束の間の休息

 翌日、勇者一行の行先が決まり、盗賊の療養のため一日だけ猶予が開けられることとなった。盗賊の怪我としては打撲数十か所、頭部や腕部を中心とした数か所の切り傷、そして右足の骨折である。かなりの重傷で、戦闘終了から一時間ほど意識を失っていた。

 ただ、治癒魔法のお陰で一日で治る怪我になっているため、完治すればすぐに出発できるほど元気だった。


 一方、勇者一行の天幕では。


「昨日の襲撃を退けたからここの駐屯地にしばらく攻勢はこないみたいだね。魔族を倒した、ってのもきっと大きいんだろうけど」


指揮官から共有された情報を元に、今日一日の予定を僧侶と決めている勇者がそう呟く。


「そうですね。一先ず今日は昨日より長く眠れそうです」


勇者の言葉に、僧侶が小さくあくびをしながらそう言った。昨日はより本格的な負傷者の治療と戦場に身を置いていたことから心が昂っておりうまく寝付けなかったのだ。尚、勇者や魔法使いも同様である。

 勇者は僧侶を労いつつ、見回りか鍛錬でもしようか、と予定を決めているところで魔法使いがいないことに気付いた。


「あれ?魔法使いは?」


「魔法使いさんでしたら…恐らく、盗賊さんのところかと」


「あー…彼女、凄かったもんね」


勇者が苦笑しながらその光景を思い出していた───。


───ちょっと、どうしたのよ!!魔物にやられたの!?生きてるんでしょうね!!!ああ、どうしよう、盗賊が死んじゃう…!!


「───まぁ、あの後普通に生きてるって知って怒ってたよね。泣きながら」


勇者の言葉に微笑みながら僧侶も同意した。さて、と勇者は気持ちを切り替えると聖剣を担ぐ。僧侶も杖を持ち、勇者と共に天幕を出る。


「それじゃあ、頑張ってね」


「えぇ、お互いに」


勇者は見回りに、僧侶は負傷兵の治療に行くのだった。


~~~


 忘れもしない、アレはまだ俺がガキの頃だった。

 西の大陸の小さな集落で、両親と一緒に過ごしていた俺は幸せだった。何の変哲もないこの小さくも幸福な生活がいつまでも続くと信じて疑わなかった。

 だが、それは違った。現実はいつも、悪い意味で期待を裏切ってしまう。

 集落は魔物に襲われて滅びた。手始めに村の柵が破られ、対処に向かった大人の多くが喰い殺された。家の押し入れの中で震えているしかなかった俺は、微かに聞こえてくる悲鳴に怯えることしかできなかった。

 目の前で母が死んだ。その光景だけは忘れることはない。家に入ってこようとする魔物に包丁を突き刺し、鬼の形相で魔物を刺し殺していた。肩で息をする母は、別の魔物に首の骨を折られて死んだ。

 為す術なく集落は滅び、魔物の血の匂いで奇跡的に俺は生き延びた。いや、生き延びてしまった。

 10歳かそこらの子供が、瓦礫と遺骸の転がる集落跡地でまともに生き残ることは不可能だ。

 空腹が限界に達した俺は最初は母のモノであろう腕の欠片を食べた。蛆が湧き始めていたが関係なく、とにかく飢えを満たすことだけを考えていたからだ。それからほどなくして、あまりの気持ち悪さに吐いたが、それすらも無理矢理飲み込み、糧にした。

 次に魔物を食べた。母が見たこともない恐ろしい表情を浮かべながら刺し殺した魔物だった。食べる度に魂が押し潰されるような激しい苦痛に襲われたが、それでも食べることをやめなかった。

 生き延びるためにはまともではいられなかった。生き残るためには手段を選べなかった。

 魔物を喰らい、生死の境を彷徨って、肉体が変質してからようやく飢えが収まった。

 俺は各所に転がっている死体を集め始めた。まだ死んでからそう日は経っていないが、嫌な臭いが立ち込めている。綺麗にしたいと思ったのだ。

 死体を粗方集め終わり、マッチに火を灯し───


~~~


 盗賊はそこで目を開け、ガバッと飛び起きた。体中、汗でべたべたである。そのままわなわなと震えている手で顔を覆うと、「…夢か」と呟いた。悲惨な戦場を見て過去の光景がフラッシュバックしてしまったようだった。盗賊は震える声で「勘弁してくれよ…」と呟いた。


 少し落ち着いてから怪我の具合を確かめる。骨折はもう完治し、他の傷も粗方問題なくなっていた。そうして安心したのも束の間、天幕に入ってくる人影があった。カタンッと音を立てて杖が地面に落ちた。その持ち主であろう女性───魔法使いが盗賊を見て驚いたように目を見開きながら固まっている。

 そして盗賊が起きたことを理解してどんどん瞳に涙が溜まっていった。


「…あ、お、起きたのね」


震える声で盗賊に問いかけた。盗賊は頷く。魔法使いが少しだけ近づく。


「う、嘘じゃないわよね。夢…?」


「現実だ。まぁ…さっきまで最悪な夢を見てはいたけどな」


魔法使いの言葉に盗賊は苦笑しながら返した。盗賊の声を聞いた魔法使いの目からは、堰を切ったように涙が溢れ出していた。そして左肩を軽く叩く。


「じんばいじだんだがらーーー!!!どうぞぐのばがあああああ!!!」


そして泣き叫んだ。盗賊がどうすればいいか戸惑っていると、騒ぎを聞きつけた僧侶が天幕へと入って来た。そして開口一番。


「病院内で騒ぐのはやめてください!!!!!」


「いや、ここ病院じゃないと思うぞ」


そして僧侶もまた盗賊が起きていることに驚いて大声を出してしまうのだった。


 閑話休題。落ち着いた僧侶が盗賊の体に異常がないかを確認し、異常がないことを確認して驚いていた。


「本当なら今日一日は療養だったんですけどね…盗賊さんの回復力はどうなっているんですか?」


「さてな、わからん。体質だろ」


「そんな体質あったらチートよチート」


本当は理由がわかりきっている盗賊だったが、言う必要のないことは言わない主義(真面目な場面のみ)なためそのまま黙っていることにした。

 そのまま僧侶から今日明日の予定を聞かされ、一先ずは安静にしていてくださいね、と念を押してから天幕を出て行った。


「…いやー、精が出るねぇ聖女サマは」


「まぁ救える命があったら救うが信条だしね。当然よ」


なるほどねぇ、と適当な感想を漏らす盗賊に対し魔法使いはムッとした。


「アンタは違うの?まさかまた犠牲がどうこうみたいな話するんじゃないでしょうね」


「まさか。救えるなら救うべきだろ。だが戦時中は別だ」


別に押しつけとかじゃないけどな、と念押ししてから盗賊は続けた。


「単純な話だ。戦争に綺麗事や常識、倫理観なんてない。なんてのは全く以て下らないね。どんな美辞麗句で誤魔化そうが、戦争そのものが低俗だからな。『勝てば官軍』なんて言葉があるくらいだし」


だが、と勇者や僧侶のことを思い浮かべながら盗賊は言う。


「綺麗事並べて、それを絶対に通すってんならそれもいいだろうさ。俺みたいに現実主義とか、そういうのじゃなくて、理想を追って、実現しようと努力する…それは高潔なことだろうから」


「なんか難しいわね…もっと簡潔に言いなさいよ」


「要するに、三者三様、みんな違ってみんないいってこと」


???と首を傾げる魔法使いに対し、盗賊は微笑みながら「まぁ、いつかはわかるさ」と告げる。魔法使いは端的にあっそ、と返した。


「ってか今日デレ多めだな」


「ふんっ!!!」


「いたっ!?おい待て!!悪かったからやめろ!!」


自ら地雷を踏み抜いた盗賊は、その後の配給で来た食料を少しわけて許してもらっていた。

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元々盗賊だったけど最後は勇者を庇って死にます(宣言) さけずき @Sakezuk1

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