第15話喪女、嫁にと乞われる


 恰幅の良いおじさん集団は数メートル先の酒場のカウンターで酒を飲むアンヘンクゼルを見け、有無を言わさずオットマーの診療所へ連れて行き、診察を受けさせた。

 診断の結果、彼の手首の骨にはヒビが入っており全治五週間と診断された。

 


 同日の夜、数十人の容貌魁偉ようぼうかいいの護衛を引き連れた小男がアンナ達の宿に訪れる。

男たちはその場にいる人々の注目を浴びるほどの迫力のある姿をしていた。天井にぶつかりそうなほどの背の高さや筋骨隆々な体躯を持ち、その中央にいる小柄な男の存在が際立っていた。

町の人々は興味津々でその場面を見つめ、小男とアンナ達の行動に注視する。

 

 小男は丁寧な仕草で深く被った帽子をとると、紳士らしく恭しく挨拶をした。

「御免ください。シュリさんはいらっしゃいますか?私、アンヘンクゼル・フックスの父親、シュラウ・フックスと申します。この度は愚息がシュリさんに多大なるご迷惑をかけたようで謝罪とらお詫びの品を持って参りました」

 

 


  

 宿屋にある食堂の中央のテーブルに、両者が向かい合うように並ぶ。テーブルの脇にはシュリ宛のプレゼントの箱が護衛の手によって山のように積み上げられた。

 上座にはシュラウ・フックスと彼の護衛集団が、下座にはアンナが真ん中に座り、左隣にはヨハンが座っていた。シュリはヨハンに台所に隠れるように言われ、体を曲げて身を隠した。台所からでも彼らの話の内容は聞こえてきた。


 

「えと…ここで、シュリさんを待てば宜しいので?」

 シュラウは苦笑いをしながら、周囲の視線を感じながらそう尋ねた。

「生憎こんな田舎町の宿に客室ってもんはないのさ。それに、シュリは大の男嫌いでね。あんたらみたいなガチムチ男集団に合わせたら倒れちまうよ」

「……そうですか。それは残念です」

「残念?」

「ええ、息子がシュリさんを大変気に入ってまして。是非我が家のフラウに来てくれないかと思っておりました」

「シュリはまだ十一歳だよ」


 (アンナさんが憤慨している、……フラウってなんだろ)

 聞き慣れぬ言葉にシュリは頭を傾げた。

 

「このご時世、年の差婚なんて珍しいことじゃないでしょう。私と妻は二十歳差ですよ。妻が十の時彼女に一目惚れをしてしまいましてつい攫ってしまいました。息子は妻が十二の時の出来た最初の子どもなんですよ。彼は愚息と言えど私にとって大事な息子。親馬鹿なんでしょうが、息子に添わせるなら彼が一等気に入った子にしたいのですよ」


 反吐が出るとアンナは心の中で毒づいた。

 (確か北方のとある地方で、年の差の誘拐婚という風習が残る地方があったはずだ。この男そこの出身か。まだ息子の方が誘拐しに来ないだけまだマシか、とは考えたくないな)

  

「こちらの謝罪や治療費はいらないと断っておいて、その代わりにシュリを望むのかい。とんだ食わせ者だね。この山のように積み上げられたプレゼントも結納品ってわけかい」

「どういう意味でとって下さっても構いません」


 (私が……望み?) 

 シュリは二人の会話の一つ一つの言葉の意味を頭の中でなぞりながら、中々理解出来なかった。

 それはシュリが男性経験のない喪女だからなのか、それとも会話についていけなかったのか……いやもしかしたら言葉の意味をあまり理解できていなかったせいなのかもしれない。

 

 しかしアンナとヨハンはその言葉の意味を正しく理解し、目の前の小男をにらみつけた。シュリの目が見えていれば、あの時のアンヘンクゼルの下品で忌まわしい視線の正体に気づいたかもしれないが、まだその障害が人の本性に近づくことの難しさに気づくには早すぎた。

 

「生憎、あの子は親戚から預かっている大事な子なんでね。アンタらみたいな腹黒狸に渡すわけないだろう」

「それは非常に残念です。息子には傅くように敬えと再教育すると言ってもダメですか?」

「ダメに決まっている!」


 堪えきれなくなったかのように、ヨハンは椅子から立ち上がった。


「おやおや、彼は誰ですか?」

「シュリが慕ってる子だよ」

「慕っ!アンナさんっ!」

「嘘じゃないだろう」


 顔を真っ赤にし、ヨハンはアンナに怒鳴った。

 その頃の呑気にもシュリは台所の床でフラウという文字について考えあぐねていた。


「既に息子にライバルが居たとは。いやはやシュリさんはモテますなぁ。」

「彼が言った通り、アンタらが何を言おうが、こちらはシュリを渡すつもりはない……そっちがその気にならこっちにも考えがある。……アンタ、魔獣の素材を扱った宝飾品や装飾品等を扱った事業を始めようとしているようだけど、魔獣の核や皮革の素材を扱うのには魔獣に長けた専門家じゃないと解体できないんだよ。なんでかっていうと、魔獣に少しでもストレスや苦痛を与えながら捕らえて殺すと、魔獣の核の色が色褪せ皮にも艶がなくなって使えなくなってしまうからさ。その点、ここルーエでは魔獣の扱いに長けた専門家がゴロゴロいてね、とくにうちの人はその中でも一番優秀さ……アンタらは魔獣素材のルート確保だけじゃなく、魔獣処理の方法を知るため、もしくは処理方法の専門家を雇うためにここへ来たんだろう。今アンタがこのままシュリを連れていくっていうなら、アンタのこの事業はぶっ潰れることになるだろうね」


 アンナの刃のような鋭い気迫に、辺りの者たちが黙り込む中、シュラウだけは違った。彼はその場に合わぬあっけらかんとした表情でパチパチと拍手をした。

「さすが、なんでもお見通しですね。前辺境伯であらせられるアンナ・ルシャ・アーバン様には…」


 アンナは失われたはずの貴族の風格を身にまとい、格下である商人の男を睥睨した。

 

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