第3話 嶺脇家
「お父さーん、お母さーん。悠くんのお帰りだよー」
玄関の扉を開ければ、中年の男の人と女の人が慌ただしく出てきた。
「悠、よく帰った……」
「悠!!あぁ、本当に良かった」
俺を腕の中に抱えて、涙を流す母と思しき人。
相手は俺のこと覚えてるのに、俺だけが何一つ分からない。
別に分からないだけだから悲しいも何もないんだけど、なんだか申し訳ないしちょっぴり輪の外な感じもする。
「じゃあ悠くんの部屋に案内するから荷物とか持ってきてね」
「あ、うん」
ほのかに連れられて階段を上がっていく。
一階にはリビングダイニングとキッチン、トイレに風呂。2階には個室が3つと納戸が一つ、ありふれた一軒屋。
「はい、ここが悠くんの部屋ね」
ドアを開けると、驚いた。
壁には賞状の数々、棚にはいろんなトロフィーや盾が置いてある。
「これは?」
「昔悠くんがとったやつだよ」
「俺が……」
「でもいいの、気にしないで。先生も、思い出そうとすればするだけ思い出せなくなるって言ってたから」
「わか、った」
勉強机に荷物を乗っけて、賞状やらトロフィーやらを見てみる。
どれを見ても嶺脇悠、嶺脇悠の文字ばかり。
何の競技だろうと思ったが、机に立てられていた一枚の写真でなんとなく察しがついた。
坊主頭の少年が、天に向かって人差し指を突き立てている。肩からかけているのは、一本のタスキ。
まさしく感情が爆発しているような、活き活きときた良い写真だ。
(記憶が戻ったら俺もこうなれるのだろうか)
写真立てのガラスに反射する俺の顔と、写真の中の顔。どちらも同じ顔なのに、全く違う顔に見える。
俺からしたらただの他人だが、他人からみれば自分が自分に憧れてるいるように見えるのだろう。変な気分。
「悠〜!ご飯できたわよ〜!」
リビングから母の声がする。
「今行きます」
ほのかに続いて部屋を出ようとすると、棚の上に置かれた一枚の紙に目が止まった。
(なんだ、これ?)
手にとって見てみれば、そこには甘酸っぱい言葉が書かれていた。
『全国とったら、告白する』
どうやら嶺脇くんは恋していたらしい。
でも俺は、その子のことすら忘れてしまったようた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
俺はそっとその紙をもとに戻した。
――――――――――――――
「いただきます!」
家族4人で手を合わせる。
やがて父と母は、缶ビールを開け始めた。
「乾杯」
各々がタンブラーにビールを注ぎ、2人でチンと音を鳴らす。
「お父さん、飲むの〜?」
「はっはっ、今日飲まないでいつ飲むのさ」
「もう先生にも言われてるんだからほどほどにね」
「あぁ分かってるよ」
「絶対分かってない……」
お酒が入って父も母も楽しげだ。絵に描いたような家族団らんで、見ていてほっこりする。
「そういえば、ほのかは部活どうするんだ?」
「わたし?わたしは陸上部のマネージャーやるよ」
「悠がいなくても大丈夫?」
「何言ってんのお母さん、むしろ悠くんの方が心配だったんだから」
「ふふ、それはそうね」
なんか俺のこと馬鹿にされてる気がする。
「もしかして俺って、性格に難ありだったの?」
全員がキョトンとした顔で俺を見つめる。
「あっはっは、『性格に難ありだったの?』だってよ」
「ちょっとあなた」
「いやー、だってあの悠がだぞ?」
「それはそうですけど」
「お父さん酔いすぎー」
どうやら、性格に難があったらしい。
「ほのか、俺って前はどんなだったんだ?」
「うーん、それはねぇ……自己顕示欲の高い俺様野郎かな」
「グハッ」
「どうした悠?」
「な、なんでもない」
なんか、見えてきたぞ。嶺脇悠という人間が。
「でも、優しい所もあったけどね」
「えぇ、そうね」
「えぇ、そうかぁ?」
「あと、意外と意気地なしなとことか」
「何よそれ」
「お兄ちゃん、好きな子いたのに全然アタックできなくて」
「あら、そんなことあったの。悠も男の子ね」
「わっはっはっ、俺様のくせにヘタレとはめんどくせぇ男だ」
悪かったな、めんどくさい男で。
はっきりとは分からないけど、なんとなくふわっとした人物像は捉えられた。
とはいえ俺の以前を知ろうとするのは思い出すことの真反対なわけだから、あまり意味がないみたいだけど。
「まぁ、記憶戻したらその女の子にまたアタックしろや」
「あ、うん」
「だったらまずは来週から学校行きましょうか」
「学校?」
「えぇ、県立明美ヶ原高校。悠とほのかの高校よ」
こうして翌週の月曜日。
俺は今日、高校に行く。
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