、盗賊の表情を前にしてその憤りを飲み込むことしかできなかった。


ためさ。簡単だろ?大を生かすために小を殺さなきゃいけない。こんなご時世じゃ、ガキ一人食い扶持にありつけない。だったら未来の見えてる人間より可能性とか希望に投資する方が余程有意義な小の殺し方だ、そうだろ?」


ま、お前みたいな甘ちゃんにはわからないか、と盗賊は勇者を小馬鹿にしたが、勇者は特に反応を見せずに何やら考え込んでいる様子である。魔法使いと僧侶は一刻も早く盗賊達を衛兵に引き渡すべきだ、と言ったが勇者が少し待ってくれないか、と引き止めた。


「…わからないな、だとしてももっとやりようはあると思うんだ。犠牲が出ない方法を探すとか───」


「ハッ、やっぱ甘ちゃんじゃないか。犠牲も出さずに救えるなら苦労しなくて済むって話だ。お前の召喚なんかももっと簡単だったろうぜ」


盗賊は咳き込みながらも言葉を紡ぐ。


「犠牲を出さなきゃ結果を残せないヤツが大勢いるのに貴族は私腹を肥やしてやがるのさ。俺一人が金も食料も全部我慢したところで高が知れてる。だから、クソみたいな貴族からは金巻き上げて犠牲の一端を担わせてたのさ。ま、それも今日までだが」


ふぅ、と大きくため息を吐いた盗賊は僧侶に縛られながらも少したじろいでいる勇者に向けて言った。


「もう抵抗するつもりはねぇが一つだけ約束してくれ。約束してくれたら、お前らの名声の足しにでもなんでもなってやるからよ」


勇者は視線だけで聞こう、と返すと続く言葉を聞いた。その言葉を聞いた勇者は一瞬目を見開いて、すぐに精悍な顔つきをすると、


「…わかっているよ、それが僕の使命だから。この命に代えても必ず果たすと誓う」


胸に手を当てて盗賊に対してそう返答した───。


 盗賊達を倒してから帰る途中の勇者一行だったが、どこか空気が重いように感じられる。勇者はなにかを思い悩むように黙り込み、盛り上げ役の魔法使いも普段から静かな僧侶も、何やら煮え切らないといった様子だ。


「…勇者さん、ほんとにいいの?」


重い空気を突き破って声を出した魔法使いが恐る恐る勇者に問いかけた。僧侶も同じ考えだからか何も言わず、ただ勇者の後を進んでいるだけのため、その言葉を止める者はいない。

 そして勇者自身、この選択が正解かどうか、図りかねていた。


「僕にもわからないけど…なんとなくこうすべきだと思ったんだ」


そうして一言そう返した。魔法使いもそれ以上は何も言わなかった。


 王都へと戻ってきた勇者一行は、夜になってから貴族の屋敷を訪れた。勇者達を応接室に通し、貴族は話を聞きながら大層嬉しそうに勇者の帰還を喜び、盗賊の頭目を討ち取ったという話を聞いて飛び跳ねていたほどだった。だが、そんな喜びも束の間、突如応接室の扉を荒々しく開けて衛兵がどかどかと入り込んできた。


「…侯爵、あなたには多額の脱税、収賄、強盗殺人の指示など多数の容疑がかけられています。身の潔白を証明したければ、ご同行を」


そして無機質にそう告げた。貴族は先程の興奮冷めやらぬ、といった様相のまま顔を真っ赤にしてどういうことか、と勇者を怒鳴りつける。勇者は懐から一枚の紙を取り出し、机に置いた。


「この手紙にあることが事実であれば、と思いまして。ですが侯爵、無実ならば何も気にすることはありません、そうでしょう?」


そして表面上だけ笑顔を浮かべてそう言った。貴族は冷汗を大量に浮かべながらふんっと鼻を鳴らすと、何が勇者だ、と吐き捨てて衛兵に連行されていった。

 結局、悪徳貴族は有罪となり、協力していた貴族や犯罪組織も芋づる式に一斉に検挙され、投獄された。勇者にしてみれば結果的に正しいことをしたが、少ししこりの残る結果になったと言えるだろう。


 翌日、勇者一行は王都を出るべく西門へと向かう。出立の際は王都を挙げての出立式となり、沢山の人々に見送られながら勇者達は王都を出る。

 次の目的地は王都から西に街道をまっすぐ進むとある商業都市である。しばらくは魔物も出ず、穏やかな旅路が続き、正午になったところで路傍にあった木陰で小休止しつつ、昼食を取ることにして腰を落ち着けた。ちなみに料理は魔法使い担当である。僧侶は料理が絶望的で、勇者は作れるが…と言った腕前なためだ。

 そして魔法使いの料理は材料を節約しつつおいしいものができるため満場一致で彼女に決定している。実際、魔法使いは数分程で軽い食事を作り終えたし、勇者と僧侶、そしてもう一人も美味そうにそのご飯を食していた。


「ん?料理の減りが早いような…って!!!アンタ、なんでいんの!!」


作った張本人である魔法使いがそのもう一人を木のスプーンで指しながら言った。その言葉で勇者と僧侶もギョッとして器を落としかけていた。そして話題の渦中の人物と言えば呑気にご飯を食べている。そして空になった器を魔法使いに差しだして「おかわり」と一言告げた。

 当然、魔法使いはキレる。


「貴族連中から金品巻き上げれないからって、今度はアタシ達からごはんを盗もうってわけね!!!そーーーーーはいかないんだから!!」


「魔法使い、落ち着け」


「アンタが言うな!」


「それで勇者さんよ」


「聞け!!」


ギャーギャーと騒ぐ魔法使いを無視して渦中の人物───盗賊は勇者を見る。勇者は驚いたように盗賊を見つめつつ、何か用かと尋ねた。盗賊は少しだけ気まずそうに頬をポリポリと掻きつつ、「いや、一応救われたから礼を言いに来た」と言った。勇者が気にすることはない、と返すと、盗賊はニヤッと笑って「…ってのが、表向きの理由。勿論感謝してないわけじゃないがね」とそう言った。その言葉に少しむっとした勇者だったが、ケラケラと元気そうに笑う盗賊の姿を見てため息を吐いた。


「それで?何しに来たのよ。本当にごはんを盗みに来たの?燃やすわよ」


僧侶に宥められた魔法使いが会話に割って入る。聞かれた盗賊は、一転して真面目な表情になると、重々しく口を開いた。


「もうここには俺の居場所はないし、お前らについてくことにした。魔王を倒す戦力としては兎も角、一人くらい斥候は必要だと思うぜ?」


「聞いて損したわね、行きましょう勇者さん」


即答かよ…と苦笑しながら魔法使いの言葉に反応した盗賊だったが、勇者の言葉を待っているようだ。勇者は少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに笑みを浮かべると盗賊に向けて手を差し出した。

 対する盗賊も笑みを浮かべると勇者の手を握る。マジかよ、という表情を浮かべる魔法使いと仲間が増えたと純粋に喜ぶ僧侶を尻目に、二人は熱い握手を交わすのだった。


「食費は自分で稼ぎなさいよ盗賊」


尚、魔法使いにはかなり嫌われているようだ。食べ物の恨みというのは恐ろしいものである。

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