第20話喪女、異文化交流ステップ4に挑む
尾行中のラルフは、友人が営む露店のグリューワイン店で顔出しがてら赤ワインを頼み、ツマミついでに焼きソーセージを買っていたら、シュリたちを見失ってしまった。
『見失ったぁぁぁぁ――、シュリどこに行ったんだ!』
――数時間前に遡る。
シュリとカールは宿屋を出た後、凍えるほどの寒さに二人は防寒着をとりに宿屋へ戻り、カールは自分の防寒着を身につけ、シュリはアンナに譲ってもらった上掛けとマフラーを巻いて、二人は中央広場へ向かった。
目の見えぬシュリは左手でカールの服の裾を掴み、右手でラルフ自作の細い長い杖を使い、街の中央広場にあるマーケットへ足を踏み入れた。
歩き慣れない石畳の道なりをカールさんの誘導に沿って歩く。
マーケットに近づくにつれ、周囲には人々の足音や声の数が増え始めた。その声には老若男女問わず活気に溢れていて、子ども達の笑い声が聞こえてくる。
「大丈夫かい?体が震えてるけど」
「……ダイジョーブ、デス」
カールは自分の服の裾を強く握りしめている少女の手を見下ろし、先ほどのことを思い返した。
防寒着を着用し宿屋を出た時、目の見えぬシュリを慮って手を繋いで歩こうとしたら、彼女にその手を撥ねつけられたのだ。
無意識の行動だったようで、シュリ自身驚いた様子で必死に謝られたが、その後繋ぎ直すわけでもなく、現在進行形でカールの服の裾を掴んでいる。
シュリは己の何かを察して警戒心を抱いているのだろう。
そんなシュリの抵抗はカールにとって子猫の甘噛みのようなもので、なんの意味もなさない。
(こんな子が本当に聖女なのか?……それなら本当に哀れだな)
聖女とはリーベ公国にとって象徴であり、この公国に住まう全ての民のしもべでもある。
カールはそんな哀れな彼女を思い、一思いに殺したくなった。
このままここで朽ちた方がこの子のためかもしれない。
『まず一考し尽くしてから殺せ』
シュリの首に手がかかる直前、隊長であるヨハンのの声が蘇る。
そうだった。
まだ判定には至ってない。
「何か食べたいのある?」
彼女が使えるか使えないか
「……甘い、ホシイ、デス」
期間は――――までに、定めればいい。
カールは良きヨハンの兄へとモードを切り替えた。
「わかった。じゃあまずは寒いからカカオ(ココア)でも飲もうか」
「カカオ?」
シュリは聞きなれた言葉に目をぱちくりさせた。
熱いよというカールの言葉と共に、コップを手渡される。
手渡されたコップに恐る恐る口をつけてみると、甘いココアの味が口いっぱいに広がる。さらに飲み進めていくと、ココアの上にかかっていた冷たい生クリームが温かいココアと混ざり合い、格別に美味しかった。
母国日本でもよく飲んでいたココアの味に懐かしさを感じ、シュリは思わず日本語で『美味しい』と呟く。それが通じたのかわからないが、カールが横で笑う声がした。
「口に合ったようだね。ヨハンから君は甘いものが好きだと聞いていたからね」
「え?」
「ヨハンが君に是非食べさせたいと言っていたものがまだまだあるんだ。逸れずに俺にしっかりついてくるんだよ」
「……ヨハンが?」
カールの言葉はまだ信じられないことが沢山だった。けれどカールの裾を掴みながら他の露店を転々としながら食べ歩きしたものは全てシュリの好みのばかりで、ヨハンがシュリの好みを彼に伝えていたとしか考えられなかった。
少し硬めのケーキのような生地に甘いだけではなくスパイシーな香りがするレープクーヘンといったお菓子や、皮のバリッ感と肉汁たっぷりの焼きソーセージが売りのホットドッグ、マッシュルームをにんにくソースで煮た軽食全て、シュリの好みのど真ん中で。
目が見えぬ中、知らない人が作ったもの食べるにはいまだに抵抗があるものの、どれもこれもヨハンからのおすすめだよと言われれば断れない。カールはそのことをお見通しのようだった。
(ヨハン関連のことだとどうしても気が緩むからいけない、気を引き締めないと。一人でも頑張ると決めたんだから)
「シュリちゃん、少し休もっか。休憩ついでに
「テアーター?」
シュリはカールに連れられながら、中央広場のステージへ移動した。
ステージの聴衆席にはほとんど席が埋まっており、シュリ達は後方の席の通路近くに座った。
「どうやら昼と夜の2回講演してるみたいだね」
昼の上演まで時間があるとの事で、カールは更なる軽食や飲み物を求め出店に向かった。シュリはカールの分の席取りを任された。
そこへシュリにとって思わぬ人物が現れる。
「シュリ!ここにいたのか、探したぞっ!はぁはぁはぁっっげふっ」
「ラルフさん?ドウシテ……ココに」
「お前が…はぁはぁはぁ……心配で……最近、ヨハンのことで元気なかっ…たし。突然ヨハンの兄貴と出かけるから、心配で…追ってきたんだ…」
(それは、尾行というのでは。でも…息まで切らして私を心配してきてくれたんだ)
息を切らしているラルフを感じとり、シュリは不意に目頭が熱くなった。
「ダイジョーブ、デス。ヨハンのオニイサンだから。」
「……まぁ、そうだが」
「あっ、ラルフさん来てたんですね」
そこへ飲み物や食べ物を両手に抱えたカールがにこやかな笑身を浮かべ現れる。
「カール!……お前、シュリを一人置いて側を離れるなんて、どういうつもりだ」
ラルフはカールに詰め寄り、胸ぐらを掴む。シュリに聞こえない程度の声でラルフはカールに対して怒気を露わにした。
「あなたがいると知っていたから、彼女の側を離れたんです」
「はあ?俺が尾行しているの知っていたのか?」
「まぁ、あなただけじゃないですけどね……多くの者が宿屋から出た時点で、物陰に隠れて虎視眈々と彼女を狙っている」
「多くの者?お前じゃなくてか?」
「………現時点で彼女に危害を加えるつもりはありません」
「危害?!おっお前、シュリに危害を加えるつもりなのか!」
「……まぁ、誰しも未来はわからないので」
「お前…ヨハンの兄貴じゃなかったのか?ヨハンの後釜として可愛いシュリを自分のもっものしようとしているんじゃないのか?」
「幼女に興味なんかありませんよ」
「じゃあ何のために、ここに残ってるんだよ!」
「……?アンナさんに聞いてないんですか?俺のこと」
「アッアンナはあまり有る事無い事をべらべら喋る奴じゃねぇんだよ」
「かわいそうに。信頼、されてないんですね」
「お前に何がわかる」
ラルフは胸倉を掴む手を強める。
「何もわかりません……でも、はっきりしていることはある。現時点で彼女の味方なのはあなたと俺だけってことです」
「じゃあ……早いところここを出るぞ」
「何言ってるんですか、この劇を見にここまで来たのに、帰るなんて勿体無い」
「はあぁぁぁ?シュリが狙われてんだぞ!」
「釣る
「……お前、気狂い野郎だな」
「よく言われます……彼女も楽しみしているようだし、見ていきましょう。門限までまだ時間もある。それに彼らは小心者ものだからこんなところに姿は表させないですよ」
ラルフはカールを掴みながら、シュリの顔をチラリと見つめた。
そこには劇場を楽しみにしている少女の姿があった。
「チッ……シュリに免じて許してやるよ」
「彼女を心配して追ってきた割には、結構匂いますよ。ワイン何杯飲んだんです?」
「うっうるせぇ!早く座れ!」
――劇場の幕が上がる『聖なる誓言の秘話』
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