第4話

 アルドリックさんは淡々と語り始めました。

 まずは、アルドリックさんが何者なのか。

 アルドリックさんは自身を、旅人であり、魔法使いであると言いました。

 魔法使い、というものが詳しくは何か知りませんでしたが、魔法は家にある本で読んだことがありました。


『魔法は邪神からの贈り物。神に祈りと供物を献上しなかった者に贈られる。辺りに死と災厄をもたらし、本人は悪魔に成り下がる』と。


 私はそこで、アルドリックさんが邪神からの使いなのかもしれないと思いました。だから、勇気を出して訊いたのです。

 

 ——アルドリックさんは邪神の使いなのですか?

 

 今思えばなんて失礼なことを言うのだ、この娘は、と我ながら思います。

 けれどアルドリックさんは、怒るどころかむしろ笑って言いました。

 

 ——わしは神の使いでも、邪神の使いでもない。ルナと同じ人間じゃ。

 

 アルドリックさんは隣の私の頭にポンと優しく手を置いて、撫でてくれました。

 確かにその手は、人の温もりを感じさせてくれました。

 

 ——わしが魔法と呼ぶものは、ルナが知っている、教会の神父が使うのと同じじゃ。

 

 アルドリックさんは髭をもしゃもしゃと弄りながら、少し怒気が籠っているような声で言いました。 教会の神父様が使うもの、といえば、啓典や十字架でしょうか。

 

 ——連中が言う、神の恵みじゃったか。あれは魔法じゃよ。連中は魔法を邪神からの贈り物だと吹聴しているようだがのう。

 

 私は頭に電撃でも走ったのかと思いました。

 だって、教会の神父様が邪神の贈り物である魔法など、使うはずがないのですから。

 私たちが日頃、銭と祈りを捧げ、いただく神の恵みが、魔法であるはずがないのですから。

 水や、麦、衣服だって、全て神の恵みによるものなのです。

 だから、私たちは神の恵みによって生かされていると言っても過言ではないのです。

 そんな私の様子を見かねてか、アルドリックさんはため息を一つ吐いて言いました。

 

 ——すぐに信じられないのも、無理もないのう。……でも、ルナよ。思い当たる節があるじゃろ?

 

 神父様からいただく神の恵みが魔法。

 神父様はいつも手の先から光を出して、それで——と、私はつい最近、それに似た光を見たのを思い出しました。

 そうです、あの光です。

 私が空を飛びたいと願い、小鳥さんに空を飛ぶ方法を訊いた時に全身から発した光です。

 今思えば、あの光は神父様の光にそっくりでした。

 私の表情から、アルドリックさんは、私があの時のことを思い出したと見てか、微笑みながら言いました。

 

 ——そうじゃ、あの光はルナが魔法を使った証。無意識で魔法を使えるなど、大した才じゃな。

 

 アルドリックさんはそう言って、再び私の頭を撫でてくれました。

 よくわかりませんが、褒められているのですから良いことなのでしょう。

 でも、確かに邪神の贈り物こと、神の恵みこと、魔法さん、のおかげで、小鳥さんと話すことができたのだとすれば、合点がいきます。

 

 ——じゃあ、私もアルドリックさんと同じ、魔法使いってこと?

 

 魔法を使うのが、魔法使いとするならば、そう結論づけられるでしょう。

 子供にしては良い理解力です。

 

 ——いや、違うのう。ルナは無意識に魔法を使っただけじゃ。意識的に使えねば、それはただの偶然にすぎない。

 

 ごもっともな意見に私はぐうの音も出ませんでした。

 一瞬、私も、神父様と同じ力を使えるのだと舞い上がったのが馬鹿みたいです。

 

 ——だからこそ、あれは事故なのじゃ。ルナは悪くない。悪くないのじゃ。

 

 アルドリックさんは激しく髭をもしゃもしゃと弄りながら、暗い顔になってそう言いました。

 あの頼り甲斐のある、アルドリックさんが今にも枯れてしまいそうな表情で、そう言ったのです。

 あれ、とはきっと、私たちの村を襲った光と衝撃波の正体を指しているのでしょう。

 気づいていました。

 訊かなければならない、とアルドリックさんに会ってから、ずっと思っていました。

 でも、私はあの時のように目を背けていたのです。自分の行いを正当化するために。

 訊いてしまえば、それが現実になる。

 ならば目を背けていた方がいいではないか。

 しかし、そんなのただの先送りでしかないと、私はあの炎に学んだのです。

 現実は現実としてそこにある。

 それに知らんぷりをするのならば、そこに責任が伴うことも。

 そして同時に、知ることにも責任が伴うということを。

 だから、私は、生き延びた者としての責任を果たすことにしました。

 

 ——話してほしい。何があったのか

 

 私はアルドリックさんの震える手を握りながらそう言いました。

 アルドリックさんの手は皺が寄って硬く、けれどとても温かな手でした。

 アルドリックさんは一度私の瞳を見ました。

 アルドリックさんの瞳はまるで何世紀もの知恵と記憶を映し出す鏡のように見えました。

 その、アメジストを埋め込んだような、紫紺の瞳の奥には、無数の星々が瞬くように、深い、輝きに満ちているのです。

 

 ——あの魔法は……ルナを殺すために放たれたのじゃ。

 

 私は自分の耳を疑いました。

 私を殺すため?

 誰が、何のために私を殺そうとした?

 だとして、どうして私は生きている?

 どうして私ではなく、村が消えてしまった?

 

 ——神の使いを騙るあやつらは、魔法使いが市民に生じることを許さない。だから、消したのじゃ。村ごと。

 

 神の使い、とはおそらく、神父様たちのことです。

 彼らは、自分たちを神の使いと称してから、名乗るのです。

 そんな神父様たちが魔法使いを消している。

 何のために?

 わからない。

 でも、1つだけわかっていることがある。

 

 消そうとした魔法使いは、私だ。

 

 ——私のせいで、みんな、死んじゃったの……?

 

 賢い私は理解してしまいました。

 何のために、なんてどうでもいい。

 事実として、私を消そうとした魔法が、村を消した。ならば、みんなが死んだのは私のせいではないか。


 私が空を飛びたいなんて思ったから。

 小鳥さんと話したいなんて思ったから。

 村のみんなは、母は、死んだのだ。

 

 鍋を熱していた焚き火の炎はいつの間にか消え、洞穴の中は薄暗さが蔓延している。

 外の雨足もいつの間にか強くなり、湿った風が吹き込んできて、少し肌寒い。

 ザーザーなどと生優しい音ではなく、勢いよく地面に叩きつけられし水の音は、私の覚悟が易々と砕かれた音であり、そして同時に、私の泣き叫ぶ声を、かき消してくれていたのです。

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