第19話アーバン夫妻、危惧する

 「ふぅ」

 アンナは急足で宿屋の戸を抜けるカールたちを見送り、長く息を吐いた。 

「全く、どうするつもりだい……ヨハン」

 ヨハンの兄と名乗るカールが来た日、ヨハンと二人で話したことを思い返した。

 

 ヨハンは自身の兄との話し合いから戻ってきたと思ったら、アンナと二人で話したいと言ってきた。

『なんだって?』

『俺は一度王都へ帰る』

『シュリはどうすんだい、連れて行くのかい』

『いや……今は連れていけない』

『今は?』

『俺がいない間、アイツがここで俺の代わりを務める。いいように使ってくれ』

『いいようにって、アンタの兄貴じゃないのかい』

『違う、部下だ』

『ぶか?……逆はあるとしてもその逆とはおったまげたね。アンタ、ほんと何者だい』

『俺は、シャッテンだ』

『シャッテンだって!?』


 シャッテンとはリーベで国内でも恐れられる暗殺集団である。シャッテンの実情は公になっておらずアンナも実在する人物と会うのは初めてだった。

 

『よく知ってるな…』


 シャッテンは秘密組織でもあるため、公王に近しい人物じゃない限り知ることはない。

 

『シャッテンは公王の忠実なる影……アンタの兄と名乗る男も、そうなのかい』

『ああ』

『あの男、こんな小さい子供をシャッテンなんかに』

『……公王と知り合いか?』

『一応、従姉弟だよ』

『そうか……血は争えないな』

『なんだって?』

『なんでもない』

『それなら何故、アンタの部下を置いていくんだい』

『公王の命だ』

『ったく。あの男、何を企んでるんだい……もしかしてシュリに関係するのかい?アンタ、まだあたしに隠してることがあるだろう!潔く吐きな!!』

『……』


 そうしてヨハンはシュリとの出会いや彼女が聖女であること、また公王の思惑を説明した。


『シュリが聖女?そんな素振りはないけどね』

『俺が生きていることが証拠だ』

『残念ながら、あたしはアンタが死にかけたのをみたわけじゃないんでね』

『だが、真実だ。いずれわかる』 

『そうかい、それで?アンタはアタシにどうして欲しいんだい』

『……それは』

  

(……ヨハンからあんなことを頼まれるとはね)

 

 彼がアンナにを頼む理由もその切実な思いも今では理解しているが、ヨハンにそう言われた時すぐに応えられなかった。

 アンナはここでの生活をいたく気に入っており、その頼みを実行に移した場合、この生活には二度と戻れないことをわかっていたからだ。

 そのことがアンナに歯止めを掛けていた。

 けれどアンナにとってシュリはそしてヨハンは短い期間ではあるが、一緒に生活をし自分の子供のように守るべき大切な存在だと思い始めている。

 彼らのためなら、自分が今の生活を捨ていずれヨハンの頼みを実行に移すことも気づいている。

 だが、今はその時機ではなかった。


「シュリ……アンタはその時どうするんだろうね」


 あたしにとってシュリは聖女でもなんでもないただの臆病な小娘にしか見えない。

 ヨハンが居なくってから、ベッドに引き篭もり続けいじけるシュリを何度布団から剥がしたことやら。その労力たるや。思い出したくもない。ラルフからもそんな強引に引っ張らなくてもと言われ、女ってのは手を動かしていたほうが、紛れることもあるんだとラルフに何度諭したことか。

 シュリがベッドで引き篭もるの三日で済んだが、その後宿屋で働くにしても陰気臭い顔で仕事をするわ、上の空で仕事はするわで何度手元の包丁を注意するように声かけたか。ほんとカールにヨハンの代わりとして働いてもらって助かった。そうじゃなきゃ、料理が全て血塗れになっていた。

 

 (ほんと手のかかるだよ……それにしても今日のシュリは少し変だったね)

 

 シュリの態度を見るに、カールに対して信頼できない何かを感じているのか、常に警戒している節があった。まぁ殺害許可がでている相手(シュリはそのことを知らない)と一緒にいるのは気が休まらないはず。そう思っていた。

 それなのに今日はカールの誘いを断らず外へ出た。

 

 (どんな変化かねぇ。ヨハンやあたし、ラルフ以外の他人は怖がる癖に)

 

 まぁあれは甘いものに釣れただけかもしれない。 

 あたしも本来なら二人きりにさせたくはなかった。

 それなのにヨハンが……。

『公王がシュリの殺害命令を出しているなら、尚更あの男とシュリの側にいさせるのは良くないだろ』

『それは心配していない。シュリは聖女だから。それにアンナさんもいるし。俺はアンタを信頼している……それにアイツには絶対シュリを殺せない』

 だから二人きりにしても大丈夫だと言われた。

 ほんとかねぇ……。

 カールも一日中シュリのそばにいるわけではなく、違う宿屋に泊まりつつ、うちの宿屋で働いてくれているため、アンナの目が届きやすかった。

 働く様子を見るに、シュリと二人きりになる様子はなく、一心に働いている。こちらが気を張って監視しているのが馬鹿げてくるくらいだ。

 

 しかし、今日、カールが動き出した。

 これが吉とでるか凶と出るか。

 まぁ、シュリにはヨハンとも劣らず強い味方がいる。カールと出かけるシュリを心配して追いかけいくその後ろ姿に「大丈夫か」とアンナは笑みをこぼした。



――――――


 み、皆さん、こんにちは。

 俺の存在を忘れている方もいらっしゃるとはいると思いますが、覚えておられるでしょうか。

 四話でヨハンとシュリを拾った男であり、宿屋女将アンナの夫――そう、ラルフ・アーバンです。お久しぶりです。

 

 はい、そこっ!!

 何故いまここで登場?と首を傾げたあなた!そうあなたです!わかります。わかりますよぅ。

 けどねぇ、ヨハンとシュリを初めに拾った大人として一言言わせて頂きたい!俺にはあの子を見守る義務というものがあるということを!

 いや、アンタの存在無くとも話は進むからと思ったそこのあなた!いやいやいや!わかっていない!


 シュリは今、兄のように慕っていたヨハンに去られて傷心中なんですよぅ!

 それなのに、よくわからん、ヨハンの兄がでてきて俺も困惑中です!しかもマーケットに二人で遊びに行くと言うし。そんなの、シュリを拾った大人として見過ごせるわけがないじゃあありませんか!


 ヨハンの兄ならば信頼できるのでしょうが、何故か二人にしてはいけない気がして、仕事をサボって、絶賛マーケットを見て回るカールとシュリの後を尾行中です。


 ちなみにアンナにバレたら一ヶ月お小遣い無しになるので、このことは皆さん内緒でお願いしますよぅ。


  



 

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