第2話 明美ヶ原総合病院

「悠くーん」

 

 なんだろう、女性の声がする。


「悠くん、悠くーん」


 誰だろう、ゆうくんって。誰か呼んでるのだろうか。 


「はぁ……やっぱりダメだぁ」


 ため息混じりの女性の声とともに彼女が俺のベッドに手をかけたのか、俺の体が少し揺れた。


(あれ?俺に話しかけてる?)


 ゆっくり目を開けると、そこには俺を覗き込む制服姿の女子高生がいた。


「うわああああ、起きたあああ」

「え?」


 目をまん丸にして、女子高生がおののく。


「良かったあ、心配したんだよ悠くん」


 うっすら目に涙を浮かべながら、抱きついて頬を擦り寄せる女子高生。


「は!私、お医者さん呼んでこなきゃ!待っててね、悠くん!」


 女子高生は、軽い足取りで俺の病室から駆け出していった。




「自分の名前は、分かるかい?」

「わかり……ません」


 引き続き俺の病室にて。俺は、先生から問診を受けていた。


「名前じゃなくても良い、何か好きだったことやお気に入りのもの、知っている人……なんでもいいから、思い出せないかい?」

「わかりません……」


 俺が何て名前だったのか、何をしていたのか、全然思い出せない。

 どうやら、俗に言う記憶喪失というものになっているらしかった。


「あ、でも」

「なんだい?」

「なんか……すごい楽しかった気がします。俺が頑張ったら皆んなが喜んでくれて、それが嬉しくて……でも、どうしてそうだったのか思い出せません」

「そんな……」


 女子高生が、顔を手に埋めて肩を揺らしている。俺の発言が、そんなに悲しいのだろうか。 


「大丈夫、記憶は必ず戻るよ。それまでは私がサポートしよう」

「本当……ですか?」

「あぁ、約束しよう」

「ありがとう、ございます」


 頬を濡らしながら、女子高生は医者の言葉を聞いていた。


「さて、体には異常ないんだし、お家に帰りなさい」

「悠くん、帰って大丈夫なんですか?」

「あぁ、問題ないよ」

「せんせぇ〜」


 女子高生が泣きながら先生にお礼を言う。

 先生も少し苦笑いだ。


 ともあれこうして俺は、この女子高生と家に帰れることになった。

 といっても俺は何も分からないから、家に帰ろうが病院に行こうが変わらないと思うんだが。


「あ、そう言えばわたし悠くんに名前言ってなかったね」


 一階に降りて自動ドアの前まで行ったところで、ほのかが振り返って言ってきた。


「ん?うん」

「わたしね、ほのかっていうの。悠くんの妹。これからもよろしくね、悠くん」


 俺の名前は悠。この女子高生は、ほのか。

 脳の端から端まで探してみたが、結局その名は見つからなかった。

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