第4話喪女、祈る
その日は突然だった。
背に感じる彼の身体が異様に熱く、寝苦しさを感じて起きた時だった。
起き上がり彼の身体に触れる。自分の腕と比べても異様な熱さだった。
顔に触れると手に多量の汗が付き、声掛け身体を揺さぶるも意識はないようだった。
呼吸の確認のために、彼の口元に耳を近づける。胸元にも耳を当て心拍を確認する。
――意識のレベル低下に合わせ、熱発、頻呼吸、頻拍がみられる。
彼の腕の内側にある橈骨動脈を探す。
――触れない。血圧が八十台以下に下がっている。もしかして敗血症性ショック?
このまま検査もせず、輸液や抗生剤投与、酸素投与も出来なければ、彼はいずれ多臓器不全になって死ぬ……。
彼が、死ぬ?
何故私じゃないの?
こんなに良い子が死ぬのはおかしい。
百歩譲って、いきなり言葉も通じない訳が分からない場所に飛ばされ、看護師として目の前で倒れてる人を見捨るという愚行を犯した私が死ぬのは分かる。だけどここに監禁された人全員に親切にして、一人一人の死を悼んだ彼が、ここで死ぬのはおかしい。
誰かに助けを求めないと!
朱璃は鉄格子の近づき、力一杯揺らし声を上げる。
「助けてください!急患です!彼がっ、彼が死にそうなんです!お願い!誰か来て!」
いくら声を張り上げても、足音や声すらしない。
声が枯れるまで大声で助けを求め続けた。
しかし誰も、来てくれはしなかった。
そうだった……私たちは囚われの身。
救ってくれる人なんて、誰一人いないんだ。
わかっていた事じゃないか。
私だって一緒に監禁された人たちが病に倒れた時、彼らを見捨てたじゃないか。
誰も来ないことと、私が死ぬゆく彼らを見捨てたことは同義。
こんな私が今更助けを求めても、救ってくれる訳がない。こんな自分勝手な女、誰も助けてくれる訳が無いんだ。
『しゅりちゃん……乗り越えられるよ』
違う!相手に期待をするな!
前を向け、涙を拭け。
昔を悔いて泣くより、今出来ることを探すしかないんだ。
私が彼にできる最大限のことをしよう!
周りにあるものは限られている。頭を使え、百瀬朱璃!
「まず、汗をかいているから身体が冷えないように汗を拭かないと!タオル……は無いから、他に拭くもの拭くもの……、無いか……、……仕方ない!」
汗臭さがある自分の服の裾を破き、彼の汗を拭く。 また血圧がこれ以上下がらないように、彼の足を私の膝の上に乗せた。
これはその場凌ぎにしかならないし、効果的な治療法でもない。
あと、私が出来ることとしたら……祈るしか、ない。
朱璃は震える両手を合わせた。
祈るなんて、原始的でなんの役にも立たない。
でもやれずにはいられない。
朱璃は不眠不休で祈り続けたが、彼の目が覚ます兆候はなく、涙を堪え彼の手を握り祈り続けた。
そして奇跡が起きる。祈りの陰なのか、重篤だったのにも関わらず、彼の発熱が下がり呼吸が落ち着き始めた。
けれど依然として意識だけは戻らぬまま。
「早く元気になって…」
彼の頭を撫でいた際に指に唇が触れる。
「っ!」
触れた彼の唇の冷たさに驚く。
即座に胸に耳をあて、首筋や腕の内側に触れ拍動を確認。
トクントクン トクントクン
ゆっくりではあるが、拍動はある。血圧も大丈夫。
安堵のため息をついた。
――死んではいない。低体温ぎみなだけだ。保温とあとは少しでも食べて栄養をつけないと体温も上がらないよね。まずは食事か?でもここにあるのは全て固い……。
朱璃は少し考えた後、自分の考えに頬を染め、──喪女の私には高度すぎる、でも、いやいや──と首を振り両頬を叩いて気合いを入れ、固い食べ物を自分の口の中に入れ噛み砕き、少年の口を開けゆっくり喉の奥に流し込んだ。
コクン。
飲んだ!
彼は生きようとしている!
これでひとまず一安心だ!
朱璃は引き続き同じ方法で少年に食べさせた。そして、保温するために彼に寄り添い眠る。
朱璃にとって一週間ぶりに睡眠だった。
ガチャンガチャンガチャン
監禁場所のある地下道に響き渡る数人の男の足音。
朱璃の安眠をよそに、朱璃達がいる座敷牢の前に彼らは現れる。座敷牢の格子戸を開けリーダー格の男が二人に近づくと、少年に寄り添い眠る朱璃の腕を掴み俵のように己の肩に抱えあげた。
「……っ、…え、何?!……誰!?いやぁ!」
突然の暴挙に朱璃は叫びながら抵抗するが、屈強なその男には適わず、朱璃は首の後ろに手刀を受け昏倒させられてしまう。
男は意識を失った朱璃を抱え直し、朱璃の傍にいた少年に対し塵芥を見るような眼差しを向け、靴で彼の顎を左右に揺らし、彼が意識を失っていることを確認した。
意識がないと分かると、座敷牢の外にいる部下に少年を処分するよう命じ、朱璃を抱え地下道から地上へと繋がる階段を登り始めた。
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