第2話
私は既に気づいていたのかもしれません。
気づいていたのに目を背けていました。
そうすることで、自分の行っている行為を正当化したかったのです。
思えば、私はいつもそうでした。
何をするにしても自分は正しいのだと思っていました。
母に説教されたとしても、当然聞かず、正確には聞いていたのでしょうけれど、脳内に刻み込む前に、勝手に弾かれてしまっていたのです。
だから、眼前に広がる光景が、予想の範疇であったはずなのに、私は目を背けていたのです。
炎と煙が村全体に満ちていました。
もはや、村のみんなが、私の家が、母が、どうなっているのか遠目では確認することすらできません。
倒壊した家屋が、ただパチパチと不愉快な音を立てながら燃えているさまと、村の人々が叫んでいる姿を尻目に、私は、私の家に向かって走りました。
走ったのです。
ただ、走ったのです。
だから、何もかも手遅れであったのはきっと、私のせいでは無いのです。
私の家だったそれ、はただの瓦礫の山になっていました。
炎と黒煙が立ち上り、焦げ臭い匂いが辺り一面に充満していました。
肉が、人の肉が、焼ける匂い。
私は呆然とした頭で一歩踏み出すと、何か硬いものを踏みつけてしまいました。
右足をあげて確認すると、それは人の指、でした。
第二関節で切断された断面が、こちらに訴えかけてきました。
ぐちゃぐちゃに砕けた骨が、少し焦げた筋繊維が、滲み出る血液が、私に死を、訴えかけてきました。
助けを求めるように、私は停止した頭で辺りを見回しました。
すると、私以外にも数名、村の生存者がいることが確認できました。
泣き叫ぶ人。
瓦礫の山の中に家族の姿を探す人。
ただ、目の前に立ち上る炎を眺める人。
その全てがきっと正しい行いだったのでしょう。
だから、私がこの指を拾い、胸に抱いたのも、きっと正しい行いだったのです。
——森に、炎が広がる前に逃げよう!
ふと、男の人の声が聞こえました。
逃げる?
どこに?
私たちの帰る場所はもうなくなった。
死んだ。
滅した。
ならばどこに逃げる。
逃げたところで、生きる場所など、無い。
そう思った途端、私の足から、全ての力がふっ、と抜けてしまいました。
私は地面にへたり込んで、立ち上がることすらできなくなってしまいました。
私はその時、死ぬのだ、と、思いました。
このまま炎に飲み込まれて、母と同じように黒ずみになって死ぬのだと。
でも、それでいいと思いました。
だって、私があの時、家を飛び出して森に行かなかったならば、私はきっともうこの世にはいないはずなのです。
そう、これは運命だった。
私は母と共に死する運命だったのだ。
そう考えると、信じられないほど身体が軽くなりました。
布団に包まれたときのあの心地よさに似ていたような気がします。
全てから解放されたかのような、今なら空も飛べてしまうんじゃないかと思うほどに。
——お母さん、おやすみ。
空を飛ぶことは叶いませんでしたが、それでいいと思いました。
今はただ、眠りたいと思ったのです。
私の瞼はだんだんと重さを増し、そして、完全に私が眠りに落つる前、最後に見たのは、瓦礫の山の上に立つ母が、五体満足で笑う姿でした。
——生きろ。
それはきっと幻影だったのでしょう。
だって、そこには瓦礫の山しかなかったのですから、母の姿なんてあるはずがないのです。
でも、最後に見られたのが怒鳴った時の怖い顔ではなく、笑顔で良かったと、そう、純粋に思いました。
そこで、私の意識はぷつんと、途切れてしまったのです。
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